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十 新入生代表です

 神聖皇国ファザーランド、その中心部にある王都バラスティア。ぐるりと王都を囲む外壁と外堀は、当時の戦争の名残でもある。

外堀を渡す橋を越えて外壁の大きな門をくぐる俺達を乗せた馬車。

そのまま中央通りを走り抜ける。


 立ち並ぶ店を馬車の中から眺めながら、俺達はアドミラージュ学園へと向かう。

まだ朝早いというのに、通りは人で溢れ返り、店からは威勢の良い掛け声が聞こえる。


「はぁぁい! っらっしゃい! 土とかげの丸焼き三本ね、お待たせぇ!」

「大陸から入荷したラズベリーのエールだよ、一杯なんと小銅貨二枚!!」

「どんな病もこれがあればすぐ治る! 指欠け、腕欠け、あっという間に生えてくる! 万病、奇病、何でも効く薬草で作ったポーション型の回復薬! なんとたったの大金貨三枚!!」


 詐欺師がいた。そんな薬草聞いたこともない。大体なんだ、大金貨三枚って。俺が感じたこの世界の金の価値は、金貨一枚で大体一千万。大金貨は金貨十枚だから一億になる。

大金貨三枚だと三億。アホと言いたい。一体誰が買うのというのだ。


「あ、あの……アルくん……」


 俺は詐欺師がどんな奴か見てみたくて、隣に座るミラにのし掛かるような態勢になっていたのに気づいていなかった。

呼ばれて気づく、俺の頬に息が届く距離にいたミラの顔。

視線をミラに移すと恥ずかしそうな表情で真っ赤に染まっている。

薄紅色の唇の間から吐息が漏れて頬に触れた。


 これは、もしかしたら俺が少し顔をミラに向けるだけでキス出来るのじゃないだろうか。


 俺は心臓の鼓動が速くなっているのに気づく。どうする、いくべきだろうか。

不思議な感覚だ。相手はまだ十歳。俺の中身の早見誠一は、四十越えたオッサンだ。

それなのに、どうしてこうも心臓が高鳴るのだ。

もしかしたら、ロリ……いや、それはないはずだと信じたい。


 その時、ガタンと馬車が揺れて俺とミラの顔が離れてしまう。ホッと一息ついたのは、恥ずかしさからの解放から安堵したのか、それともキスが出来なかった残念なため息か。


 俺は小声で「ごめん」と謝ると、俯くミラの顔は、アドミラに到着するまでずっと真っ赤なままだった。


 馬車は中央通りを脇道に入ると、街の中央にそびえ立つ白亜の城が遠のいていく。

人々の賑わいは徐々に収まり静閑な住宅街へと入っていった。


 そんな住宅街の中に一際異質な青い外壁の大きな建物が目に入ってくる。


 王立図書館だ。


 王立図書館の裏手にアドミラージュ学園はある。

馬車は王立図書館を迂回するように進路を取ると、見えたのは二つの建物。

一つは、校舎。白い石造りだが汚れは、あまり目立たず新築のように見える。

もう一つは、寮。木造建築で凹の形をしていた。恐らくどちらかが男子寮でもう片方が女子寮なのだろう。


 校庭内に馬車を停めると、先にサーシャを抱えて俺が降り、ミラとマヤをエスコートして降ろす。


「やっぱり親が来ているところは少ないみたいだな」


 アドミラージュ学園の性質上仕方ないことなのだが、ほぼほぼ次男、三男の入学式に来る貴族の親はいない。

長女や次女でも、よっぽどミシル男爵のように猫可愛がりする親でないと来ないだろう。


 ウチを除けば、あとは商人や一般の両親くらいだ。


 新入生とおぼしき子供達は、既に整列しており俺やミラ達は、急いで並びにいく。


「新入生は四列に並べー!!」


 俺の両隣にサーシャ、ミラがミラの隣にマヤの順で並ぶと、俺は違和感に気づく。

いつの間にか母の手から逃れたサーシャが俺の横にいた。


 母ナナリーも気付き、急ぎサーシャを捕まえて新入生達の後方へと戻る。


「や゛ぁー! ザージャもに゛ーだまといだい゛ー!!」


 大声で泣き叫ぶサーシャを宥めている間に、淡々と入学式は始まる。

先生方の挨拶に、在校生の挨拶。

どこの世界もこの手の式典は、退屈。

俺が、欠伸を手で隠しながら立っていた。


「新入生代表。アルフレッド・ルーデンス! 前へ!!」


 新入生代表とか大変だな、アルフレッドってのも。そんな事を考えながら、また欠伸が出そうになる。


「アルくん、アルくん。呼んでるよ」


 小声で囁きながらミラが俺の腕を引っ張ってくる。


「新入生代表、アルフレッド・ルーデンス! 早く来なさい!」


 はぁ……はぁああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!


 俺は朝礼台のような台に立つ男の先生と目が合い、自分を指差すとコクりと一つ頷く。


 そんな話は聞いていない。大体この手の代表って入学時の成績とかで決めるのではないのか。

そんな受験など無かったし、他に考えられるとしたら……


 俺は生徒らの前に向かう中、指名について一つ思い浮かぶ。それは、俺が子爵の嫡男だから。

公爵や侯爵、伯爵の次男、三男はいるだろうが、そいつらは、嫡男に何かしらない限り跡を継がない。

そこで、跡継ぎが確定している俺に白羽の矢が立ったのだろう。


 先生達も、迷惑な事をしてくれる。絶対反感かうだろう、これ。


 案の定、朝礼台のような台に立つと不満そうな顔の男子生徒がチラホラと。

まぁ、不満ならいっそ、ね。


「えーっと、ルーデンス子爵家嫡男のアルフレッドです。チラホラと不満そうな顔をしている人居ますが、代わってもいいです。ほら、そこの人、代表やりませんか?」


 あえて不満そうな顔をしていない男子生徒を選択して指名する。当然たが、いきなり振られた男子生徒は、慌てて首を横に振って断ってきた。


「それじゃ、他にやりたい人は?」


 俺は新入生を一人一人、見回すが誰もが視線を逸らす。


「居ないみたいなので、おれ──僕でいいね? それでは、改めて。まずはこのような式典と共に大役を任せて頂き感謝致します。学園での日々を無駄にすることなく、学んでいきたいと思いますので、先生方には厳しくご鞭撻のほどをよろしくお願いします。新入生代表、アルフレッド・ルーデンス」


 つらつらと挨拶を述べた俺は一礼して台を降りると、来賓や生徒達からも拍手が起こる。中には不貞腐れながら拍手しているやつもやっぱりいるけど。


 これで文句言ってくる奴がいれば、前に出て演説する度胸のない事を証明するようなものだ。

それでも言ってくる奴がいるのなら、残念な人なのだろうな。


 俺は胸を張って列へと戻ると、キラキラと瞳を輝かせてミラがこちらを見てくるのだった。

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