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二十二 魔法を使ってみます

 バインツ伯爵は、すんなりと俺達を受け入れて保護してくれた。

ベッドに横たわるマヤ。

真っ白なシーツは、既にマヤの血で赤く染めている。


「医者を呼ぶか?」


 バインツ伯爵はそう言ってくれるが、俺達のことをなるべく知られるわけにはいかない。

何より、バインツ伯爵に迷惑がかかる畏れがある。

医学に関しての本も読んできた。

少なくともこの世界に外科的要素はない。


 血で固まってしまった俺の上着を取り除いて、傷を改めて見てみる。

右前腕はぱっくりと割れ、骨まで切断されているようだ。

このままだと、いずれ壊死してくる。

右前腕を確実に切断しないとマヤの助かる道はない。


 ゴクリと生唾を飲み込む。自分が切断されるわけではないが、麻酔無しでと考えるだけでゾッと背中に悪寒が走る。

問題は他にもある。

止血だ。

確かに血止め薬となる薬草は容易に手に入る。

しかし、腕の切断となるとどれだけ効果があるか……傷の縫合なんか俺には出来ないし……。


 何処かにパッと腕の切断面を塞ぐ魔法みたいな薬草はないだろうか──魔法!?


 一か八かだ。このまま手を(こまね)いていてもマヤが死ぬだけ。

ここで、マヤを失ったら俺は、もう……。


「マヤ、そのままでいいから聞いてくれ。このまま右腕を放っておくと、いずれ壊死──つまり腐っていく。そして、それは無事な箇所まで腐らせる。

だから右腕を切断しなければならない。ここまではわかるか?」


 虚ろな目をしたマヤは、黙ったまま一度、瞼を閉じて応える。


「ただ、おれ──僕には医学の知識も技術もない。切断後止血を行うが上手くいくかもわからない。もし……もし、上手くいかずマヤに万一のことがあれば恨んでくれていい。そして……僕も生きておくつもりもない。詫びはあの世で入れるよ」


 しばしマヤは熟考していたが、目線を俺に向けた後、また一度だけ瞼を閉じた。


「よし、バインツ伯爵!! 手伝ってください!」


 許諾したと踏んだ俺は、すぐに動き出す。バインツ伯爵とこの家の持ち主で元使用人の中年の女性にも手伝ってもらうことに。

大量の綺麗な布に、長剣と短剣、水とランプを用意してもらい、手術の準備に入る。


 水に濡らした布を手術中、舌を噛まないようにマヤの口に突っ込みしっかりと噛ませる。

暴れないようにバインツ伯爵と使用人さんがマヤに馬乗りになり、体と右腕を押さえ付けた。


 消毒代わりにランプの火に長剣と短剣を炙っていく。本当ならば、スパッと一瞬で寸分違わず切り落とせばいいのだが、俺にそんな技量はない。

老齢のバインツ伯爵にもお願いできない。


 長剣を握りしめ、マヤの右腕に当てて一気に引くと生暖かい血が飛び散り、俺の顔にかかる。

躊躇っている暇はない、少しでも短時間で終わらせなければマヤが辛いだけ。

初めて感じる肉を斬る感触に俺も気分が悪くなってくる。


「んんっ~~~~~~~~~つ!!」

「頑張れ! マヤ!!」


 猛烈な痛みで暴れだすマヤを伯爵と中年の女性は必死に押さえ付ける。

不幸中の幸い──と言いにくいが、腕を支える二本の硬い骨は斬れており繋がった筋肉と皮を斬ればいい。


 マヤの力は強く、伯爵達も長くはもたない。短剣に持ち変えた俺はマヤの肩に体を置き短剣で筋肉を斬っていく。


「もう少し、もう少しだ!」


 残りは皮のみ。どくどくと流れていく血の量が多い。早く、早くしなけらばと俺は焦る。

血だらけになった手のせいで、短剣を滑り落としそうだ。


 最後だ、と力を込めていくと、ゴトリとベッドを転がりマヤの右手が床に落ちた。


 急がなければならない。このままだと、出血多量でマヤは……。

俺はワイトの作った魔法理論を頭の中で、反復していく。


 まずは、使う属性の言の葉。今回は回復魔法ということで“聖”属性の魔法。


「センテ!」


 センテは聖属性の起動の言の葉になる。俺は右手の人差し指に力が集まっていくのを感じる。

すぐに(くう)に描くは、魔法陣。

人差し指に集まった力を注ぎつつ円を描く。

更に円の中に必要な紋様を描く。

今回は、水属性を表す正方形に聖属性を表す横棒を二本。


「ホーリーエイド!!」


 (くう)に描かれた魔法陣が光の粒子となる。俺の手のひらの上に光の粒子は集まっていき、青白い光の玉と変化した。


 その光の玉をマヤの体に当てると青白い光が体全体を覆っていく。


「アルフレッド? 成功なのか?」


 伯爵に尋ねられるが正直わからない。

成功を祈りつつ、成り行きを見守る。


「おお……」


 マヤは変わらずに暴れていたが、体の傷には変化が見られる。体全体の切り傷はもちろんだが、右腕の断面の方も塞がっていく。


 マヤから光が無くなる頃には、右腕からの出血は起こらなくなっていた。


 力が抜け落ち床に座り込んだ俺が成功だと伝えると、伯爵も使用人さんも満身創痍で天井を見上げて一息ついた。

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