表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/57

十九 絶望は続くのです

 新しい伯爵が俺に対する嫌がらせの為に、ミラを奪おうとしているのか。

俺は奥歯を噛み締めて、拳を壁に叩きつける。

みんなが俺の行動に驚くが、事情は話せない。

話してしまえば、バインツ伯爵と出会った事も話さなければならないから。


 俺は何としても止めなければと、必死に脳をフル回転させて作戦を脳内で練り上げる。

しかし、焦りと動揺からか上手く脳が回らず良案が出てこない。


「アルくん……」


 不安げな表情で俺を見上げてくるミラ。心配するなと頭を撫でてやるが、中々良案が出ずにいた。


「えっ?」


 ミラが俺から離れる。いや、離されたのだ、父によって。


「父様?」

「アル。時間切れだ」


 父ファルコが、顎を玄関へと向ける。玄関にはいつの間にかミシル男爵が立っていたのだ。


「いや! いやぁ!! 離してぇ、お父様ぁぁ!! アルくん、アルくぅぅん!!」

「ミラぁ! ミラぁぁ!」


 声が枯れるまで叫ぶ俺とミラ。しかし、ミラはミシル男爵に引っ張られていく。俺も必死に腕を伸ばすが父に押さえつけられて、ミラとの距離は離れていくばかり。

ミシル男爵は、ミラを馬車に詰め込むと俺の方を見て一礼する。

その表情は明らかに曇っており、申し訳なさそうな顔をしていた。


 皮肉にもそれで俺にもピンときてしまった。ミシル男爵にとっても断腸の思いで娘を伯爵に嫁がせるのだと。

理由はわからない。

わかりたくもなかった。


「ミラぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の頬にはいつの間にか温かい涙が流れていた。右往左往しているマヤに目で付いていけと訴える、ミラを支えてやってくれと。


「ギルぅ!!」

「わかっている。何も言うな」


 俺の心情を読み取り二つ返事で引き受けてくれる。俺はギルにミラを守って欲しいと頼むしかなかった。

ギルは、荷物をまとめた後、ミラ達が初めに乗ってきた馬に跨がるとそのまま男爵領に向かってくれた。

嫁ぐ際に何人か連れていくことになるだろう。その中に気心の知れたマヤやギルが居れば少しは……そんな想いで。


 ギルが居なくなった後、俺は糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちる。


「う、う……うわぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 俺は床を何度も何度も叩きつける。父が謝って来ているのは分かっていた。そして父が俺を止めた理由も。

もう関わるな、これ以上関われば子爵領にまで危害が及ぶからだと。


 頭では分かってはいても俺は、悔しくて、悔しくて、悔しくて。

何度も、何度も、何度も、床を力一杯叩きつける痛みで、心臓が握り潰されるような心の痛みを和らげようとするしかなかった。



─・─・─・─・─・─・─・─



 ミラとの許嫁が解消されて、はや一ヶ月が過ぎようとしていた。今日、ミラは伯爵に嫁ぐと聞いた。

俺は今日まで何も手につかず、食も細くなり、ただボーッと過ごす日々。


 今日も丘に来て横になりながら、流れていく白い雲を眺める。

そこに俺の視界を遮る透き通った肌をした素足の先の白いパンツ。


「いつまで、見てるの?」


 いつの日かのデジャブ。

体を起こした俺は、頭の側で立っている少女──いや、女性と対峙する。

左右で分かれる金髪と銀髪、髪とは対照の金色の瞳と銀色の瞳のオッドアイ。

身長も伸びており、前世のワイトの側にいたメイドの姿に似てきていた。

相変わらず、メイドの名前は思い出せないが。


「今、幸せ?」


 女性の言葉に俺はカチンとくる。幸せなわけがない。俺の描いていた未来予想図が砂となり手のひらの指の間からサラサラと流れていったのだ。

文句の一つでも──そう思ったのだが、その女性の表情は今にも泣きそうで。


「どうして君が──」


 ふわりと香る甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐってくる。その女性はいきなり俺に抱きついてきたのだ。

白く透明な肌に白いワンピースで冷たいイメージだったが、彼女はとても暖かく、気づけば俺の頬には涙が伝い、彼女を抱き締めていた。


 俺は声を殺して彼女の懐で泣き続けた。


「──っ、ごめん! 急に」


 我に返った俺は彼女から、慌てて離れると目を疑う。

つい先ほどまで目の前にいた彼女が、まばたきをした一瞬で煙のように消えてしまっていたのだ。

辺り一面見渡してみるが、それらしき人影もない。

狐につままれたのか、夢なのか。

丘に一人立つ俺の周りには彼女の甘い匂いと、手と体には彼女の温もりがハッキリと残っていた。


 今思うと、俺はこの時だけは久しぶりにミラの事を考えずにいれたのだ。

これを境に俺には少し食欲が戻ってくる。

両親も心配していたのだろう。

夕食を黙々と食べる俺を見る瞳が、潤んでいることに気づいた。


 更に三ヶ月が過ぎようとしていた。俺は改めて魔法の研究をしようと家の裏庭に掘っ建て小屋を建てる。

もちろん表向きは、ただの書庫。

両親にも心配かけないように内緒で。


 その日の朝は昨晩から振り続いている雨のせいで小屋の中の本が湿気らないかチェックしていた。

そんな俺の元に一つの知らせが舞い込む。


 川に流されて水車に引っかかったマヤが見つかったと言うのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ