ニ十八 テディの母親は、残念な人みたいです
食事処のウェイトレスを呼び止めて、この街の事を少し聞いてみることにした。
何せ、ハーネスの街に関して、本の知識程度しかない。
その知識も異国だからか、それほど多くはなかった。
忙しい所を呼び止めて悪いが、他のウェイトレスも客と会話が弾んでいるし、問題ないだろう。
客に対してウェイトレスの数は充分過ぎるほどいる。
会話をしている客のほとんどが男性客。
会話をしていない男性客も、忙しく動くウェイトレスのヒラヒラと舞う短いスカートを眺めていた。
俺が呼び止めたウェイトレスも同じようにヒラヒラの短いスカートで、フリフリがついた白いエプロンをしている。
随分と肉感的な体型だが、決して太っているわけではない。
それにパックリと空いたシャツの胸元から谷間が露になっていた。
話がしたいというと、テーブルの横にしゃがみ込む。
椅子に座る俺より低い体勢のために、胸元を上から見下ろす形だ。
チクチクとマヤからの視線が刺さるが、必要なことだと心で言い聞かして俺は平静を装う。
ハーネスという街は名目上は主にファザーランド相手の港町だが、その実軍港のようだ。
町長みたいなのはおらず、提督と呼ばれる人が取り仕切っており、ヴェネから派遣されているという。
提督の評判は良くも悪くもなく、ここ数年交代は無いそうだ。
他にも家の相場なども尋ねてみた。
家の方は賃貸だと相場は毎月小銀貨二枚。今泊まっている宿の十日分に当たり、購入だと銀貨一枚から二枚程度。
ただ、新しくは建てるには提督の許可がいるという。
あとは特に聞くことはない。ウェイトレスが去っていくと俺を半目で見てくるマヤがいる。
必死に言い訳──ではないが、必要なことだったと説明を繰り返すが、結局店を出るまでマヤの半目は戻ることはなかった。
「うわっ、雨かよ」
店を出ると、大粒の雨が降り注ぎ地面の土を黒く染めていく。店の軒下から出るか躊躇いながらも俺とマヤは宿まで走っていった。
「大丈夫ですかー?」
宿へと戻って来た俺達を見てテディが一旦奥へ入り布地を二枚俺達に差し出す。宿のエントランスで布地で髪を拭いていたら、ギギギと音を立てて扉が開かれる。
「あら? お客様かしら? テディ」
扉を開けて入ってきたのは、三十行くか行かないかの女性。テディと親しそうで同じ群青色の髪をしているところを見ると、母親なのだろう。
少し垂れ下がった目をしており泣き黒子がある。
おっとりとした表情をしており、プクッとした唇に人差し指を当てる仕草が艶かしい。
何より、全身雨に濡れておりシャツがピッタリと張り付いて、大きな膨らみをハッキリと型どっていた。
「随分、嬉しそうね?」
マヤにギリギリと腕の肉を摘ままれる力は強く俺は顔を歪ませる。
「はじめまして。テディの母親のテレーズと言います」
俺とマヤも無難に名乗り、二階へと戻ろうとした。
「聞いて、テディ。やっとお父さんと一緒に住めるのよ! この書類にサインして渡したら一緒に住んでいいって‼️」
思わず俺は階段途中で立ち止まって、テディ親子の会話に耳を傾ける。
随分とおかしな話である。
事情は分からないが、一緒に住むのに書類にサインなどいるだろうか。
隣のマヤも首を傾げていた。
「そうなんだー。でも、お母さんって、字読めないよね?」
テディの言葉に俺は踵を返す。完全におかしい。字の読めない人間に書類など渡すだろうか。
俺は有無を言わさず、サインしようとしていたテレーズから書類を奪い取った。
テレーズが返してと必死に書類を取り戻そうとするが、そこは流石マヤである。すぐに俺とテレーズの間に割って入り、体を張って止める。
書類に一通り目を通した俺は、背筋に寒気が走る。内容は簡単に言えば、二度と近づかないと誓約させるものであった。
もし、これを渡して一緒に住もうとテディと二人で近づこうものなら、下手をすれば殺されていたかもしれない。
「ちょっと、不味いなこれは……」
俺はテレーズに書類の内容を伝えるが、信じられないと突っ放される。
気持ちは分からなくないが、ここで引いてはテディにも被害が及ぶ。
俺が引かないと分かると、流石にテレーズも顔を青ざめた。
そもそも、俺が嘘を吐いていたとしても、何もメリットはないしな。
「うそ……うそよ…………」
テレーズの頬から大粒の涙が。俺はテレーズにこの書類を受け取った経緯を尋ねる。嗚咽混じりの声で話すテレーズが少し可哀想に思えてきた。
テレーズの話の内容は驚きだった。テレーズはいつものように提督府へと金の無心へと向かったらしい。そこに現れたのは副提督の代理人と言う男。
普段からこの男を経由してお金を受け取っていたみたいで、特にそこにはテレーズも疑問に思わなかったみたいだ。
しかし、いつもと違いその男がテレーズに渡したのは一枚の書類。
嘘の書類の内容はその男から聞かされたとの話だった。
「考えられるのは二つだな」
一つは、この書類が副提督自ら発行したもの。もう一つは、この書類に関して副提督が関与していない可能性だ。
後者ならばいいが、前者だった場合書類を渡した時点で何をされるか。
そもそもテディの父親がここハーネスの副提督だと言うのにも驚きだったが、テレーズがいつも金を無心していたということにも驚きだ。
正直、可能性としては前者の方だろう。
俺はテディの事を考えるなら、諦めた方がいいとテレーズに伝えるしか出来なかった。




