彼女の寝言は可愛くない
「そういえば、武器は持っていないんですね」
心也はソファの上でくつろぎテレビの画面を見ていたキアラに聞いた。
キアラは、どこからか取り出して来た心也の寝巻に身を包んでいた。
それには特に触れなかった。どうせ言及したところで、裸になれっていうの?とか言ってきそうだし。
「当たり前でしょ? そんなもの持ち歩いていたら捕まるじゃない」
キアラはテレビの画面に向けられていた視線をこちらに向けて言い放った。
「いやそうじゃなくてですね……いや、確かにそうか。いやいやそうじゃなくてですね」
心也は頭を抱えた。あぁもうめんどくさい。
「あなた兵士なんですよね?普段使っている武器は持ってないんですか?」
心也はゲームの中にいたキアラの姿を思い出す。長い槍が彼女の扱う武器であったはずだ。
するとキアラは、あぁと呟いた。
「なくなっちゃったのよね」
「はぁ」
「普段は槍を使ってるんだけどね。愛用の奴。でね、戦場に召喚された時はその槍も一緒に喚ばれるんだけど、
昨日召喚されたときは槍はどこにもなかったのよ」
「これも今までなかったことなんだけどね。まぁここでは必要ないからなのかしらね」
確かに日本では戦場で戦うことなんて皆無だろうし、武器も必要ないのだろう。
それにこんなとこで槍なんか持たれたら、キアラの言っていた通り面倒くさいことになりそうだし。法律的に。
ますます、なぜこの戦いとは無縁の日本に彼女がきたのかが不思議になる。
すると、キアラは大きくふぁ~っとあくびをした。
「今日はなんか疲れちゃったわ。そろそろ寝るわね」
そう言うとキアラはソファの上でクッションを枕代わりにして横になった。
壁に掛けられた時計の針は、11時34分を示していた。
二人がぎりぎり座れる大きさしかないソファからは足がかなりはみ出している。
「あれ、そこで寝るんですか?」
てっきり一目散にベッドを占領するものと思っていた心也は思わず口に出す。
この家には一応ベッドが一つだけある。もちろんシングルベッド。
心也は毎日そこで寝ているわけだが。
「ここしかないじゃない。ベッドはあなたが使うんでしょ?」
確かに部屋を見渡しても、寝ることができる場所はベッド以外だと、ソファくらいしか候補はなくなるだろう。
「いいですよ。ベッド使ってください。俺がソファで寝ますから」
一応、気遣ってみる。俺の家なのに。
「いいわよ。あなたの家なんだからあなたがベッドで寝なさい」
私は慣れてるからいいのよと続けた後、キアラは目を閉じた。
「おやすみ。マスター」
意外にそこは律儀なんだな。無駄に。
心也はベッドに置いてある枕を持ち、地面に敷かれているカーペットの上に放り投げた。
そして、カーペットの上で横になる。
女性がソファで寝てるのに、男の俺がベッドで寝るという状況がなんだか嫌なので、床で寝ることにする。
心也も無駄に律儀なのだ。
「?」
ソファの上からキアラが顔を出した。
「なにしてるのよ」
「いや、僕も寝るんですよ」
「ベッドがあるじゃない」キアラはベッドの方へ人差し指を向けた。
「いや、僕はいつもこっちで寝てるんで」
そう言うとキアラの顔が怪訝な表情になった。
「あっそ」それだけ言うとキアラは再び横になった。
***
電気が消された部屋は静寂に包まれる。
すーすーと、キアラの寝言が聞こえる。
心也はカーペットの上から横目ですやすやと眠っているキアラを見た。
ゲームのガチャで当てたキャラクターが、いま目の前に存在している。
現実離れしている状況であるが、認めるしかないのだ。
目の前で寝息を立てているモノがある以上、もう認めざるを得ない。
心也は、これは全部夢で明日になったらまたいつも通りの平穏な日常に戻るのではないかと、微かな希望を抱いて眠りに落ちていった。
部屋の中は、ベッドが空いていて、ソファと床で二人が横になっているという異様な光景になっていた。
「だからなんで敬語なのよ~も~むにゃむにゃ」
心也は落ち行く意識の中で微かに寝言のような声を聞いた。