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二十三 新たな旅立ちです

 手術を終え魔法も成功したが、油断はまだまだ出来ない。破傷風も考えられるし何より出血が多い。

部屋中に散らばった血痕に桶の中の水も真っ赤に染まっている。


 俺や伯爵達も全身血まみれだ。生臭い匂いが部屋中を漂う。

伯爵に仕えていた元使用人の女性が手際良く片付けるのを俺も手伝う。

自分の家を汚しまくったのに怒ることなく。

ありがたいことだ。


 今は疲れ果てて眠っているマヤも、これからが大変だろう。

まず、痛みで眠れなくなるだろうし、何より健常者が欠損をすると現実を受け入れられずに、パニックを起こしたり無いはずの手の指が痛む可能性があると、前々世に何かで読んだ気がする。


 幻肢痛だったか。


 回復魔法は上手くいったが精神的なものは治癒出来ないし。

今回マヤにとって辛いことだらけだったが、回復魔法で思わぬ結果も生み出せた。


 その日の晩、やはりマヤは痛みを訴え暴れ出す。マヤを押さえつつ一晩中付き添い看病していた。



─・─・─・─・─・─・─・─



 あっという間に一週間が過ぎる。この一週間の内にバインツ伯爵がルーデンス子爵家がどうなったか探りを入れてくれた。


 伯爵から受けた報告は、予想はしてはいたが聞くに堪えないものだった。

両親は使用人や子爵領の住民を逃がすと、現れたミシル男爵の手勢に捕まる。

俺の居場所を聞き出そうとしたみたいだが、拷問などは無く処刑されたという。

勝手な推測だが、もしかしたらミシル男爵が慮ったのかもしれないが。

本当に勝手な推測だ……なんの慰めにもならない。


 処刑を実行したのはギル。

後にマヤから聞いたのだが、川に流されたのも追ってきたギルに突き落とされたのが原因だった。


 ようやく血色も少し戻ってきたマヤも、幻肢痛を訴えることもなくなりベッドから体を起こす迄に回復していた。

俺は手鏡を借りてマヤに渡す。


「自分の顔を見てごらん」


 回復魔法の偶然の産物。幼い頃からあったマヤの頬の火傷の痕。それが綺麗さっぱり無くなっていたのだ。


「嘘!! 無い……」


 マヤは何度も傷痕のあった箇所を残った左腕で確認しており、表情が明るくなる。


「偶然だけどな。マヤには感謝しているし恩返しと言うわけではないけど」

「ううん。アル、ありがとう。アタイにとってこの火傷の痕は、昔を思い出すものだったから……嬉しい」


 マヤは何度も何度も確かめるように自分の頬を撫でる。隻眼は治らなかったが、マヤも女性だ。

大きな火傷の痕はコンプレックスだったのだろう。


 伯爵から出された一つの提案を俺はマヤに伝えた。


「大陸に?」


 俺とマヤには手配書が出回っていた。手配書をばらまいているのは教会の連中。

伯爵はこの国にいても危険だから、船で大陸へと渡るように勧めてきた。


「ああ。この国に、おれ──僕もマヤも居場所はない。だから……だから、一緒に大陸に渡らないか? いや、一緒に行こう」

「でも、アタイはこの腕だし……日常生活にもアルに迷惑をかけちゃう……」

「わかっているさ。僕がマヤの右腕になるよ」


 マヤは、しばし考えると「よろしくお願いします」と俺の手を取ってくれた。


 伯爵にも決めたことを伝えると船の手配やマヤの体調を考慮して出発は一週間後となる。


 正直、大陸に渡るのは不安だ。

二人で生活をしていかなければならない。

僅かなお金は手元にあるにはあるが。


 マヤが「アタイが冒険者になって、働きます」と言うが、やめてほしい。

それじゃあ、ただのヒモではないか。

「いや、僕も働くから」と即座に拒否する。

左腕しかない彼女にだけ、働かせるほど俺は鬼畜ではないから。


 出発当日の朝、伯爵の手配で使用人の女性がかなり豪華な料理を振る舞ってくれた。

俺とマヤは二人に感謝して深々とお辞儀をする。

四人で食卓を囲み、話を弾ませたいが出るのは感謝の言葉ばかりで……。


「伯爵。この恩は必ず戻ってきた時に返します」

「ガッハッハ。アルフレッドよ、無茶を言うな。儂はどれだけ長生きすればよいのだ。ガッハッハ」


 伯爵ももう年だ。再びこの地に俺が戻ってこれるかもわからない。恩返しがいつになるかもわからない。

十年後……二十年後……。

その頃には伯爵も生きてはおられないだろうが、それでも俺は、いつかどういう形でも、この恩に報いたかった。


 その夜、暗闇に紛れて俺とマヤは馬を引き伯爵の手配で王都バラスティアを出る。

ルーデンス子爵領からの北側ではなく南側の門からだ。

これから向かうのは神聖皇国ファザーランドの最南端の港町レプセル。

そこで伯爵の知り合いの船で大陸に渡る手筈になっている。


 マヤを背に乗せ馬を走らせる。


「アル?」


 馬を一度止め振り返ると小さくなった王都が見える。月明かりのない真っ暗なキャンパスに大事な人達の顔を思い描く。


(伯爵……お元気で。父様……母様……サーシャ……行ってきます!)


 溢れて溺れそうな悲しみを振り払い、俺は馬を翻すと、ひたすら南へと向かって走り出したのだった。

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