二十五 新天地、ヴォルザーク大陸です
神聖皇国ファザーランドは既に視界から消えて大海原の水平線が見渡す限り続いていた。
俺は操舵を指揮するドギの隣に立ち、帆船をどのように動かすのか眺めていた。
マヤはというと、最初こそは大丈夫だったが波が立ち始め、今は船室で横になっている。
「何故、帆を畳んでいるのですか?」
三本ある柱の一番上の帆は先ほどから畳まれているのを、俺は不思議に思った。
今風は船尾の方から吹いている。
帆を張り増せば、速度は上がるのではと。
「がっはっは。製図を書いた本人だと知ったときは驚いたが、船に関しては知識不足のようだな」
王立図書館にも船に関してのモノは確かに少なかった。ファザーランドが警戒している大陸とは、緊張状態が切れると、まず海戦となる。
船に関しては、機密事項なのかもしれない。
「いいか、アル。確かに帆を全部張れば速度は上がるが、柱と帆に負担がかかる。下手をすれば帆が破れることもある。破れた帆を走らせている船で取り替えるのは、容易じゃないし、危険を伴う」
なるほどと感心する。あの巨大な帆を風が吹く中、取り替えると危険なのは目に見えている。
俺が感心したので、気を良くしたのかドギは他にも色々と教えてくれた。
中でも俺が意外と思ったのは操船だ。帆船の操作は大変で車みたいにハンドルを切れば右へ左へと曲がるものではなかった。
舵は曲がる方向を決めるだけで、操作は風を読んで、帆の風の受け方で曲がっていく。
旋回をさせる方法と切り返しで曲がる方法があり、切り返しの方が大変らしい。
やって見せてやるよと、ドギが切り返しを指示すると船員達はあわただしく動き始める。
切り返しは大変だというのは、無意味に切り返しを指示したドギが、船員に怒られている姿でよくわかった。
切り返しの被害は他にも。船室で寝ていたマヤが、甲板に上がり海に向けて顔を出す。
「大丈夫か?」
「急に揺れたから……うっ!」
マヤの背中を擦りながら、海に落ちない様に体を支える。
顔色は真っ青にしたまま、マヤは再び船室に籠りに戻り俺も看病しについていった。
レプセルを出発して三日目の夜、船室にいた俺とマヤの元に丸坊主の船員がやって来た。
「今から嵐が来ます。甲板には上がらないでください」
それだけを言うと丸坊主の船員も仕事に戻っていく。それから三十分くらいしてからだろうか、揺れが大きくなる。
少し様子を見ようと、甲板への扉を開けると暴風と大雨であっという間に俺の体はびしょ濡れに。
これは流石に危険だと、扉を閉めてマヤの側に戻る。
本格的に嵐に突っ込んだのか、想像以上に船体が傾く。それに伴い俺とマヤは船室をゴロゴロと転がる。
「うわぁっ! またか!」
「きゃあっ!!」
俺は、これ以上転がる訳にはいかないと船室の柱に腕を絡ませてもう片手でマヤを抱き寄せた。
三時間ほど経った頃、ようやく揺れが収まり始める。
気づけば俺は疲れ果ててベッドに横になり、マヤも俺に折り重なるように倒れていた。
「マヤ……動けそうか?」
「ムリ……今、動くと不味いかも……うぷっ」
流石に今の態勢で吐かれるのは勘弁してほしいが、俺自身も疲れて体を動くのが億劫だ。
もう、なるようになれと受け入れる事に決めた。
─・─・─・─・─・─・─・─・─
「おい、大陸が見えてきたぞ」
嵐から二日後、気分が優れない俺とマヤはほとんど甲板には出なかった為、ドギがわざわざ知らせに来てくれた。
二人して甲板に上がり、船首へと向かう。
目を細めて水平線を眺めるが、俺とマヤにはよく分からなかった。
船乗りは、目がいいのかもしれないな。
潮風が心地よい。マヤは船首は無理と早々に船室へと戻ったが、俺は潮風を受ける度に、色々な感情が吹き飛んでいく感じがする為に一人船首に立っていた。
周りを見回すと、当たり前だが海以外何もない。
ああ、この世界もこんなに広いのかと、自分がとてもちっぽけに思えてくる。
「ほら、アル。あれがヴォルザーク大陸だ」
隣に来ていたドギが指差す方向に、また目を細めて凝視すると水平線にうっすらと陸地が見えてきた。
不思議な感じだ。ファザーランドを離れた時はあんなに不安だったのに、今は大陸が近づく度に子供のようにワクワクしてくる。
あれほど辛い目にあったというのに、人はそれでもこうして楽しめるものなのかと、新たな発見をした気がした。
──ああ、あの時マヤが俺を止めてなく学園に向かってしまったら、こんな発見は出来なかっただろう。
早見誠一の時も自殺をしなければ、もしかしてこんな景色が見えたのだろうかと、たらればを考えて後悔してしまう俺がいた。




