交錯する世界
心也は高校へ入学すると同時に一人暮らしをはじめた。
築三十年以上あるアパートの108号室が心也の住んでいる家だ。
一階の一番端に位置する1LDKの家は、一人で住むには広すぎず狭すぎもせず丁度よい空間であった。
しかし、二人になると世界が変わる。
普段とは打って変わって、いやに窮屈に感じられた。
友達などを家に上げたことも今までなかったため、余計に居心地の悪さを心也は感じていた。
その主犯である彼女は横に座る心也を見ながら言った。
「げえむ?なにそれ」
心也は同じ場所に座ることになんとなく罪悪感のようなものを感じ、席を立った。
「ち、違うんですか?」
心也は勉強机の前にあるキャスター付きのいすに腰をかけた。
「げえむはよくわからないけど、私は今とは違う世界にはいたわ。
そこであなたに召喚されてここに来たの。あなた何も知らないわけ?」
心也はこくりと頷くと、キアラは両手を広げヤレヤレというポーズをとった。
「ふふん、だからあんなに冷たい態度をとってたってわけねー。
にしても、自分で召喚しておいて何も知りませんでしたって、いいご身分じゃないの」
心也は顔をしかめる。そんなの知るかっつーの。
「まぁいいわ。説明してあげる。」
キアラはソファにたてかけてあったクッションを膝の上に乗せ、つらつらと話し始めた。
「私はもともと兵士だったの。武器は槍を使ってたわ」
心也は昨夜、ガチャで当てたキアラを思い出す。
確かに手には長い槍を持っていた。線と線が繋がってくる。正直繋がってほしくないが。
「でね、私たちの世界ではどこの誰かもわからない人に召喚されて戦場に行かされるの。
それが私たちのいた世界での習わし」
ん……?
「だからその召喚ってのは?」
「召喚は召喚よ。んーこっちの言葉で言えば、えーとなんていうんだっけ」
そこでキアラは頭をぐりぐりしながらうーんと唸った。そして、あ、と声を出す。
「ハケン?」
覇権?派遣?履けん?心也は脳内で漢字を想像する。
「そうそう、派遣みたいなもんよ。戦場で勝つために私たちのような兵士を求めてる人が、力を借りるために召喚する。
私たちは召喚された人の元で、力の限り戦うの。それだけ!」
なるほど派遣か。会社が求めている能力を持つ人材を探し、それにあった人材を雇い会社の駒として働かせるあのシステムだっけか。
この前、テレビ番組かなにかで見たような気がする。
「ふーん。で、戦場ってのは?」
とりあえず召喚ってのはだいたいわかった。あまりよくわからんけどわかった。
そして聞くことはまだたくさんある。
「そのまんまの意味よ。戦争している場所じゃない」
もしかしてだけどバカにされているのだろうか。
「いやそれはわかりますよ。俺が言っているのは今戦争なんかどこもやってないじゃないですかって意味です」
そう言うと、キアラはなに言ってんだこいつと言わんばかりの顔をこちらへと向けた。
「あんたねぇ。それはここの世界での話でしょ?他の世界ではどこもかしこも戦争だらけよ?
その証に私たちがいた世界では、私たち兵士はひっきりなしに戦場に召喚されいるんだから。
この前なんて……」
と言った所で声が止んだ。キアラは一瞬はっとしたかと思うと、慌てたように仕切り直した。
「ま、まあとりあえず、戦争はまだたくさんあるのよ!」
ふーん。
ん?ちょっとおかしいぞ?
「じゃあなんで今ここにいるんですか?」
他の世界といわずとも、この地球上でも遠いどこかでは、今でも戦争が起きている可能性がないとは断言できない。
ただ少なからず、今暮らしている日本では戦争なんてものとは一切無縁だと思っていたが。
キアラと視線がぶつかる。
「そうなのよねー。それが不思議なのよ。こんな平和な場所に召喚されるなんて話聞いたことがないもの。
召喚した本人に聞いてみようと思ったけど、見てのとおりすっぽんたんだったし」
キアラは首をかしげた。
すっぽんたんってなんだよ。
兎にも角にも、だいたい状況は掴めた。……ような気がする。
キアラは腕を伸ばし伸びをするような形でうーんと唸りあとなんか聞きたいことあるー?と言った。
その問いかけを無視し、とりあえず脳内で状況を整理する。
キアラは元々別の世界での住人であった。
そこでは兵士として戦場からの招集、もとい召喚されるのを待っていた。
そして、そこでなぜか俺がキアラを召喚したことにより、キアラは今ここにいる。
滅茶苦茶ではあるが、無理やり状況を整理するとこんな形であろう。
キアラの言葉をすべて信じるのであれば。
そして、意味不明なのが、俺が召喚したという点。
これは昨夜召喚されたというキアラの言葉的に間違いなくあのガチャであろう。
つまり、ゲームの中でガチャをしてキアラを当てたことがトリガーとなり、
別の世界で実在していたキアラを召喚した。……ということか?
いやいやいやいや滅茶苦茶だ……考えれば考えるだけバカバカしくなってくるような気がして虚しくなるなこれ。
「急に黙りだしたと思ったらなーに怖い顔してるのよ。本当に変ねあなた」
ハッとして意識を目の前に戻すと、キアラの顔がすぐそこにあった
今の状況の方が僕よりもはるかに変だろうが。その言葉を胸の内に潜めながら答えた。
「こっちは混乱してるんですよ。ちょっと考えさせてください」
「はいはい。なんでもいいけどお風呂入りたいから借りるわねー」
「どうぞどうぞご自由にしてくださいませ」
どこへでも行ってくれ。とりあえず今はゆっくり考える時間がほしい。
意識を脳内へ戻す。
無茶苦茶な考えではあるが、やはり先ほどの考えが一番辻褄が合ってしまう。
俺がしたガチャがトリガーとなって……ん?ちょっとまって?
風呂って言った?さっきあの子人お風呂入るって言った?
急いで風呂場へと駆け寄ると閉じられた扉の向こうから、ふんふふん♪と呑気な鼻歌が聞こえた。
まじかよ……。まじで泊まる気だよあの人……。
キアラがお風呂から上がってきたのは、三十分ほど経った頃であった。
人の家の冷蔵庫を勝手に物色し、おもむろに牛乳を取り出し飲みだした。
「ぷはー」と飲み干したキアラの口の周りには白いひげができていた。
勝手に人の家の冷蔵庫を勝手に漁らないと教わらなかったのか?
心也は小さくため息をつき、満足げな顔でいるキアラを眺めた。
とりあえず、なぜ彼女が今ここにいるのかが理解できた。
無茶苦茶な理論ではあるが、理解できたことにする。
ありえない……。大体なぜ俺なんだ……。
昨日ガチャを引いたからか……。
俺のせいか……。俺のせいなのか……?まじかよ……。
俺はひっそり静かに暮らしたいだけなのに、なぜこんなことになってしまうのか。
あんなガチャ引かなければ良かった。
心也は心の底から後悔した。




