四十六 マヤの視線が怖かったです
「な、なんか……ごめん」
ユリアの勢いに負けて俺は思わず謝ってしまう。
覚えていただけで怒られるとか理不尽だとは思ったが、ユリア自身も俺に認識されてしまって予想外に困惑しているのかもしれない。
「それで、ユリアはこれからどうするつもりなんだ? いくら僕が願ったとはいえ、添い遂げたいとか冗談だろ?」
「私、嘘は吐けませんよぉ」
「いや、さっき名前偽ったじゃないか」
「“ユリア・クラスタ”ってのは、こっちで名乗る時に必要な名前なので嘘ではないです」
そこは随分と曖昧なんだなと思いつつ、俺は次に聞きたかった事を聞いてみた。
もちろんそれは魔法理論とマヤに変装(?)していた魔法について。
だが、ユリアは黙ったままで話そうとしないことから、これらも禁止事項なのだと理解した。
しかし、添い遂げっていうことは、これからここに住むって言っているようなもので、マヤ達にどう説明すれば良いのだろうか。
突然部屋に女神を名乗る女性が現れて、結婚を申し込まれたので、これから一緒に住むから、とでも言えというのか。
まず間違いなく俺はベッドに寝付かされて、病人扱いされそうだ。
それならば誤魔化すかと考えたが、上手い理由が浮かばない。
「はぁ、なんてマヤ達に言おう……」
「そのまま話せばいいじゃないですか?」
「頭おかしくなったかと思われるだろうが。やっぱり僕の願いは無かったことに──ってのは無理か」
「無理ですねぇ。大体私はどうなるんですか。このまま、ずっとここに居ろと?」
別に俺が困る訳ではないからと思ったが、このまま放っておくと何を仕出かすか分からない。
いきなりマヤ達の前に現れる可能性もある。
そうなればどのみち説明しなくてはならない。
俺はユリアを連れて研究室から出ると、テディやテレーズも呼びマヤの元へと向かう。
俺しか居ないはずの研究室から突然女性を連れてきた俺を見るテディの視線が痛い。
マヤもユリアをチラチラ見ながら怪訝な表情を俺に向けてくる。
転生云々の話はせずに、俺はユリアが女神で、俺に認識され困っているとだけを話す。
添い遂げる云々も、転生と関わってくるし何より俺自身にその気がない。
案の定というか、マヤは俺の額に手を当ててくる。大丈夫、正気だと説明するが、今度はニコニコと笑顔を崩さないユリアをジロジロと隅から隅まで眺め出す。
何処かで見た記憶のある視線。そう、それは初めて嫁を見るような姑の視線のよう。
「……アルが決めたなら、アタイは構わない。けど! 暫く様子を見させて」
ユリアが俺のもとに来た理由も曖昧で、疑う要因が多いにも関わらず、マヤは一定の理解を示してくれたのだった。
テディもマヤがそう言うならばと、様子を見ることに。
テレーズは「この子なら力づくで突破出来るかも……」と、何か物騒な事を口走っていた。
部屋は余っているので、二階の一人部屋に住ませることにして、俺は一度研究室に戻ると、書き終えた魔法理論の紙の束を本棚へとしまい、一息吐く。
「マヤの目が怖かった……」
ユリアに対してはまるで選別するかのようにじっとりと見ていたマヤだが、俺に対しては鋭い視線で射殺すのかと思うほどで、思わず逃げて来てしまった。
「ちょっと出掛けてくる」
いつものようにエントランスに残った受付で座るテディに、そう伝えると俺はフラりと大通りへと向かう。
途中、武器屋の親父さんからオリカルクム鉱石を含んだ武器や防具の売れ行きは好調だと知らされ、また仕入れて来てほしいと頼まれた。
「何か、ないかな」
俺は他に商店など立ち寄り、お土産としてマヤ達に菓子類でも買っていこうかと悩む。
そこで、俺はマヤが一体何が好きなのか知らない事に気づいた。
「…………」
ここまでマヤは当たり前のように俺についてきてくれて、助けてくれた。
そもそも俺に関わらなければ、右腕を失うこともなかったのに。
俺はマヤに一体何をしてやれるのだろうか。
「もっとお互いに話し合わなければならないかも」
結局俺は商店で、甘めのお菓子と塩気のあるお菓子と両方購入して家へと戻っていく。
「あれは!?」
帰る途中、俺は近くの路地へと隠れて息を潜めた。物陰に隠れながら大通りを確認すると、そこには間違いなく仰々しい甲冑を着こんだ二人組が。
「教会の聖騎士が、どうして、こんなところに?」
俺の妹を、サーシャを殺した聖騎士と同じ姿に俺は忌々しく感じながら、その動向を見張ることにした。




