六 ミラージュ・ローシーは、可愛いです
ミラージュ・ローシー。ミシル男爵の長女である。同じ年齢、同じ寄親というのもあって、親同士が勝手に許嫁として示し合わせていた。
ミラと出会った当時、俺はその事を知らなかったがミラの方は自覚していたらしい。
初めて会った時、将来の伴侶がどんな人なのか不安と期待で恥ずかしくなり、思わずミシル男爵の足元に隠れてしまったそうだ。
しかし、ミラからの俺の評価は意外と高かったみたいで、俺とミラは仲良くなる。
普段は親と共に行き来していたが、慣れてくると近いこともあり、一人でお互いの邸宅に行き来するようになった。
「どうしてアルくんは、本ばかり読むの?」
ある日いつもの様に二人で壁にもたれて本を読みながらミラに文字を教えていると、そんな質問をされた。
動機の言語化か、難しいな……質問に対して真剣に考えていると、ミラは大きな瞳をこちらに向けてくる。
「ん、なに?」
「な、何でもない」
俺と視線が合うとすぐに反らしてすミラ。しかし、頬を染めて恥ずかしそうにしている。
そんなミラを見ると俺まで恥ずかしくなり「そう……」と再び考えているフリをしてしまう。
しかし、その時の俺の体はとてもむず痒く、くすぐったかったのを覚えている。
前々世の早見誠一のときも、前世のワイトだった時に無かった甘く酸っぱい想い出だ。
「あのね、アルくん。また字とか勉強教えてね」
ミラは俺と別れる時、いつもそう言った。嫌々勉強するのではなく、ミラはとても勤勉で貪欲。
俺がミラのウチに行った時や、ウチに来た時、いつも焼き菓子等を用意してくれた。
それも、いつも違うものを。
多分、この世界の全種類のお菓子を食べたのではないだろうか。
「ごめんなさい……少し焦げちゃったの……」
そう言って落ち込むミラがとても可愛く、俺が一つ摘まみ「美味しいよ」と言いながら頭を撫でてやると、はにかみならも笑顔を見せた。
ミラは勉強もかなり熱心に取り組む。
俺は、この世界に来てから水車を始め、広く開けた農地である事を利用して小型の風車を作りパンに似たブルオという主食の材料の一つである小麦のような粉を曳いたり、害鳥を追い払う為に矢尻に穴を開け風切り音がなる様にしたりと、農業を中心に開発を進めてきた。
ミラにも時折完成品を見せて説明をしていたのだが、やけに熱心に話を聞いているなと思ったら、しばらくしてミシル男爵家を訪れると水車や風車が出来ていた。
そして、ミシル男爵に感謝された。落ち込み気味だった税収が持ち直したそうだ。
ミラは俺が教えた事の半分も分かっていないだろう。だけれども、ミラは俺の話を自分なりに噛み砕いてスポンジが水を吸収するように理解していったのだ。
大学で教鞭を執っていた俺としては、教えがいのある相手だった。
アフリカで、一時期貧しい子に教えていた頃のような手応えに、今は会えない教え子も見習ってもらいたいものだ。
そんなミラがある日ウチに来た時に一人の女の子を連れてくる。
名前はマヤ・セセリー。黒い短髪でのザンバラ髪に最初は男の子だと思ってしまった。
ミラはマヤが友達と言い張るが、マヤは「やめて下さい、お嬢様」と慌てふためく。
マヤ自身に身寄りは無く、ミラに仕えていると言う。王都にミラが出向いた時に、歓楽街の近くでリンチをされていたマヤを助けてくれたのだと。
それまでは、とても聞くに耐えない境遇だった。
生まれた時から母一人子一人だったマヤは、早くに母を亡くして奴隷として売られる。勿論ただの労働奴隷ではなく、慰みものとして扱われてきた。
中には酷い扱いをするものもおり、マヤの右目は既に失われて、頬には大きな火傷の痕が残っている。
キズモノとなったマヤは、歓楽街に売られるも、そのなりでは客をとれるはずもなく、リンチをされていた所をミラが助けたとの話だった。
今回、ミラがマヤを連れて訪れたのは、俺にマヤをなんとかしてほしいとの事。しかし、この世界の医療は発展しておらず、容易な傷なら拙い魔法で治療したり、薬草のような民間療法のみ。
大体俺自身に、医療に関しては分野外で、治せそうもない。
あるいはワイトの魔法理論を利用すれば、とも思ったが主に工学分野にしかワイトの記憶には無かった。
俺に出来ることがあれば……そう思い、俺は潰れて開かない右目を覆う眼帯を作ってやることに。
とは言え、俺に裁縫等の技術は無く、結局ミラに作ってもらったのだけれども。
作ったのは二つ。一つは花の形を彩った赤い眼帯、もう一つは勿論黒だ。
やっぱり独眼竜とか海賊とか憧れるよね、って余った方を貰う気満々だった俺の予想に反してマヤが選んだのは黒の眼帯だった。
「その……アタイには派手だから……」
そう言いながら何度も俺とミラにお辞儀をする。花の形の方は要らないので結局マヤに両方あげることになってしまった。
「ありがとう、ミラ」そう言って、頭を撫でてやると嬉しそうに破顔する。
そんなミラの笑顔に俺は、いとおしくなり思わず抱き締めていたのだった。