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とある記者の手記 前編

「篠塚さん、ニュースですよ、ニュース!」


 しがない三流新聞の三流記者である俺、篠塚耕平の元に同僚でカメラマンの小竹が駆け寄ってきた。


「まぁた、芸能ゴシップか? うちはただの新聞屋だぞ」


 いつものように同じやり取り。こいつは、やれ誰と誰が結婚しただの離婚しただのと何でもかんでもニュースにしたがる。

それも大体ニュースソースが、テレビの芸能ニュースやゴシップ雑誌だったりする。

完全に後追いだし、アホかと言いたい。

俺は手に持っていた競馬新聞を丸めて小竹の頭を殴る。


「痛っ! 酷いなぁ篠塚さん。今日は本当に本当にニュースなんですよ。ほら、休憩室のテレビ見てください」


 やっぱりテレビがニュースソースじゃねぇかと、二度、三度競馬新聞で頭をポカリと叩く。


「なになに? “奇跡の素粒子”だぁ? A大学、教授の新田勇輝氏が発見? なんじゃ、こりゃ」


 呆れて言葉が出ないとは正にこの事である。嘘をつくのも、もう少し捻って欲しいくらいだ。

しかし、俺は素粒子そのものよりも、大学が気になる。

A大学、それも素粒子専門なら一人、知り合いがいる。同じく教授である早見誠一。

真面目を絵にかいたアイツと不真面目を絵にかいた俺。

相反する俺達だが、とある授賞パーティーで出会って以降、気軽に連絡を取り合い飲みに行ったりもする仲だ。


「ちょっと、聞いてみるか……」


 久しぶりだ。早見は忙しいみたいで、しばらく連絡が取れずにいた。


「あ、もしもし。早見さん、お久しぶりです。……早見さん?」


 様子がおかしい。電話は繋がってはいるのだが、小声で上手く聞き取れない。

声が震えている? 何かあったのだろうか。記者歴二十五年の勘が何かあると叫んでいる。

会話にならず、俺は一方的に会おうと誘い、待ち合わせ場所と時間を伝える。

来てくれればいいのだが──。


 待ち合わせの日、俺はスマホの画面を見る。待ち合わせの時間を三十分ほど過ぎている。

駄目だっただろうか、俺はもう一度連絡だけ入れようとした、その時。

目の前の横断歩道をこちらに向かって歩いてくる彼の姿が。


「篠塚さん……お久しぶりです」


 久しぶりに会った彼早見誠一の顔は蒼白で、尋常じゃないほど死んだ魚のような目をしていた。

かなり、ヤバい。直感が俺にそう投げかけてくる。


「取り敢えず、取り敢えず飲みに行こう」


 なるべく俺は明るく振る舞い、彼を鼓舞する。少しでも元気になってもらえれば、そう信じて。


 飲み屋での彼はほとんど何かを口にすることはなかった。話を聞いても上の空。俺は早見を家へと誘い飲み直すことに。

ボロい築三十年を越えるアパートの一階。いい年こいた独身の俺の家。

片付けなどしているはずもなく、適当に物を放り投げスペースを作ると、途中で買ってきた缶ビールのプルタブを開ける。


 初めは、話辛そうにしていた彼だが徐々に話をしてくれるように。

話を聞いているだけでも、腹が煮えくり返る。

彼の研究成果を盗んだだけではなく、彼から居場所を奪ったのだ。

大学だけではなく、安らぎである家族すらも。


「早見さん‼️ 何か、何かないのですか。そいつらを懲らしめる方法は!」


 研究の途中経過は盗まれず、自分の頭の中にあると聞き出し、詳細を聞く。

素粒子なんて専門分野ではないが、“奇跡の素粒子”を取り出す方法だそうだ。

PCの中では、この部分が白紙にしてあるという。


 気づくと朝になっており、彼は帰ると言い出した。かなり量を飲んでしまった俺は彼の言葉に疑問を抱くことはなく、「篠塚さんと飲めて良かったです」とニコリと笑顔を見せて家を出ていく姿を見送った。

これが彼とは最後になるとは、思わずに。


 その日、出社した時だった。彼早見誠一が踏切を越えて自殺したと聞かされたのは。

愕然とした。ついさっきまで一緒に飲んでいたではないか。

彼は帰ると言った……帰る場所などもう無いというのに。

やっと気づいた俺は、喫煙ルームに入りタバコに火を点けると、一人さめざめと泣いた。


 正式に離婚は成立していなかったと後で知った。彼の妻が喪主として葬式を執り行っていた。

彼の妻は見事に泣いている。よくもまぁ、泣けるものだと関心するが、他の参列者からは、鉄道会社から高額な請求が来ているという。

なるほど、それで泣いているのかと、納得してしまった。


 彼の妻の隣には未だによく分かっていないのか、落ち着きの無い女の子が。

彼の娘だろう。

恐らくは、両親のいざこざなんぞ知るよしもないだろう、まだかなり幼い。


 俺は焼香を済ませると、彼の妻に頭を下げると、親族が座る席を見渡し、彼の母親らしき初老の女性を見つけた。

ある程度、葬式が進むと初老の女性が一人になった所を見計らい俺は名刺を差し出して彼の友人で、死ぬ直前まで一緒だったことを伝えた。

彼の自殺を止められなかった事を詫び、更に彼の自殺の原因を伝えると、女性は顔を真っ赤にして怒りを露にする。


 早見誠一の妻は、自分の夫の葬式で多くの視線に晒されながら、自分の浮気を暴露されることになった。

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