二 俺は転生のやり直しを希望します。
誠一が二度目の死を迎えつつあった、その頃。
荒野を駆けるシルバーメタリックな色をした馬のようなシルエットが。
荒れた地面から守るように輝く光を放ち回転する二つの車輪。
馬の首を思わせる乗り手の肩より持ち上がったハンドル。
鈍く輝くシルバーメタリックのボディの後方から光を噴射させて進む。
魔導二輪。
それを駆る彼女は、呟く。
「じじぃ、アタシが行くまで死ぬなよ」と。
─・─・─・─・─・─・─・─・─
あんまりではないか。大往生を歩むような人生ではなく大往生寸前の人生に転生なんて。
俺はこのままだと大往生なんて出来ないと、力を振り絞って起き上がろうとするが、ピクリともこの体は言うことを聞いてくれない。
ずっと自分を目を瞑りながら見下ろすメイドと二人で死ぬなんて、全然大往生なんかじゃない。
大体このメイドは何故目を開かない。それどころか、このワイトという爺さんの記憶には、爺さんが若かりし時からちょこちょこと現れている。
それも、今の姿で。
嫌だ、こんな不気味なメイドに見守られて死ぬなんて。そう思ったとき外からシュゴーーッ、シュゴーーッと爆音が近づいてくる。
外から聞こえるその音は、近づいてくると物凄い衝撃音と共に消えた。
「いたたたた……おい! じじぃ、生きてるか!?」
扉を開く音と共に聞こえた若い女性の声。足音が聞こえて俺の方に近づいてくるのがわかった。
「じじぃーーっ! しっかりしろーー、死ぬなーー!!」
突然両肩を掴まれ大きく体を揺さぶられる。俺の首が取れるのではないかと思うほど、ガクガクと頭が前後に揺れる。
死ぬ、死ぬ、死ぬ。このまま昇天しそうに自分の意識が体から離れていく気分だ。
「落ち着いてくださいマリアンナ様。ワイト様が死にそうです」
メイドのユリアは止めるように注意はするが、口だけで引き離そうともしない。
「お、おお。済まない、じじぃ」
動けない俺の視界に入る、燃えるような真っ赤な髪をした若い女性。
口は悪いが、その切れ長の目に顔の中心を通った鼻筋、薄い桃色の小さな唇が少し開き、その隙間から漏れる吐息が俺の鼻先に触れる。
美しい顔立ちだが俺の視線は端に映る、たゆんと揺れた大きな胸に釘付けだった。
ワイトの記憶では、この女性はマリアンナ。孤児でワイトが拾い育てた唯一の娘。
そして、ワイトにとって最後の直弟子であった。
唯一の身内でもある。ワイトには自称自分の息子だ娘だ孫だと、名誉と遺産目的で現れるが、その都度ワイトは「ワシ、童貞なんだけど……」と追い返す。
とても信じられないと食い下がる輩もいるが、事実なので同じことを繰り返し言っている内に口癖みたいになっていたようだ。
ただ記憶探っている間、俺はずっと視線が一点を捉えていた。
それはマリアンナの豊かな胸の先。あと、あと十数センチ動けば触れれる。
俺はハッとする。何を考えていたのだ俺は。俺はこんな助平な人間だっただろうか。
俺には妻もいたし、学生や社会に出てからも彼女はいた。
かなり順風満帆な人生を送っていたはずだ。
大体、俺には胸の大きさに拘る趣味は無かった。
だとしたら、これは爺さんの願望なのか。そうか、そうだよな。大往生寸前で俺に意識を乗っ取られたようなもんだ。
無念かも知れないと俺は申し訳なさで一杯になる。
申し訳なさで俺は目を細めるが、それがマリアンナには、死を迎える寸前だと気づいたのだろう。
俺に覆い被さるように前のめりになり「じじぃ! じじぃっ!!」と叫ぶ。
駄目だ、意識が離れて行く感覚に俺は死を自覚する。
こんな転生なんて望んでいない。
俺は転生のやり直しを強く熱望する。
そして、この爺さんの願望を叶えるべく俺は文字通り死力を尽くす。
覆い被さるマリアンナの胸に触れるまで、あと数ミリ。
俺は全ての想いを込めて、手を動かそうと念じる。
動けぇえええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぇぇぇっっっ!!!!
その時、プツンと何かが切れる音が頭の中でしたのだった。
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