五十話 提督からの信頼を手に入れるのです
「本当ですか?」
ファインツ提督は隣に立っていた副提督を一瞥する。
俺は上手いこと言ってくれよと願うしかない。
「理由は知りませんが、確かに隻腕、隻眼の女性は居ました」
「ふむ、そうですか……」
常にファインツ提督の顔はこちらを向いているが、糸目過ぎてどこを見ているのか分からない。
背中に冷や汗をかきながら俺はただ、提督の答えを待つしかなかった。
「ふむ、先ほども言いましたが、この役職に就いてからは良くも悪くも人が寄ってきます。そこで、一つ利を見せて貰えませんか?」
「利? 何をすれば?」
「なに、一つ頼みがあるだけです。実は最近、ある武器屋で随分と優秀な武具が売られているそうで……。オリカルクム鉱石という非常に珍しい鉱石を織り混ぜたものなのですが……その出所を探って欲しいのです」
背中の冷や汗が更に増える。オリカルクム鉱石の出所、完全に俺ではないか。
「探って一体どうするつもりですか? 犯罪に加担するのは御免ですよ」
「ぷっ……あっはっは。犯罪なんてしませんよ。私がしたいのは取引です。余っていたら少し買い取らせて貰おうかと思っただけですよ」
ファインツ提督は細い糸目を更に細くして笑い飛ばす。だが、これでもまだ信じられない。
オリカルクム鉱石の鉱山が見つかったと知れば、強引に奪ってくるかもしれないし、何より買い取る理由が分からない。
「何に使うのですか、その……オリカルクム鉱石を」
「おや、オリカルクム鉱石をご存知で? まぁ、買い取れる量にもよりますが、理想は船の装甲に使用するつもりです」
危ない、危うくバレるところだった。貴重な鉱石みたいだし知っているだけでも珍しいのかもしれない。
しかし、船の装甲か。ここはヴェネの軍港でもある。船は軍船の事を言っているのだろう。
ファザーランドとは、戦争状態ではないが緊張状態である。天秤がどちらかに傾けば一気に緊張状態が解けてしまうだろう。
果たして協力しても良いものだろうか。
「ちなみに言っておきますが、ヴェネの方針は変わらずずっと専守防衛です。こちらから戦争を仕掛ける気はありませんよ」
ファインツ提督は、そう言ってくれるが懸念はある。上が替われば方針も変わりかねない。
(武器屋との約束もあるし、確認してみるか)
俺は調べはするが、情報を渡すかどうか別の話だと、この辺りで手打ちにする。
ファインツ提督も「慎重な人は好感がもてますよ」と、情報の引き渡しはこちらに一任してくれた。
◇◇◇
何処の武器屋なのかは分かっているが、一応確認を取ると予想通り俺が取引した武器屋のようで、提督府を出ると一度家へと戻る。
もちろんこれは、あの提督が俺の動向を見張っていないかの確認の為である。
家は大通りから脇道の奥にある上、宿屋をやっていた時ならともかく今は見知らぬ人は脇道には入ってくることは稀で、分かりやすい。
一度家に戻り二階へと急いで上がると、部屋の窓から脇道を確認する。
「アル?」とマヤが不思議そうな顔をしているが、俺は構わず脇道を見続けた。
つけられてはいないようで安堵すると、マヤと目が合う。マヤには提督とのやり取りの話を一部始終伝える。
「と言うわけで、マヤと俺は駆け落ちしてファザーランドを逃げ出して来たってことにしたのだけど、良いかな?」
「アタイがアルと? ん、わかった。話を合わせたら良いんだね」
あー、そうなのだけれどそうじゃない。マヤが俺の事をどう思っているのか気になっていたから、いい機会だとは思ったのだけれども、俺が思っていたような答えは返ってこなかった。
慌てて二階へと上がってきた為に、ユリア達に帰宅の報告を済ませると、俺はもう一度外出する。行き先はもちろん、あの武器屋だ。
「親父さん、ちょっと話いいか」
「おお、兄ちゃんか。どうした」
俺は然り気無く視線で店の奥の部屋を指し示す。親父さんも、分かってくれたようで自然に俺を店の奥へと案内してくれた。
「すいません、いきなり」
「いやいや、いいってことよ。それよりどうした?」
俺は提督とのやり取りを武器屋の親父へと伝える。俺なんかよりずっと長くこの街にいる親父さんの方が、提督のことも良く知っているだろう。
「提督に気づかれていたとはな」
深刻そうな顔付きに変わった親父さんを見て、俺は急に不安になる。
少し提督を信用し過ぎてしまったかと。
「ああ、悪い。そんな顔をする必要はないぞ。俺の話さ」
親父さんが言うには、昔提督に軍の方で働かないかと誘われたらしい。それを一度断ったみたいなのだが、それ以降幾度となく誘われていたみたいで。
「そこに急にオリカルクム鉱石を使った武器を作り出したから……」
「ああ、今回のような話になってしまったようだな。よし、提督にはこう伝えればいい。『俺を説得した』と。あとは任せろ。なぁに、悪いようにはしないさ」
親父さんからこれからの段取りを聞かされ、俺は納得すると、その足で提督府へと再び戻って行くのだった。




