五十五 新たな依頼は、嫌な予感しかしません
目の前を弾丸のように通りすぎたオリカルクム鉱石を拾いながらも、未だに心臓はバクバクと激しく脈打っている。
穴の入口に待機しているマヤが何事かと叫ぶが、俺は穴から出てから説明すると伝えた。
縄をつたって、穴から出た俺をマヤとユリアが出迎える。
俺は先ほどあった魔法での採掘の話をすると、マヤもユリアも呆れるのであった。
「もう。何の為にアタイ達がいるのよ。呼んでよ、アル」
「はは……ごめん」
俺はマヤに叱られて謝ることしか出来なかった。出口へと向かう途中で、ユリアがコッソリと話をしてくれたのだが、魔法の暴走は特に危険だから止めておくように念を押されるが、俺には目的がある。
魔法を解明するという目的が。
ユリアにその事を伝えると、俺が折れることはないと踏んだのか、魔法の研究には自分を同席させるようにと妥協してくれた。
俺たちは、サギさんにツルハシを返して帰宅する。
ハーネスの街へと戻ってくると、俺はマヤ達に聖騎士達の話を提督に話すべきか相談することに。
「僕は提督に話さない方がいいと考える。聖騎士の目的は不明だけれども、サギさんが見たのが聖騎士かどうか不確かだし、何よりで提督に話すと必ずサギさんにも話を聞くだろう。サギさんは悪い人じゃないけど、鉱石のことを話してしまうかもしれないし」
「アタイは、話した方が良いかな。ここでアルが見たのは三人なのに、これだけの人数がヴェネに入り込んでいるとなると、何か企てている可能性が高いと思う」
マヤの言うことも理解できるし、聖騎士が何を企んでいるかも俺の好奇心をくすぐる。
だけども、やはりあまり聖騎士には近づきたくないのが、本音だ。
「だったら、コッソリと街に噂を流してみたら? その聖騎士ってのが何か企んでいるぞー、みたいに」
ユリアがそう言うと、俺達は賛同する。近づきたくはないが、提督の耳には入れておいて頭の隅にでも残ってくれていればいい。
それならばと、この街に来て間もないユリアに噂を流すように頼み、オリカルクム鉱石を一つマヤに手渡して武器屋の親父さんに渡してくるようにお願いして、俺は単独である場所へと向かった。
「また、この家に来るとは……」
俺はなるべく人の目につかないように、テディの父親でもある副提督の元を訪ねた。
確実に提督の耳に入れるために、副提督にあくまでも噂話としてファインツ提督に話すように頼む。
「噂話ね……ファインツ提督はあまりそういうのに流されないと思うが。まぁ、君の頼みだから話はしておくよ」
テレーズやテディの件で俺達に借りがある副提督は、快く引き受けてくれた。
家に戻るとマヤは既に戻ってきており、オリカルクム鉱石の代金を受けとる。
また、金貨が増えた。五人での生活だと、当分困ることはないだろう。
ユリアは、夜遅くなるまで噂を流して来てくれたようだが、帰ってくるととても酒臭い。
どうやら、話によるとギルドで噂を流したようだが、たぶんに漏れず男に囲まれ、そいつらの奢りで酒場へと行き、酒場でも噂を流したようであった。
どうだと言わんばかりの表情のユリアだが、マヤに部屋へと連れて行かれて説教をされることとなった。
◇◇◇
それから暫くは穏やかな日々が続いた。そのお陰もあり、俺は研究室にいる時間が増えたのだが、未だに魔法の実験には至らずにいた。
鉱山で、試した魔法が想像以上に威力が強く、家では使えないと判断した為である。
ユリアにも、気を付けるようにと強く言われている。
なるべく、周囲に人が居らず、広い場所が欲しい。
武器屋の親父さんに不動産関係の人を紹介してもらったが、満足の出来る場所はなく途方に暮れていた。
そんな時、ギルドの方から俺は呼び出しをくらう。何かやったかと、ギルドを訪れると、俺に直接依頼したいクエストがあると言う。
正直、実績が無く有名でもない俺に、直接頼みたいなど物好きな人がいるだろうか。
俺は訝しげな表情をしながら、ギルド奥の一室に通された。
「初めまして。私はラックと言います。アルさんですね?」
「はい、アルフレッドと言います。アルで構いません」
俺はラックと名乗ったちょっと小太りの男と握手を交わして、対面のソファーに腰を下ろす。
「僕に直接依頼だと聞きましたが、僕は実績もありませんし、その理由をお聞かせ願いませんか?」
ラックは、提督の紹介なのだと話す。どうやら、俺が広くて人気のない物件を探していると、武器屋の親父さん経由で提督から話が行ったようだ。
「はぁ、提督からですか……それでも実績もない僕を選んだ理由にならないと思いますが」
「確かに、本来ならそうです。ですが……その、他のギルドの人には信じて貰えなくて……」
どうやら曰く付きの依頼内容のようで、皆に敬遠されたらしい。
そこで、依頼内容と照らして提督が俺を紹介したみたいだ。
「依頼内容を話して貰えませんか? 受ける受けないは別としてですが……」
「まず、報酬なのですがハーネスの街の郊外にある物件を差し上げようと思います。かなり広いですし、人もなかなか寄り付きません」
いきなり報酬の話とは……それも家一軒。随分と羽振りはいいが、目の前に餌をぶら下げられた馬のようで、嫌な予感しかしない。
「それで、依頼の方なのですが……その~、なんと言いますか、吸血鬼をですね、退治して欲しいのです」
「……はっ? 吸血鬼?」と思わず聞き返すと、ラックは黙って頷く。
今まで採取、採掘しかしていない俺に、いきなりの討伐の依頼。それも吸血鬼って……想像上の生き物じゃないのか?




