遭遇1
「あー疲れたぁ」
ミナトは独り言を言いながら、ベッドにバフッと仰向けに倒れ込んだ。体重に比例してベッドマットがギシリと沈み込む。
あの後すぐに部屋で休めるかと思えば、メイド達に部屋の中にある風呂場に連れて行かれ、全身を洗われそうになったのだ。
この脂肪&セルライトだらけの身体を見せるのでさえ嫌なのに、洗われるだなんてとんでもないと、土下座する勢いで断った。
しかもミナトサイズの寝巻きは前が閉まらなかったので、メイド達がシーツで即席のガウンを作ってくれた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
この落ちない脂肪め……!
丸いお腹をペチペチ叩きながら憎しみを込めた目で見る。ペチペチペチ、ペチペチペチ、ペチペチペチペチペチペチペチ。音頭を腹の音でとっていたが、虚しくなったのでやめた。
ミナトはフゥとため息をつくと家族のことを考えた。
みんな心配してるかな……でも記憶改竄されて、私の事忘れてるんだっけ。
私がいなくなれば、家族がいる世界の災害も無くなるっぽいこと言ってたよね……。
無理矢理こっちに連れてこられたけど、家族が無事に暮らせるなら、これで良かったのかも……。
じわりと視界が揺れ動く。涙が溢れていた。パチリと瞬きをすると涙が溢れてシーツを濡らす。
……なんか色々あったし……罵倒もされたし疲れた……。私はここの世界で暮らしていけるのかな……知らない世界にひとりぼっちで……
目尻からポロポロと涙をこぼし、ミナトはそのまま意識を手放した。
「さむっ!」
ふとミナトが寒気を感じて目を開けると、身体が冷えていた。シーツを掛けずに、いつのまにか寝てしまっていたようだ。
泣いたまま寝て、目もパリパリする。
元の世界でいつも日が昇る前に起きていたから、イレギュラーな事が起こったにもかかわらず、いつも通り早く目が覚めてしまった。窓に近づいてカーテンを開けると薄暗かったが、遠くの空が薄っすらオレンジ色だったので、もうすぐ日が昇るだろう。
綺麗な空……。どこの世界も空の色は変わらず綺麗なんだね。
ここの世界で生きていかなきゃいけない、て言うのは分かるけども、せめて一言家族とのお別れの挨拶させて欲しかった。
……何で私なんだろう。
仮に今、もし元の世界に帰れたとしても私の事覚えてないって事?
……大切な家族との思い出に、私は居ないのか……。
どんどん暗くなっていく思考にかぶりを振る。
いやいや!今は考えない!というか落ち込んでもしょうがない!!
とりあえずここでの生活を考えなきゃ!
……ちょっと気分転換に散歩に行こうかな。
ふとベッドの横にジャージが置いてある事に気づく。手に取ってみると、ミナトが着ていたジャージだった。
あれ?もう乾いたの?
こっちの世界って乾燥機はないと勝手に思ってたんだけど、意外にあるの?
着るものに困ると思っていたミナトにとっては有り難かったので、そのままジャージを着て、そっと部屋から出た。
誰もいない廊下は静かだったが、微かに足音も聞こえる。使用人達が朝早くから働いているのかもしれない。
ミナトは自分の部屋を忘れないように、建物の構造を覚えながら外への出口を探した。
「何ここ!すっごい綺麗!」
外への出口を探してる途中で、色とりどりのバラが咲いている庭に出た。
中央には噴水もあって、朝日を浴びてキラキラしている。
まるでおとぎの国みたいだった。
花のいい香りがミナトの気分を癒す。
「わぁぁーいい香りー」
「僕もここはお気に入りの場所なんだ。」
「え⁈」
突然後ろから話しかけられて、ビックリしたミナトはバッと振り返る。
そこには陽の光を浴びてキラキラ輝く第一王子がいた。
いろんな意味で眩しい…!王子から後光がさしてるみたい。ありがたやー。
「驚かせてごめん。昨日自己紹介したけど覚えてるかな?第一王子のウィル・ヴァーラントだよ」
「ぉおぉ覚えてます。こちらこそ驚いてすみません」
「こんなに早く起きて……あまり寝れなかった?それとも異世界の人はあまり寝ないとか?」
「いえいえ、普通に夜は6、7時間寝るんですけど、私は元から朝型で。ちょっと早く起きすぎてしまいました……」
「睡眠時間は僕達と変わらないんだね。じゃあ不安で寝れなかったかな?」
「いえ……まぁ……あの気分転換がしたくて…散歩か走るかしようかな、と」
ミナトはなんとなく、ほぼ初対面の人に不安をぶちまけるのもどうかと思い誤魔化した。
「それなら、ここは散歩に向いてるかもね。もし走るなら……この花園を出た所の壁沿いは、走るコースにちょうどいいよ。あそこに扉があるだろう?たまに騎士団の人たちも何周か走ってるから」
「ありがとうございます、ウィル様」
「じゃあ僕はこれで。」
ウィルは右手を軽くあげて去っていった。彼の銀髪がサラサラと陽の光に反射して綺麗だった。ミナトはその後ろ姿を見て、軽くお辞儀をした。
ウィル様は本当に親切な人だな。私に嫌味なく接してくれる。
イケメンは心もイケメンか。
あ!でもジャックはイケメンでも口悪かったから、この定義は成り立たないわ。
……せっかく走るコースも教えてもらったし、ちょっと行ってみようかな。
ミナトは花園を見渡して深呼吸した後、扉に向かって歩いて行った。