三 当然、やり直しを希望します
暗く、薄暗い空間に漂う夢を見た。
「──」
ただ、何かの音が──いや、これは声か?
「──いちさん」
声が聞こえた。その声はとてもか細く鈴の鳴るような少女の声。
「誠一さん」
俺を呼んでいる。俺は「誰だ?」と言うが、回答の返事は無い。
「誠一さん! すいませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突然、大声で謝られた。それも、俺のすぐ耳元で。
視線を聞こえた方向に移すが、そこには誰も居ないのだけれども、不思議と誰かいる気配は感じた。
「私の勘違いで大往生だけしたいのかなって。間違えて転生させてしまったのです。
それで、それで、今から改めて転生させるのですが、何かご希望はありませんか? 超絶強い力とか、めちゃんこモテまくるハーレム仕様とか」
捲し立てるように話かけてこられて、俺は思わず耳を塞ぎたくなった。
あまりお喋りの女の子は、昔から得意ではないのだ。
「いらないよ、別に」
「そうですか、いらない──えっ、いらないのですか?」
本当に必要ないのだ。ラノベにハマった俺から言わせて貰うと、こういうモノを貰うと厄介ごとに巻き込まれてしまうのだ。
手に負える波瀾万丈はいいが、手に負えない波風など立って欲しくない。
「普通でいい。あ、俺を裏切らない可愛い嫁と娘は欲しいかな」
前回ワイトの人生は嫁も居らず寂しい結末だったし、何より俺自身が絶望したきっかけだ。
そこは、出来れば保証して欲しいところだ。
「嫁と娘……ですか……。分かりました、お眼鏡に叶うか分かりませんが、こちらで用意しましょう。他にご希望は?」
「無いかな、特には」
「そうですか……」
そう返事した少女の声は何処か寂しそうな声で……。
漂っていた俺を、真っ白な光が包み込んでいき、意識が遠くに離れていく。
「願わくば──大往生するような人生を」
最後に聞こえた少女の声は、切に願っているようにも聞こえた。
─・─・─・─・─・─・─・─・─
「おはよう、アルフレッド」
次に目を覚ました俺の目の前には、とても綺麗な女性が見えた。その女性の髪色と同じピンクという変わった優しい瞳で俺を見る。
ウェーブのかかった長い髪をかき上げて、俺の寝ているベッドの隣に寝転んでいた。
「あー、うー」
初めは嫁か恋人か、なんてことも考えたが自分の目に映る自分の紅葉のような小さな手とハッキリ出せない声に、俺は赤ん坊で隣の女性は母親なのだと自覚した。
母親が優しく俺を抱きかかえて、髪をいとおしそうな目で撫でてくる。
それはとても心地よく、うっつらうっつらと眠気が襲ってきてしまう。
ずっと俺を揺らしてあやしながら見つめてくる女性は、一度あやすのをやめておもむろにネグリジェのような自身の服の肩をずらして胸を露にすると、俺を胸に近づける。
「いっぱい飲んで大きくなりなさい、アルフレッド」
ああ授乳かと考えたが、俺は女性の胸に自然に躊躇うこと無く食らいついていた。
何故だろうか意識のあるせいか、少し恥ずかしい。
照れながらもおっぱいを飲んでいると、背後からガチャと扉が開く音が聞こえる。
「あなた」
女性はそう言うと、俺をおもむろにに誰かに手渡す。俺が見上げたその先には、白髪の男性が。
パッと見て白髪と思ったが、歳はかなり若そうで髪も白髪というより銀色に近い。
「おはよう、アルフレッド」
そう言うと俺を抱き締めて、背中を叩いてくる。
「ゲフッ」
オッサンのようなゲップをした俺を、今度は腕に抱き揺らしながら一生懸命あやしてくる男性。
この人が俺の父親かと、鼻筋の通った整った顔の男性を見てホッとする。
この両親の息子ならば、そこそこ外見は大丈夫なはずだと。
本当にそこそこだった。赤ん坊の頃は自分ではわからなかったが、五歳にもなると、ある程度見分けることが可能で、鏡に写った自分の姿にため息をついた。
この世界の判断は不明だが、自分で見た限り“そこそこ”。可もなく不可もなく。
この頃には妹のサーシャも産まれていたが、相変わらず両親は親バカで俺を格好いいだとか、可愛いだとか誉めてくる。
両親はそう言ってくれる俺だが、俺は妹のサーシャは美人になるとは思う。
俺も相当妹バカみたいだ。
俺は、優しい両親と可愛い妹と共に新たな家族としてルーデンス子爵家の嫡男、アルフレッド・ルーデンスという新たな人生を歩む事になったのだ。