四十一 お母さん、今からヨバイに行ってきます
テディの宿屋を買い取るに辺り、テレーズと金額を話し合う。
テレーズからの提案は、宿屋の購入金額はタダで良いから、テレーズかテディを俺の元へ永久就職させて欲しいと。
もちろん、丁寧かつ即お断りをする。
別に二人が嫌いだと言うわけではない。そもそもテディなんて、若すぎるし。
結婚を考えると俺は、どうしてもミラを思い出してしまう。
もちろん、未練があるとかではなく、何より俺の心に傷を負わせた原因が結婚から始まったからだ。
──どうしても躊躇ってしまう。
若干女性不信にもなりかけたが、俺を救ってくれたのも、やはり女性のマヤで感謝しているのも事実だ。
俺は、隣に座るマヤを見て、ふとマヤが居なくなったらと想像する。
──背筋がゾッとした。
想像しただけで、胸が締め付けられて苦しくなって目の前が暗くなる。
もしかしたら俺はマヤを──そう思うこともあったが、頼れる相手がマヤしか居ないために依存をしているからではないかとか、それとも隻腕で不便なマヤの着替えなどを手伝い意識してしまっているだけなのかと色々考えてしまう。
何より早見誠一としての理性が、まだマヤは十五歳だと意識してしまう。
この世界の適齢期は十五からなのに。
取り敢えずテレーズと話し合いを続けないといけない。俺はテレーズに金貨一枚手渡す。そして、もしテレーズが望むなら俺をその気にさせてみろと付け加え納得してもらった。
改めてテディにこの家の間取りを見せてもらうため案内をお願いする。
まずは二階から。
俺とマヤが泊まっている部屋を含めて四部屋あり、俺達が泊まっている部屋が一番広い。外観はともかく内装は、テディがちゃんと管理していたからか、お客が余程少なかったのかはわからないが、老朽化や不備は見当たらない。
続いて一階のエントランス。受付カウンターをどうするか。
取っ払おうかとも思ったが、テディが反対するので辞めた。テディにとって一番落ち着く場所らしい。
カウンター奥からは元々テディ達が住んでいたところだ。寝室と台所とリビングのみ。台所からは、裏口を通って庭に出れる。
「そこそこ広いな。広いけど、まぁ日当たりが随分と悪いな」
何か栽培出来そうなくらい広いが、周りの建物に囲まれて真っ昼間くらいしか日が当たらないんじゃないかな、これは。
薬草でも栽培するか、日当たり悪くても育つし。
最後に案内してくれたのは、一階と二階を渡す階段の下。地下の物置になっているらしいが、今はテディがよく使う掃除道具一色が置かれているのみ。
「思っていたより随分と大きいな。いや、宿屋だし当然と言えば当然か」
明日から準備に取りかかろう。必要な物を買い揃え、不要な物は捨てる。
俺はマヤと部屋へと戻ると、お互いに疲れ果ててベッドに横になるとすぐに寝てしまった。
珍しいことに俺はマヤより先に目覚める。ベッドの枕元の窓を見ると外気との差で結露が出来ており、俺は朝冷えに体が震える。
隣のベッドではスヤスヤとかわいい寝息を立てて、マヤが眠っていた。
「そういえば、これだけ部屋があるのだから、別に同じ部屋で寝る必要ないのでは?」
うーん、と寝返りをうつと天井を見ていた顔がこちらを向く。
十五歳のマヤの顔は少女から女性へと移り変わる中間点。
以前あった頬の傷のせいで、辛い経験と共に同年代では大人っぽく見えたマヤだが、今はその痕は消えて綺麗な白い肌が。
気づくと俺はマヤの頬に触れて自らの顔を近づけていた。
「僕は何をしているんだ……」
俺は寝ているマヤから離れると、顔を洗いに部屋を出ようとするが。
「あれ? 扉の前に何か引っかかって……ふんっ!」
思い切り体ごと押し込むと廊下側に引っかかっていた何かが床を擦る音がして扉を開く。
そこには、縄でミノムシにされたテレーズが爆睡していた。
「何をしているんだ、この人は」
俺はテレーズを跨ぎ、一階へ降りると既に起きていたテディが本を読みながら字を勉強している。
「おはよう、テディ。ところで君のお母さんはおれ──僕の部屋の前で何をしているんだい?」
「昨日、お兄ちゃんの部屋にヨバイとかいうのに行くっていっていたけど、お兄ちゃんの部屋の前でねてたんだ」
あの人、幼い娘に何を喋っているんだか。
俺は顔を洗うと、マヤが目覚めるまでテディに文字を教えていた。
小一時間ほどして、マヤが二階からテレーズを縄で引きずりながら二階から降りてくる。
「おはよう、マヤ。ところで、それの説明よろしく」
「重罪人は、縄で御用がお決まりだから」
階段を落ちるように降りてきて悶絶しているテレーズを見て平然とマヤは答える。
どうやら、本当に夜這いを仕掛けてきたらしいが、マヤに見つかり今の状態に。
「どうして、まだマヤさんと同室なのですか!? 部屋余っているのにぃ!」
「アルはアタイの右腕になってくれるって言った。だから、ずっと一緒で問題ない」
そう言うとマヤは俺の右腕に自分の腕を絡ませる。
なんだろう、この歳になって凄く照れ臭い。
きっと、俺の顔は真っ赤になっているだろう。




