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二十四 そして大陸へ……

「ようやく、着いたな……」

「……そ、そうね」


 気まずい。大陸に向かうべく最南端の港町レプセルに到着した俺とマヤは、昨日からお互いの会話がぎこちなくなっていた。


 王都からレプセルまですんなり行けば三日の距離だが、手配書のこともあり途中の街は迂回したため、五日かかる羽目になった。


 ずっと野宿でここまで来たために、昨日小さな湖を見つけた時、体の垢を落とそうと俺はマヤに水浴びの提案をした。

最初、マヤは乗り気ではなかったのだが、俺はその理由が分からずに、流石に数日体を洗わないと気持ち悪いし、マヤも女性なのだから綺麗にしたいだろうと少し強引に説得すると「アルがそこまで言うなら……」と納得してくれた。


 マヤが渋る理由はすぐに判明した。

追っ手のことも考え見張りを俺が引き受けてマヤに最初に水浴びを勧める。


 後ろを見ないように周囲を警戒していた俺にマヤが俺の名前を呼ぶ。


「アル……お願いがあるんだけど。背中拭くの手伝ってくれないかな?」

「背中? ……あっ!」


 迂闊だった。今マヤの右腕は無い。体を拭くのは左手一本でいけるだろうが、背中まではそうはいかない。


「で、でも……」

「アタイは平気だから……」


 後ろを振り返りマヤの元に行くと湖畔の近くでしゃがみ込み、白い背中を向けるマヤの姿が。

下着は履いてはいたが、濡れてお尻の形がくっきりと浮き出されて却って目のやり場に困ってしまう。

俺はマヤから布を受けとると、なるべく見ないように視線を横にずらして背中を拭いていく。

肩から肩甲骨、背中から腰の辺りまで上から順番に拭いて行く。


「アル……その、ここも……」


 マヤは右に体を向けて左腕を前に伸ばす。確かに左手で左腕は拭けない。再び俺は見ないように、見ないように視線を反らして左腕を拭いていくものの、ついチラチラと視線を動かしてしまう。

悲しいかな、男の(さが)である。

胸を右腕で隠そうとしているが、少し腕の長さが足りない為に谷間が出来て、ついそこに目が行ってしまう。


 左脇を拭いた時は緊張した。

人に拭かれるのはくすぐったいのかマヤは体をくねらせる。その度に危うく触りそうになってしまう。

心の中の悪魔が「偶然を装えよ」と囁いてくる。


 悪魔を振り払い、拭き終えた俺に更なる試練が。

マヤは草場で濡れた下着を履き替えようとしたのだが、再び俺を呼ぶではないか。

脱ぐことは出来たらしいが、履くのが難しいと。


 結局俺の目にハッキリと無防備なマヤの白いお尻が焼き付くこととなった。


 それからと言うものの、マヤを見る度にお尻がチラチラとフラッシュバックを起こしてしまい、会話もたどたどしい。

マヤもそれに気づいているのか、同じだった。


 レプセルの町に入ると俺達はフードを目深に被り、目的の場所を探す。


「ドギという人を探しているのですが?」


 果物屋で客を装い果物を買いながら店主に尋ねる。ドギという人は伯爵が手配してくれた船長さんの名前だ。


「偏屈のドギかい? それならそこの路地に入って真っ直ぐに行くとボロッちい看板があるよドギ工房って」

「ありがとうございます」


 買った果物を受け取って俺は馬に乗ったマヤを連れて、言われた路地に入っていく。

まだ昼間だというのに、薄暗く感じる路地に一抹の不安を覚えつつ真っ直ぐに進むと確かに“ドギ工房”とボロボロの看板が。

こんな人の船に乗って大丈夫なのだろうか。


 何度かノックすると、出てきたのはかなりの大柄な男性。

太い眉毛に、ギョロっと大きな目、モミアゲまで繋がった顎髭に筋肉質な肢体。


「あの……おれ──」


 挨拶しようとすると、ぐいっと腕を掴まれ俺とマヤは家の中へと引っ張りこまれる。

俺は唖然とし、マヤは警戒しだす。


「そう睨むな、嬢ちゃん。俺がドギだ、兄貴から話は聞いてるよ。がっはっは」

「兄貴?」

「ああ。兄貴ってのは伯爵だよ。俺と伯爵は異母兄弟なんだ、と言っても年は大分違うがな」


 確かに笑い方と表情は似ている気がする。


「俺の船も伯爵のお陰で最新さ。大船に乗った気でいてくれ。あ、乗るのも大船か! がっはっは!」

「最新?」


 俺の前々世だと、最新というのは分かるがこの世界の最新とは一体……。

不安な表情が顔に出たのか、ドギは一枚の製図を見せてくれる。


「これを参考に一本も釘を使ってねぇ。まぁ、お前に分かるかは甚だ疑問だがな。がっはっは」

「これって……」


 参考にした製図を見て驚いた。

釣り針状に木組みを合わせる製法。しかもこの図面には見覚えがあった。

俺が作った水車の図面。


「これ、俺が書いたやつじゃ……でも、どうしてここに……」

「へっ? お前が書いた? これは伯爵から貰ったやつだぞ」


 父が調子に乗って親バカ全開で渡したのかもしれないし、伯爵がうちの作業員から持ち出させたのかは分からない。

しかし、これは間違いなく俺が幼き頃に書いた図面だ。

ドギが疑わしい目で見てくるので、この製図がなんの製図なのか説明してやると、感嘆していた。


 そうか、そうかと背中を叩いて笑うドギに気に入られ、俺達は船着き場へと連れていかれる。


 船着き場には、三本の(マスト)の帆船が。

周囲の大型船と比べて少し小さいが、近くに寄って見てみるととても丁寧な作りだ。

水を弾く為に恐らくニスのようなもので防水加工もされている。


「旦那ー! 出航の準備完了してるぜー!」


 甲板の上から一人の船員が顔を出してこちらに向かって叫ぶ。


「よし、じゃあ乗れ。船を出すぞ」

「え? おれ──僕達だけですか? 他に人は……」

「最初は他にも乗せるつもりだったが、事情は聞いているし、何より俺がお前を気にいったんだよ。安心して乗ってくれ。がっはっは」


 再び俺の背中を何度も叩き大声で笑うドギを先頭に、甲板と船着き場を渡す木板を渡った。


「アタイ、船なんて初めて……」

「僕もだよ、マヤ。意外と揺れないものだな」

「がっはっは。揺れるのは後、後。今から揺れてどうするよ!」


 野郎ども、出航だー! との掛け声から船員達はあわただしく動き出す。

ガラガラガラと音を立て、錨が仕舞われていく。それと同じくしてゆっくりと船が進んでいった。


 各(マスト)で一番大きな四角い帆と、三角形の帆を張ると速度が上がっていき、あっという間に船着き場が小さくなっていった。

船尾に行き、今までの苦しみとこれからの不安が俺の胸を締め付ける。

気づくと俺は隣のマヤの手を握り指を絡ませていた。


 マヤと目が合うと、にっこりと微笑んで力強く握り返してくれるのだった。

これにて第二章少年期は終了になります。

次回から第三章大陸編です。アルフレッドが、如何に別大陸で生活していくのか、何をなすのかお楽しみに。


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