百合営業、始めさせました。
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「三人とも、ちょっと話があるの。いいかしら?」
「嫌。ダルいから寝る」
「平辰巳さん、ちゃんと聞いて頂戴」
楽屋のソファに腰掛け、私、戸午砂里は戌藻野甘菜、申敷心晴、平辰巳妃癒千の三人に話を切り出した。三人はフリフリの衣装に少し気を遣いながら、ゆっくりとソファに座る。
「いいこと? あなた達はアイドルユニット『真ETORON』として二年間活動し、私はマネージャーとして、それを支えてきた」
「まあ、知名度はまだまだ低いですけどね……」
「その通りよ戌藻野さん。別にあなた達に魅力が無い訳じゃない。でも、決して人気グループでもない。それは、今日のライブでも痛感したことね」
「今日のお客さんは、二人だけ……。…………それもこれも申敷、あなたのせいよ!」
「はあ!? アタシが何したってーのさ!」
「何したって、いっつもナニをシテるんでしょ! あたし知ってるんだから!」
「人の趣味に首突っ込まないでほしいね!」
「どうせ毎日のように突っ込んでもらってるんでしょこの色欲魔人!」
「そんなこと言ったら戌藻野だって! 少ない稼ぎをブランド物のバッグやらコートやらにつぎ込んでんだろ!」
「あれはあたしのお給料だから好きに使ってもいいでしょ!?」
「でも事務所の人に借金しまくりだろーが!」
「借金じゃないわ! あれは出世払いよ!」
「出世できない人間に出世払いなんかできるわけねーだろがこの物欲妖怪! 金の亡者!」
「おやすみー。……zzz…………」
「ほら平辰巳さん、起きて頂戴。……まったく。そこでね、事務所の社長と相談して、このグループの人気を上げる方法を考えたの」
「方法?」
「いったい……」
「戌藻野さん、申敷さん、二人には今日からカップルになってもらうわ。それも、とびっきりラブラブのね。いわゆる『百合営業』ってやつよ。これで、新規のファンを集めるの」
「「百合営業!?」」
「な、なんでよりによってあたしとこの人なんですか!? あたし嫌いなんですこの人! 何股もかけて、信用なりません!」
「股かけるのと信用は別問題だろ! アタシも反対です! せめて枕営業をさせてください! 趣味と仕事が同じなら、頑張れますから!」
「ダメよ」
「「どうして!」」
「私の意向に反するからよ。とにかく、今日から、というより今から、二人は恋人なの。よろしくね」
「そ、そんな……」
「こんな浪費癖女が百人目の恋人なんてサイアクだ……。しかも初めての女なのに……」
「男遊びの激しい痴女に言われたくないんだけど。……あ! そうです!」
「どうしたの戌藻野さん?」
「妃癒千ちゃんなら! 妃癒千ちゃんならまだマシです! この女の何倍も!」
「アタシはこの眠り姫もちょっとなー。やる気が感じられないっつーか、怠惰っつーか。……まあ、コイツよりずっといいけど」
「それはダメよ」
「「なんで!?」」
「それは……一身上の都合よ」
「退職する人みてーだ……」
「つべこべ言わないの。二人には、最終的に性交渉にまで発展してくれると嬉しいわね」
「「誰がこんな!」」
「あら、さっきから息ぴったりじゃない」
◆
「はい、今日の当番は申敷さんよ」
「あー、ブログの。わかりました、書いときます」
「タイトルは『大切な人ができました』でお願いね」
「大切な人って…………ああ! 昨日のアレ本気で言ってたんですか!?」
「当然じゃない。事務所ぐるみの、公式の戦略なのよ。今回の百合営業は。本気でお付き合いしてもらわないと、私もあなた達も事務所をクビになっちゃうわよ。それでもいいの?」
「戌藻野の彼女にされるくらいならクビになって援交生活した方が百倍楽しいです。アタシの体を目当てに貢いでくれるおじさまは何人もいるんで」
「申敷さんには人を惹き付ける力があるのよ。だから、なおさら事務所としては手放すわけにはいかないわ」
「はぁ…………。……じゃあ、書くだけですよ。書くだけ。本当に付き合う気はありません」
◆
「……戸午マネージャー、ひとつお願いがあるんですけど…………」
「どうしたの戌藻野さん、またお金?」
「すみません。今月のクレカの振替が厳しくて……」
「今月はいくつ買ったの?」
「六桁のバッグを五つ……」
「景気がいいのね」
「いえですからよくないんです。来月、来月には必ず返しますので……」
「そう言って、先月貸した五十万も先々月の二百万もまだ返してもらってないのだけど?」
「ええと、それは…………」
「いいわ、貸してあげる」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「その代わり、条件があるわ」
「はい! なんでもします!」
「申敷さんとらぶらぶ百合っぷるに……」
「すみませんそれはナシで」
「あら、今なんでもするって」
「なんでも『する』とは言ってません」
◆
「ふわぁぁぁ、眠い」
「眠そうですね。妃癒千様。今夜はホワイトクリスマスですよ」
窓から雪景色を眺めることができる、タワーマンションの寝室。
ここは、ご主人様の自宅。
私は、紅茶を飲んであくびをするご主人様の顔を見つめていた。中学生のはずなのに、その瞳には大人の私さえも隷従させてしまうほどの力を持っている。
「砂里が毎晩毎晩メスブタみたいに激しくするからでしよ。眠いのはいつものこと。クリスマスとか、どうでもいいし。…………それより、甘菜と心晴はどうなったの?」
「なかなかしぶといです。少しでもキッカケがあればいいのですが……」
「恭兎にハッパかけとこ」
「ま、まさか社長も手込めに……。さすが妃癒千様です」
「ふん、当然。あんな虚栄心ばかりの女社長、造作もなかったわ。プライドをズタズタにしてやったら簡単に堕ちちゃって。土下座しながら泣いて媚びる様は笑いが止まらなかったし。……さてと。物欲と色欲にまみれたあの馬鹿達二人が結ばれてくれれば、ウチら二人もいちゃいちゃしやすくなるんだけど。まずは、心晴を『いつでもヤれるアイドル』から『いつでも誰でもヤれるアイドル』にすることから始めて」
「妃癒千様の完璧な計画。必ずや、成し遂げてみせます」
「できなかったら……わかってる?」
ご主人様がチラつかせた鞭を見て、私の奥深くが疼くのを感じた。
◆
「ううう……。もう、おしゃけ飲めないよぉ……」
「相変わらず弱いなぁ甘菜ちゃんは。……マスター、おあいそお願い」
「かしこまりました」
「ほら、帰るよ」
「ううう……。やだぁ。今日も心晴とホテル行くのぉ……」
「分かった分かった。じゃあ今日も行こっか」
ぐでーん、とカウンターに伏せている恋人を持ち上げると、髪からふわりと香ってきた。
「ううーん……。ごめん、ごめんねぇ……」
「なにが?」
「今日も、心晴に酷いこと言っちゃった……。あたしは、心晴の一人目の恋人なのに…………」
「酷いこと言ってるのはお互い様。こうでもしないと、アタシ達がデキてるって事務所にバレちゃうから。その代わりって言っちゃああれだけど、今夜はホワイトクリスマスだし、朝までヤろ?」
「うん、うん…………!」
「ふふ。お金使いまくっちゃうような危なっかしさも、大好きだよ。甘菜ちゃん。…………事務所からの無茶ぶりに答えながら、少しずつボロを出していこうか」