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とある記者の手記 後編

 早見誠一の葬式から数日が経ち、俺は高級ホテルで設営された記者会見場に来ていた。


 正直ウチの新聞なんて三流も三流である。質問なんざ回って来ないだろう。

俺は手段を問わずに、同じブンヤ仲間にさりげなく隣へ座り質問をさせてもらえる様に頼み込む。

もちろん、タダではない。スクープと引き換えにだ。ウチの新聞で取り扱っても、注目度は低いだろう。なるべく世間に広めないとと、この時俺は使命感にかられていた。


「それでは今からA大学教授、新田勇輝氏による。前代未聞の発見の記者発表を執り行います」


 司会の合図で、新田勇輝を先頭に大学のお偉いさん方が部屋へと入ってくる。

俺は質疑応答は、まだかまだかと待ちわびる。会見の内容なんざどうだっていいのだ。

親友でもあり、同じ大学の仲間でもあった早見誠一のことを避けているのか、何ら触れもしやしない。

既に俺の限界は近かった。


「それでは、今から質疑応答に移ります。指名された方から名前と会社名をお願いします」


 来た、俺は待ってましたとばかりに手を上げる。他の記者は配られた資料を元に当たり障りのない質問をする。

当然といえば当然だ。“奇跡の素粒子”なんぞ、誰もが疑ってしまう。

しかし、優秀な大学が先頭切って発表しているのだ。

もしかしてあるのか、いやいやいや、そんなはずは、なんて中途半端な気持ちのまま、ズバッと切り込める質問など無理なのだ。


 三度目か四度目だったかのトライで俺はようやく指名された。

さぁ、見てろ、新田勇輝。


「読者新聞の篠塚です。お聞きしたいことは三つあります」


 隣に座るブンヤ仲間の会社名を名乗る。ウチの新聞だと、すぐ質問を切られそうだからな。


「まず一つは、その素粒子の取り出し方なのですが……お配り頂いた資料には書かれていないのは何故でしょうか?」


 俺の質問に記者達が騒ぎ出す。仕方ないだろう。誰だって半信半疑だ。配られた資料も“奇跡の素粒子”がなんたるか位しか目を通していなかったのだろう。


 動揺は新田側にも起こる。亡くなった早見は、新田も手伝ってはくれたが、大まかな内容は理解していても、細かいところ、特に取り出し方は知らないはずだと。


「も、申し訳ない。こちらの手違いでコピーに問題があったようです」


 大学のお偉いさんがすぐにフォローに入る。やはり予想通りの答えが返ってきた。


「分かりました。それでは口頭で構いません。抜けている部分をお話頂けないでしょうか?」


 明らかに動揺している新田は目が泳いでいる。いくら協力していたとはいえ、主導は早見誠一の方だ。

軽く話くらいは聞いているだろうが。


 案の定、新田はしどろもどろになりながら当たり障りのない内容を話す。


「随分と曖昧な回答ですが、良ければ私が教えましょうか?」


 会場内は更にざわつき始める。何せ、俺はただのブンヤだ。専門でもなんでもない。それが新発見された“奇跡の素粒子”について話すというのだ。

驚くのも無理はない。


 俺は早見誠一が亡くなる前日に教えてくれた内容を話し出す。これでも五割程度。十全の答えは、亡くなった早見の頭の中だけだ。

つまり、もう“奇跡の素粒子”の再発見は、ほぼ無理だろう。


「さて、二つ目の質問です。私が今話をした内容は、同じ大学で先日自殺した早見教授から直接聞いた話です。ちゃんとボイスレコーダーにも取ってあります。何故、新田教授は曖昧な答えしか出せず、早見教授はそれより詳しい内容を話せたのでしょうか? お答え願いますか?」


 ここまで来ると流石に他のブンヤも理解し始める。もしや、早見教授から盗んだのでは──と。


 新田側は、慌て始める。明らかに終わらそうと動き始めたのだ。しかし、俺の手には未だマイクが握られている。


「それでは、三つ目ですが。新田教授が現在お付き合いされている女性が早見教授の奥様だというのは本当でしょうか?」


 この質問に新田は顔を真っ赤にして今にも俺に飛びかかろうとする勢いだったが、周囲に押さえられて退席する。

もちろん、これはテレビに生放送で流されており、この日から世間の話題は、論文の盗作と盗作した相手の妻との不倫で持ちきりになった。


 早見氏の家の前には、既に多くの報道陣が詰めかけていた。俺も別新聞の名前を騙ったことを上司にこっぴどく怒られたが、必ずスクープをモノにすると約束して俺も早見家の前でスタンバっていた。


 新田は早見の葬式後、素知らぬ顔で早見家に入り込んでいるのは調べがついている。俺は他の報道各社にそれをリークした為に現在の状況に至っていた。


 早見家に陣取り早くも三日が経とうとしていた深夜、俺と交代するために小竹が差し入れ片手にやって来ていた。


「篠塚さん。全然出てくる気配ないですね」

「飲まず食わずという訳にはいかんだろう。いつかは出てくるさ」


 そんな会話がなされた時だった──


 一人のブンヤが「焦げ臭くないか?」と話すのが耳に入る。俺も鼻を動かし匂いを探る。

確かに焦げ臭い──


 その時、真夜中だというのに窓が明るくなる。


「火事だ‼️」


 報道陣の誰かがそう叫ぶと、窓ガラスが割れて大きな炎が轟音と煙を巻き上げ飛び出してきた。

慌てふためく報道陣の声と火事の音で、辺りは埋め尽くされていたのだが、俺には一人の男の声がハッキリと聞こえた。


「絶対‼️ 絶対、許さねぇぞ‼️ ()()()()()()()()、あいつから全て奪ってやる‼️‼️」


 炎の中から断末魔の叫びのような声が。


 火事は家を全焼させて、鎮火する。そして、中からは()()の遺体が発見されたと聞き、俺は脳天から衝撃を受けたのだった。


 俺は早見の唯一の心残りだった幼い娘を救いたくて、彼の葬式で奥さんの浮気を暴露したのだ。そうすれば、彼の実家が孫を引き取るだろうと見越して……。


 それなのに、それなのに……俺は早見の娘を死なせてしまった。

もっと確認しとくのだった。親族にこれからの展開を話しとくべきだった。


「すまねぇ……早見さん」


 俺は会社の屋上で青く眩しい空を仰ぎ、涙が目尻から溢れた。その手には花束と辞表を握りしめて──。



─・─・─・─・─・─・─・─



「また、掃除されてるわ」


 初老の老婆が“早見家”と書かれたお墓を前に、不思議がる。綺麗に飾られた花の横に自分が持ってきた花を添え、まだ真新しい供え物の横に持ってきた果物を置く。


 墓の横には、早見誠一の名前のみ。娘の名前は刻まれていなかった──。

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