十八 絶望の始まりです
卒業に式典は無く、俺は荷物をまとめ両親の迎えを待っていた。
今日入学する妹のサーシャも連れてくるはずである。
また、泣くのかなとそれともサーシャも成長したし泣くことはないかもと、妹の成長に俺は少し寂しさを覚えていた。
既に入学の為に他の親御さん達は来ており、あとはうちとミラの所だけではないだろうか。
そんな事を考えていると、二台の馬車がガラガラと車輪の音を立ててやってくる。
「あれ?」
やって来た馬車に、俺、そしてミラも首を傾げる。二台の馬車ともルーデンス子爵家の家紋が刻まれているのだ。
俺はすぐに降りてきた両親にミシル男爵の事を尋ねる。
両親が言うには、ミシル男爵は体調不良で来れないと前日に連絡があり、急遽もう一台馬車を用意していた為に少し遅れたと。
ミラを見るがそんな連絡は受けていないと不思議そうな顔をしていた。
「にーさまー! かーさまー! またねー!!」
サーシャの入学式を終え、俺達は馬車に乗り込み学園を後にする。
サーシャが泣くことなく元気に手を振っている姿を見て、俺は成長したなと嬉しい反面、少し物悲しいものがあったが、サーシャに呼んでもらえずに馬車の中でずっと落ち込んでいた父よりマシだな。
王都から子爵領へ戻ってきた俺達は、馬車から見える俺の実家の邸宅にホッと一息吐く。
道中、俺達は将来の話で盛り上がっており、隣にいたミラも優しく微笑みながら俺の手を握りずっと離さす寄り添っていた。
「お嬢様。あれは旦那様では?」
マヤが馬車の窓を開け体を乗り出して、俺の実家の前を指差す。
体調不良なのでは、と俺達も窓から顔を出して確かめてみた。
確かに邸宅の前に馬車が停まっており、隣にミシル男爵と思われる男性が。
体調が戻ったのだろうか、ミラは父親の元気そうな姿を見て安堵していた。
「お父様」
「帰るぞ、ミラージュ。乗りなさい」
男爵の馬車に横付けしてミラが降りるや否や男爵は、こちらに目もくれずミラの腕を取り引っ張る。
「お嬢様、旦那様!!」
マヤも荷物を持ち馬車に慌てて乗り込むと、挨拶一つなく男爵は行ってしまう。
一体、なんなんだ? 俺と残されたギルは呆気に取られ父ファルコは、ミシル男爵の態度に怪訝そうな顔をしながらも内心は怒っているようだった。
ミシル男爵の不可思議な行動の答えはすぐに判明することになった。
ギルを含めた俺と両親で、ひとまず卒業のお祝いをする。
しかし、誰もが男爵のそっけない態度に気にはなったが触れようとはしない。
俺もその事に触れると、何かが壊れそうで不安になりなるべく考えないようにしていた。
その日の深夜、俺はやはり気になり眠れず一人自室で本を読んで起きていた。
窓の外は雲がかかり星明かりもない。普段は風が木々の葉っぱを揺らす音がするのだが、この日はそれも感じない。
そんな夜更けに馬のいななきが聞こえた気がした。
両親もギルも使用人も眠っている中、玄関の扉を叩く音が聞こえる。
俺は机の上にあったランプを持ち、自室を出ると扉を叩く音がハッキリと聞こえた。
真っ暗な廊下を進みなるべく音を立てないように階段を降りていくと、扉を叩く音だけではなく声も聞こえる。それも、俺が知っている声だ。
俺は急ぎ玄関扉を開くと、そこには透けたネグリジェのような格好のミラと、汗だくになり寝間着姿のマヤがそこに立っていた。
「アルくん!!」
いきなりしがみつくミラに俺は困惑する。どう考えても普通じゃない。何があったのか聞こうとするがミラは俺から離れようとしない。
騒ぎを聞き付けた両親とギルも何事かとやってくる。
俺は羽織っていたカーディガンを薄いピンクの下着が透けるネグリジェの上にかけてやった。
「一体何があったんだ!? マヤ」
今のミラにはとても話せそうにない。俺に抱きつきながら嗚咽を漏らして泣いているのだ。
だとすれば聞く相手は一人しか居らず、マヤを一旦家に入れ事情を聞く。
「実は──」
マヤから聞いた話に俺は脳天から爪先まで電流が走る思いになる。それほどマヤの話は衝撃的だった。
男爵家に戻ったミラにミシル男爵は、俺との許嫁を解消すると話出したという。そして、ミラは新たに伯爵の元へと嫁ぐことが決まったのだと。
ミラにとってはまさに寝耳に水で、断固拒否して反発するが男爵も頑として譲らず決まった事だと、言い放ったらしい。
そして自室に籠って泣いていたミラは、マヤと共に夜中に家を飛び出して現在に至るのだと。
父ファルコは、もちろん怒り出す。確かに子爵の家に嫁がせるより伯爵家に嫁がせる方が男爵にとっては身のある話だ。
しかし、それはあまりにも自分勝手でこちらに断りもなしに決めるとは、誠実さに欠けている。
「私は……私は嫌。あんな人に嫁ぎたくない! お願い……アルくん……助けて、助けて……よぉ」
この手のことは貴族間でも少なくはない話だ。しかし、あんまりではないか! 何故、新しい伯爵はそんな事を。
そう考えた時に、俺はバインツ伯爵が頭をよぎる。
まさか……まさか、俺のせいか……!




