三十四 テディ親子を助けます その二
初依頼を受けてから一ヶ月が過ぎようとしていた。その間俺はずっと森で出会った女性の事を忘れられずに──いや、そうではないな、忘れないように考えていた。
気を抜けば、記憶から抜け落ちそうな奇妙な感覚。
なぜなら、俺にはもうその女性の姿形が思い出せないのだ。
初依頼から一ヶ月の間、同じように薬草の採取で生活をしていた。少し遠出して採取するのがメインであったが、あの森の湖へと向かうこともしばしば。
もちろん、心の隅にあの女性に出会えるのを期待して。
しかし、会えることはなく、今となっては幽霊だったのか……それとも夢か……わからない。
今日は久しぶりの休みにして、テディに文字を教えていた。
今マヤはテディの母親テレーズと買い物に行っている。
今朝マヤは俺の、テレーズはテディの服を買いたいと言ってきた。
お金に余裕があるわけではないため、贅沢しなければということで、マヤ自身の服も買うならばとお金を渡したのだが、テレーズが物欲しそうに俺を見る。
ジリジリと近づくテレーズは腕で豊満な胸を強調しており、マヤが阻止しようとテレーズの服を後ろから引っ張るものだから、余計に胸の形がくっきりと。
「わかった、わかったから。テディの分も俺が出すよ!」
どぎまぎした俺は、結局追加で銅貨四枚をマヤに渡したのだった。
「お兄ちゃん、これ、なんて読むの?」
隣に座っていたテディは考え事していた俺の顔を覗き込んでくる。母親と似た少し垂れがちの目で不思議そうな表情をさせていた。
一字一字、丁寧に教えていくとテディの飲み込みは早く、勉学に貪欲であり教えたことを吸収していく。
「遅いね、お母さん達……」
日は暮れ始めて空に赤みがさしている。窓を開けると気温が下がり心地よい風を頬に受け、俺は通りの方に顔を出す。
「お、帰ってきたみたいだな」
荷物を抱えたマヤとテレーズがこちらに向かっている姿が目に入る。
「ほんと!?」
しっかりしていても、まだ母親が恋しいのだろうテディの表情は、一気に明るくなり、急ぎ部屋を出ていき、俺もその後を追う。
「ただいま~」
マヤの声にテディが宿のエントランスの扉を開くと、複雑そうな表情をしたマヤと浮かない顔をしたテレーズが。
テレーズは、何も言わずにそそくさと奥へと入っていき、テディも母親の後を追いかけた。
「何かあったのか?」
「実は帰り道で……」
服選びに遅くなり急いで帰ろうとしたマヤとテレーズ。すると、運悪くテディの父親だと思われるハーネスの副提督と遭遇したらしい。
しかも、テレーズの顔を見るや不味いものでも見たかのような、嫌な顔をされたという。
テレーズもそれで察したのだろう。あの誓約書に副提督が関わっていることに。
危害を加えられなかったか心配したが、副提督の方が逃げていったらしい。
それは、そうだろうな。一ヶ月もの間、音沙汰無ければバレたと考える。
しかもそれが表沙汰になってしまっては、副提督の評判はがた落ちだ。
そこまで考えて俺は重大な見落としに気づく。それは評判が落ちることを恐れての口封じ。
この一ヶ月何もなかったが、今回出会ったことが引き金になるかもしれないと、俺は身震いを起こす。
俺達がいる間は、ともかく俺達がギルドの依頼を受けているときは、数日街を離れてしまう。
俺とマヤは部屋へ戻り今後どうするか作戦を練る。
薬草収集で貯まった金額は、銀貨二枚分。
今の生活に苦はないが、やはり足りない。
まずはお金を貯めないことにはと、俺達は薬草収集から卒業することに。
それとまずは副提督の監視だ。これは俺とマヤが交代でやる。問題は俺達が依頼で居ない間をどうするかだ。
知り合いも増えはしたが、任せられるほど親しいかと言えば嘘になる。
「あ……」
悩んでいるとマヤが一人心当たりがあるという。それは、俺達をこのヴォルザーク大陸へと運んでくれたドギ。
確かにドギなら大丈夫かもしれない。ここに来て半月ほど経った頃に心配して一度様子を見に来てくれた。
その際、テレーズやテディとも面識を持った。
屈強の海の男が宿にいてくれるほど心強いものはない。問題は何時来るかだが、貿易の為にここハーネスの街とレプセルの街を往復している。
部屋を出た俺達は、カウンターへ戻っていたテディに少し出ていくから、ご飯は少し遅れると伝えて宿を出た。
宿を出た俺達は、二手に別れる。マヤは副提督の邸宅を調べて監視を俺は港へドギが何時来るか探りに行く。
ドギの方は残念ながらハッキリとはわからなかったが、少なくとも数日中にはとだけ情報を得る。
俺は一度テディの元へ行き、食事処へテディを連れて行く。
食べ終わった頃には、真っ暗でランプの明かりを頼りにマヤと合流したあと監視を交代した。
心地よい風は更に気温が下がったことにより肌寒く、俺はフードを頭からかぶり、副提督の邸宅を見張る。
まるで刑事だなと、ふと思う。ここに牛乳とあんパンがあれば……いやいや、こんな寒空の中、冷たい牛乳や冷たくなったあんパンなんて誰が望む。
所詮はテレビの中の話かと、俺は下らないことを考えながら眠気と戦っていた。




