五十二 提督と僕との関係性です
「ありがとう、マヤ。落ち着いて頭の中が整理出来た。まだ可能性はある。明日はマヤもついて来てくれないか?」
「明日ね、わかった。ユリアはどうする?」
連れて行くとややこしくなりそうだし、明日マヤを連れて行くのは提督にマヤの存在が本当だと認めてもらうためだ。
俺はマヤに父の事を聞かれるかもしれないから、誤魔化すように頼む。
翌朝、まだ空も明けぬうちに俺とマヤは朝食を抜き、提督府へと向かう前にまだ閉まっている武器屋の親父さんを叩き起こす。
今日は用事を終えた後、オリカルクム鉱石を採りに向かう予定で一度ギルドへも立ち寄る予定だ。
眠い目を擦りながらも武器屋の親父さんは、文句一つ言わずに提督府へとついて来てもらう。
オリカルクム鉱石は秘匿すべき貴重な鉱石だ。
外部に漏れないように人目の少ない早朝に契約をするべきだと説得して。
契約は提督府と武器屋の親父さんで取り決められるのだが、確実に信頼を勝ち取れたと思えない俺は立会人としての立場を主張するつもりであった。
「また、こんな早い時間に……」
提督は流石にいつものように身だしなみを整えている時間がなく、寝間着の上にカーディガンを羽織る程度で俺達を迎え入れる。
俺は隣にいるマヤを紹介する。隻眼、隻腕の女性など、そうそう居ない。
提督はマヤをその細い糸目でじっと見る。
「ふむ」と、相づちを打つと提督は、椅子に座るように促し用件を尋ねてきた。
やはりこの提督は何を考えているのか読み取れないが、俺は人目につかないように早朝に来たことと、立会人としての立場を主張する。
武器屋の親父さんは、一般人だしこの手に関して一枚も二枚も上手の提督に騙されないようにと。
とはいえ、俺もこういうのには疎い。早見誠一の時は騙されたクチだ。
それでも、例えハッタリでも言っておけば、多少の牽制にはなるし、何よりこちらのペースへと持っていきやすい。
「ふむ。わかりました、少々お待ちを」
提督は自分の机の棚を探ると、二枚の書類を取り出す。
「こちらが契約書になります。良ければ署名を」
差し出された書類を受け取り目を通すと、同じ内容の二枚で、定型の契約書ではなくオリカルクム鉱石に関しての契約書であった。
昨日の今日で、これを作ったのかと提督の仕事ぷりに関心するだけでなく、驚いたのは、予想していたのか立会人の欄までしっかり書かれていた。
特におかしな点は見受けられず、武器屋の親父さんに金額の擦り合わせを確認すると、親父さんがまず署名をして提督が続く。最後に俺が署名をするが……。
「アルさん、フルネームでお願いします」と提督に釘を刺されてしまった。
契約書に嘘の名前は書けない。親父さんにも迷惑がかかる。
「アル……」
不安そうな表情で俺を見るマヤは、そっと左手を俺の太ももに乗せる。
提督は想像以上に上手で、完全に俺の敗北であった。
“アルフレッド・ルーデンス”
そう署名をして、提督に契約書を返す。俺とマヤに緊張が走る。
ところが、提督は意外にも契約書を受け取ると俺の名前には追求せずに、淡々と今後の契約について親父さんと話を進める。
詳細を取り決め終えた為、帰宅することになったのだが、帰り際俺は思いきって提督に何故追求しないのか、聞いてみた。
「貴方が聖騎士と何かあったのだろうと推測は出来ます。私も聖騎士が嫌いなのですよ。それだけです。それに、ファルコの名前を出した時の貴方の表情を見たら何も言えませんよ。もし、貴方が父──いえ、ファルコに何かしらしたのであれば、話は別ですが」
俺は何もしていないと首を横に振る。勿論、間接的に俺が父や母、サーシャを殺したと言えなくはないが……。
ファインツ提督は、窓から外を眺めており表情は分からない。ただ、どこか背中が寂しそうであった。
◇◇◇
俺はこの時は、まだ知らなかった。俺と提督との関係を……。
「あの若者が私の甥ですか。姉さんがファルコ殿に嫁いで二十年。もう少し早くファルコ殿を許しておけば、力になれたのかもしれませんのに。残念です……」
俺の母親の弟であることを。




