十六 教会とちょっとした事件です
聖マーチンス教会。まだ、この国が一つになる前から存在する、名前の通り聖マーチンス教という信仰集団。
神聖皇国ファザーランドが、皇国ファザーランドという名前で小国だったにも関わらず、戦争に勝利し統一した一因が聖マーチンス教の力だとも言われている。
俺は宗教自体に興味はない。別に悪いものだとは言わないが、主観的で違う考え方を排除するような思考、更に言えば頑固で思考が固定されてしまっている所も、幅広く可能性を模索する研究畑の自分に合わないだけ。
だがそんな俺でも、聖マーチンス教には疑問を抱くところはある。
本で調べただけだが、まず、神を信仰しているにも関わらず神の名前が公表されていない。
他にも開祖の名前や現在のリーダー的な人物の名前も非公開。
何より聖騎士と呼ばれる兵士を教会が持っていることだ。
魔法の研究を過去に行おうとした人が、魔法は神から与えられた産物、それに手を出すことは何事かと、聖騎士に殺されるなど昔は日常茶飯事だったみたいだ。
俺はそれでも魔法を研究したい。前世のワイトがほぼ完成させた魔法理論を完成させてやりたいのだ。
ルーツ先生からは、口外するなと再三注意された俺は、今頃自習をしているクラスメイトの元へ戻ったのだった。
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入学して三ヶ月が過ぎようとしていた。俺は相変わらず早朝に図書館に行くのだが、受付の女性が授業前になると知らせてくる為にサボることは無くなる。
しかし、授業内容が俺には退屈なのは変わらない。
真剣に取り組んだのは、体育みたいな鍛練の授業。何せここの生徒は、卒業後自力で生活を強いられる。
そのため、勉強よりも体を鍛えることに学校も力を入れるし、生徒も真剣に取り組んでいた。
剣や槍といった授業では、大概の生徒が俺を標的に見据える。
やはり、俺に勝って優越感に浸りたいのだろう。特にマイシロ・ユージン。
侯爵家の三男であるマイシロにとって、自分が跡継ぎになることは、まぁ、無い。
生まれにしか誇りが持てないのだろう。だからか俺は彼にやたらと目の敵にされた。
そんな時俺を守ってくれたのはギルとマヤの二人。ギルは、将来冒険者になると言うだけあり、その実力は貴族という身分にしがみついているマイシロに比べて格段に強い。
問題はマヤである。
ギルが剣でも槍でも勝ち方はスマートで、相手の武器を叩き落としたりして降参させるのに対してマヤは、容赦がない。
別に剣術などを学ぶ場所ではなく基本的に実戦形式なのだが、マヤは相手を投げ飛ばすと、マウントを取って相手をタコ殴りにするのだ。
マイシロなんかには特に容赦がなく、鼻血は出るは前歯は折るはと俺が見ても酷い有り様だった。
そのせいか、それからは俺の後ろでマヤが睨みを効かして牽制する。
それからというものの、マイシロから対戦を申し込まれたことは一度もなかった。
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「またまた、どうせ噂だろ?」
そんなマヤにある日、奇妙な噂が。それはマヤがミラにイジメられているという話だった。
話を持ち込んできたのは、ギルだ。
「ギルが見たのか?」
俺の質問にギルは首を横に振る。話を聞く限りでは、噂も噂。又聞きの更に又聞き。
俺は、そんな噂に流されるなと注意する。
そもそもミラがマヤに対して、そんな事をする理由は無い。
噂の真偽など確かめることはなく、気づけば噂は俺の耳に入った頃からパタリと消えており、俺もすっかり忘れていた。
時は過ぎ入学から二年、初等を終えた俺は高等へと上がる前の長期休暇に実家へと帰省する。
「にーさま、お帰りなさーい」
妹のサーシャが俺に向かって飛び込んできた。七歳となったサーシャも、短かかったピンクの髪も背中の半ばくらいにまで伸びて成長を伺わせる。
久しぶりに会う両親に妹と水入らずで過ごす休日に、不思議な話が舞い込む。
それは、バインツ伯爵が隠居して跡目を譲ったという話。
おかしな点は多々あった。
まずバインツ伯爵の跡目を継いだのが、元嫡男だということだ。一年ほど前からバインツ伯爵の体調も思わしくなく、廃嫡した長男ではなく他から養子を取ると聞いていた。
これは間違いない話で、実は俺の元にも話は来ていたのだ。俺に爵位や権力に興味はないことがわかっている両親は丁重に断ってくれていた。
廃嫡したバインツ伯爵の長男は、以前伯爵領に多大なダメージを与えた男。
歳は四十過ぎていたはずで、俺も以前に見たが肥太りの男性だ。
正直、あの男に伯爵領を治める器量は無く何故バインツ伯爵が跡目にしたのか分からなかった。
挨拶に一応向かった両親からも帰ってきてから、様子を尋ねてみた。
両親も首を捻るほど奇妙に感じており、新しい伯爵にはとても不安になったようだ。
それにもう一つ。バインツ伯爵は体調不良で跡目を譲ったとの話だが、バインツ伯爵には会えなかったらしい。
それどころか、体調不良にも関わらず遠くで養生しており場所も教えてくれないとか。
一抹の不安とバインツ伯爵の安否を俺は心配する。
まさか、この事件がこのあとの悲劇へと続くきっかけになるとは、思いもよらずに。




