三十ニ たかだか薬草摘んで帰るだけの簡単なお仕事です
俺とマヤはギルドを出ると一応一日分の食料と水をリュックに詰めて街を出る。
歩いて三十分ほどの距離にある森で採取しようと考えていた。
薬草ならば何でも構わないという依頼だったため、近隣の森で量を集めればいいと軽い考えの元、森の中へと入っていく。
気候もファザーランドと変わらないし、湿度も高い。薬草を領内で栽培していた俺には絶好の条件だと、意気揚々と探索を開始する。
マヤと二人で、茂みをかき分け、木の根元や腐った大木の側を探っていく。
一時間ほど探索して俺はようやく異変に気づく。一つも見つからないのだ。
俺は昔、薬草の栽培をするために調査と称して幾度となく森へと入った。
その時は、歩けばぶつかるというくらいに自生していたのだが、この森には影も形も無い。
「全部伐採したかのように見つからないね、アル」
マヤにそう言われて俺は、ハッとする。そうだ、この森は街から三十分ほどの距離にある。
他の冒険者も郊外に出るときは、この森の側を通っていく。
まさにコンビニ感覚で立ち寄ることが容易に想像出来た。
つまり、マヤの言う通り全部採取されてるのである。
参ったな。俺もコンビニ感覚で考えていた。このまま何も無しでは戻れないぞ。食料でお金も使ったし、今日は武器や防具も購入した。
「もう少し、奥へ行こう」
木々の葉で日光を遮り、薄暗い森の奥へと俺とマヤは足を踏み入れた。
足元は前日の雨でぬかるみ、気を付けなければ濡れた葉っぱで滑りそうになる。
更に一時間ほど歩いただろうか。
ここまで離れれば冒険者や街の人も気軽には来れないはずだと、周囲を探索しながら歩みを進めると、視界が開ける。
目の前には、森に囲まれた湖が。
「結構大きいな」
対岸は辛うじて見えるが、それでもかなり広い。俺は足元を伺いながら湖へと近づく。
「ん? これって……たしか」
湖の畔にしゃがみ俺は湖に手を突っ込み水草を拾い上げて、よく確認する。
「ジャワ草だ‼️」
水辺に生えるジャワ草という水草は、乾燥させて、すり潰し解熱剤として飲まれる。ただ、冒険者としては一番怖いのは怪我である為にあまり必要とされていないが、これは間違いなく薬草の一種である。
「マヤ‼️ これを根こそぎ集めるぞ」
「はい!」
俺とマヤは二手に別れ湖を周回しながらジャワ草を集めて回った。
「あー、腰が痛ぇ……」
湖に落ちないように足を踏ん張りながら、屈むために腰に負担がくる。
俺は一度休み腰を伸ばしていた。
ストレッチ代わりに腰を何度か回すと、俺の視点はある一点で止まった。
俺の視線の先には、一見毒草に見える空色をした草が。
「もしかして……」
俺は近づき、絶対口に入れたくない水色をした草の観察を始める。水色に見えたのは小さく細かい花。それが茎を兼ねる真っ直ぐ伸びた草にびっしりと咲いていた。
「やっぱり、フジツボ草‼️」
小さな空色の花がフジツボのようにびっしりと付いてあることから、俺が勝手に命名したのだが、正式名は蒼白草である。
気持ち悪い見た目から毒草に思われるが、これも薬草の一種で主に腹を下した場合に使用されるのだ。
もちろん口から摂取する。そのままフジツボのようにビッシリとついた花を舐め取るため、よっぽど酷い腹痛以外は拒否する人が多い薬草だが、薬草は薬草。
花が大事なため、そっと摘み取る。するとすぐ先にまたフジツボ草が。
俺は次々とフジツボ草を採取しに森の中へと進んでいった。
「あ~、薬草採取は腰が辛いな」
腰を伸ばしながら空を見上げると、木々の隙間からは赤い光が漏れている。
もう夕方か、そろそろご飯でもと俺は後ろを振り返ると、マヤは居ない。
「そうか、マヤは湖か」
俺は湖へ戻ろうと一歩踏み出すが、そこで足を止める。
「はて。僕は一体どっちから来たっけ?」
恐らく真っ直ぐ来たから自分の後方を進めば戻れるだろうと、止めた足を再び動かす。
それから一時間。歩いても歩いても、湖は見えない。
俺はこの時気づいていなかったのだが、俺は一度振り返った後、後方へと進んだのだ。
つまりは湖とはどんどんと離れて行っていた。
木々の間からの赤い光が赤黒く変化する。このままでは不味い。魔物や獣のほとんどが夜行性である。冒険者か闊歩する明るい時間に動く魔物や獣は、冒険者を蹂躙する圧倒的力を持つ者くらいだ。
だからこそ、朝のうちに出発したかったのだが、ギルドでの一悶着のせいで少し時間が遅れてしまっていた。
「おーーい‼️‼️ マヤーー‼️‼️」
森の中に俺の声が反射する。荷物からランプを取り出し明かりを灯すと、声を出しながら森を進む。
お腹が空いてきた。食料はマヤが持っている。俺自身も不安だが、マヤも心配だ。マヤの性格からすると、俺が腹を空かせていると見越して絶対に自分は食べない。
そしてとうとう日が落ちる。森の中に人ではない何かの息づかいの気配が漂ってきた。




