一 大往生をするような人生を希望します!
※注 この小説に出てくる“素粒子を取り出す”表現がありますが、正確には確認であり、分かりやすさを優先して“取り出す”と表現しております
俺は今自暴自棄になって踏切の前で立っていた。
自分でもわかるくらいに酷い顔をしているのだろう。
俺の隣に立つ母娘は、横目で俺の顔を覗き込んでいた。
俺は早見誠一。今年四十一になる。そして、四十二歳の誕生日を迎えることはないだろう。
大学教授だった俺は、親友に手伝ってもらい、とある発見をする。
“奇跡の素粒子”
周囲は偶然の発見だと言ったが、そんなことは無い。
しっかりと、取り出す過程も出来ている。
“奇跡の素粒子”は、物を浮かせたり、火を出したり、水を出したりと、まるで魔法のような現象を起こすことが可能だった。
俺は、全ての現象はこの“奇跡の素粒子”が関わっていると説いた。
他の者は、それは暴論だという。
しかし、現に真空の状態にこの“奇跡の素粒子”を入れたら発火するのだ。
親友だけは信じてくれた。何せ一緒に手伝ってくれたのだ。
共同声明で発表するつもりだった……。
親友に裏切られるとは、疑いもせず。
親友は、研究成果だけではなく俺の妻と娘も奪った。
俺には何も残されていなかった。
順風満帆な人生だと思ったのに、どこで間違えた……。
踏切の音が鳴り出す。隣にいた母娘は、先ほど踏切を渡った。小さな女の子にトラウマを植え付けなくて俺はホッとする。
親友よ。発表の場で恥をかくがいい。“奇跡の素粒子”の証明は出来てもお前には取り出せないぞ。
何せ、取り出し方の過程は、俺の頭の中だからな。
妻よ。離婚届にサインせずに悪いな。踏切事故の責任は、家族が負担するらしいからな。せいぜい苦しんでおくれよ。
娘よ。愛する愛奈。お前がもう少し大きければ、お前はパパについてきてくれただろうか。お前のことだけが、唯一の心残りだ。
踏切の音が近づいてくる電車の音と混ざる。
願わくは、次の人生は大往生を迎えれるような人生を……。
俺は踏切のバーを乗り越えた……。
─・─・─・─・─・─・─・─・─
次に俺が目を開けると、見覚えの無い天井が視界に入ってきたの。
頭の中がごちゃごちゃと散らかっている感じがだ。
電車に飛び込んだ所までは覚えている。
体に痛みは無いが、動くことはままならない。
上手く喋る事も出来ずに、ただ天井を眺めるだけ。
「大丈夫ですか? ワイト様」
聞きなれない名前で俺を呼んでいる気がする。頭は動けないので視界だけを声のした方向へと向けると、俺の横にいたのは二十歳くらいのメイドだった。
変わった髪色をしている。左側は輝くような金色だが右側は鈍く光る銀色のツートンカラー。何故かこのメイドを俺は知っている気がした。
名前は……多分、ユリアだ。頭の中のとっちらかった記憶のパズルがパチリパチリと当てはまっていく。
俺の名前はワイト。ワイト・ミラー・クロスフォード。齢三百二十歳。
は? 三百ってなんだ。俺は記憶の片隅を探るが、出てくるのは三百二十という年齢のみ。
少しずつだが、俺には早見誠一としての記憶とワイト・ミラー・クロスフォードとしての記憶がごちゃ混ぜになっているのを把握出来てくる。
早見誠一の時、ハマった物があった。“奇跡の素粒子”を見て、まるで魔法だと言った教え子から渡されたラノベ。
これは、まさか転生とかいうやつではないのだろうか。
いやいやいや。あり得ない。ラノベでは、転生ってのは赤子や幼い子供に転生するのが、お決まりではないか。
なんなのだ、三百っていうのは。
どう考えても爺さんではないか。
あり得ない、あり得ない、あり得ない。俺はワイトの記憶を辿る。思い浮かぶのは、何かの研究風景のみ。
俺の記憶と間違えたかと思ったが、しばらく探っていて分かったのだが、この爺さん、凄い。
魔法理論を確立した偉業を成し遂げていた。今は亡き多くの直弟子達。その弟子達により、この世界の発展は驚きの進化を果たしたのだ。
俺は改めて天井を見上げる。古く黒ずんだ梁に屋根。木造の小屋みたいな場所に住んでいるのだと記憶にあった。
ここに自分と、隣の綺麗な顔立ちをしているが一向に目を開けようとしないメイドと二人きりで住んでいたのか。
そしてワイトの記憶には、こうもあった。俺は天寿を全うする時が来たのだと。
そう、俺は今大往生を迎えようとしていた。
俺は大往生するような人生を希望したのだ、誰が大往生を経験したいと言った!!
二日に一回のペースを予定。
時間は不定期。
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