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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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9.早朝ブランコ

 バイトが終わった早朝、楓と約束した公園に行った。

ブランコと砂場、吊り橋や上り棒がくっついた滑り台がある公園。昼間は、子供やお母さんたちが集まってて、中学生がブランコなんか乗れる雰囲気ではないだろう。

 ブランコを囲っている柵に座って、少年のような格好をした楓が待っていた。早朝や深夜はこの辺は人通りが少なくて何があるか分からないから、見るからに女の子だと分かる服装は避けたのだろうか。それとも、ブランコに乗ることがスポーツのように気合い入ってるのか。

「おはようございます。すみません、変なお願いして」

「いえいえ、おはよう」

 一人乗りブランコが二つ、太いロープで吊されていた。接合部分は金属でできていて揺れるとキイキイ音がするけど、子供が実際手にする部分はソフトな素材だ。

「このブランコで大丈夫?」

「はい」

 楓は嬉しそうに腰掛け、ブランコを押して欲しい理由を説明し始めた。約束をした時に俺が敢えて聞かなかったからか、言っておかなければと思ったのだろうか。

「あたし、小さい頃、ブランコが好きだったんです。見てて憧れてるというか、楽しそうだなって。でも、親に公園に連れてってもらったことなくて。ブランコって砂場遊びと違って、ある程度の年齢にならなきゃ乗れないから、記憶にないとき連れてきたって言われてもなんの慰めにもならないし。公園を見て、お母さんにブランコ押してもらって、空高く上がってる子が、羨ましかった」

「また羨ましいか。ブランコ落書きされなくてよかった」

 楓の羨ましい話は恨み節のように聞こえるので、俺はわざと皮肉を言った。その辺のノリというか、わざと言ってるんだよというのが分かってきたのか、楓はちょっと笑いながら拗ねたように怒る。

「しませんよ! もう」

「ごめんごめん」

「でも、お母さんは、お姉ちゃんはよく連れて行ったのよ、って言うんです。あたしに」

「そこポイントだな。テストには出ないけど」

「ポイント?」

「ただ、純粋に行ったことないから羨ましいんじゃなくて、お姉ちゃんは行ってるってところが面白くない。そして、それを話す母ちゃんの神経が許せない」

「そうです」

 我ながら素晴らしい要約だと思った。俺は楓の憎しみパターンが分かってきたような気がする。

「確かになんの意味があるんだろうね。わざわざ、言わなくてもいいのに」

「ほんと。子供の思い出というより、親の経験。親としてちゃんとやってましたと言っておきたいんでしょう。あんなに手をかけてお姉ちゃん育てたのに、引きこもって。お母さん何も悪くないのよ、ねえ、そうよね。って。そして、あたしの時は行かなかった。って言うんですよ。なぜかあたしに。そこであたしが傷つくって思わないのかな」

「思わないんだろうね」

 想像だけど、楓の母親にとって、楓は姉よりも愚痴りやすいんだろうな。自分の子供だってこと忘れて言っちゃってるのだろうか。コンビニのレジでも、やたら俺に話しかけてくるおばちゃんがいる。あんたのこと知らないのにってツッコミたくなるけど、言いたくなるんだろうな。言った方は勝手に気が済んでなんとも思わない。

「母親にとっては笑い話みたいに聞こえるけど、確かに寂しいな」

「そうなんですよ。なんかその温度差を理解してくれない」

「クレーマーですな」

「そう、思えばいいか」

 そう思いたくない。母親の愛情を受けたい不満がこじらせているのが分かったが、多分、深刻さはないのかなとも思った。やっぱり、電車に飛びこもうとしてしまうほどの原因は学校にあるのだろうか。楓の核心には触れられない。

「ブランコ押してもらうのも、公衆電話から電話するみたいな憧れ?」

「そうですね。幼稚園や小学校で友達とブランコ乗ってましたから、乗り物としては乗り切りました。それで、そんなことどうでもよくなってたんですけど、最近、急に思い出しちゃって」

 また、あの寂しそうな顔をした。絵本を読み聞かせしてもらえなかった、その記憶とセットなんだろう。

 代わりに本を読み聞かせしてやろうという提案から発展したブランコ。俺が押したところで、楓の欠けた思い出が修復されるとは思わないけど、きっと彼女には意味があることなんだろう。遊戯療法、プレイセラピーってやつか。

 俺は楓の後ろに立った。

「よーし、押してやるぞ。ちゃんと座れ」

「はい」

 なんのプレイだよ、と冷静になって見ると笑いそうになるぐらい、何か演じるような気持ちで俺は楓の背中を押した。

 キイキイと音を立てて揺れるブランコ。

 大人になって改めて見ると、ブランコってこんな激しい乗り物だったけ?と思った。近くにいたら吹っ飛ばされる。振り子式の武器にしか思えない。

 楓のブランコは空に高く上がっていったので、俺は少し離れた。

 足を曲げたり伸ばしたりしながら、こいでいる。そうそう、ブランコってこうやって乗るんだった。スカートだったら確実にパンツ見えるな。だからこの格好なのか。

揺られながら、楓は聞いてきた。

「奏田さんは子供の頃、公園に連れてきてもらいました?」

「絵本同様、覚えてないんだよね」

「宇宙人のしわざですか」

「そう」

 そう、覚えてない。

 というか、思い出さないようにしているのかもしれない。

 思い出は切り離されたものじゃないから、いろんなもの引き連れてくるから。

 都合よく、楽しい思い出だけ引き出せればいいんだけど、どうしてか嫌なことの方がよく覚えてるんだよな。

 ひとしきりブランコに揺られて、楓は止まった。

 俺もブランコに座って、楓の横に並んだ。

「俺がブランコ押して気が済んだ?」

「はい。どうでもいいことで恨んでたなって分かりました」

「そっか」

 やっぱり恨み系か。きっと楓にとっては、どうでもよくないけど、客観的にどうでもいいことなんだろう。くだらないことに拘っていたことに気づく、そのために、くだらないことをする。それはすごく大切なのかもしれない。

俺は思いっきりブランコをこいだ。久しぶりで忘れてた感覚。ブランコって後ろ下がるとき、なんか血の気が引く。夜勤明けの体にはこの揺れが絶妙に気持ち悪い。

「うえええ」

 俺は、ゆっくりとブランコを止めた。

「正直、大きくなってからのブランコって酔いますね」

 ちょっと弱ってる俺をフォローしようとしているのか、楓は冷静に言う。

「だな。ちょっと、飲み物買ってくる」

 俺はブランコから降りて、公園の入り口にある自販機に行った。


「はい、中学生は甘いの」

 カフェラテを楓に渡した。

「ありがとうございます」

「大人はブラック」

 俺は自分のコーヒーを開けて飲んだ。早朝のベンチで飲むブラックコーヒー。出勤前のサラリーマンみたいな気分で、ある意味大人だ。楓はカフェラテが高価なものかのように大事そうに両手で持ち、嬉しそうに缶のデザインをずっと見ている。

「不思議ですね。この甘さは優しさに思えるのに、他の人が言うとバカにしているように聞こえる。お前は子供だから甘いのしか飲めないだろうって」

「はい?」

「あたし、友達でも、家族の中でも、なんか常に身分が下みたいな扱いされるんです」

「どういう?」

「楓のくせに生意気なって。くせに、ってなんだろう。楓なんて名前だけど、三月生まれだし、小柄で幼く見られるからかな。いつまでも子供扱いで、みんなと同じことしても前に出てくる資格ないみたいな言い方される」

「のび太のくせに生意気だぞ」

「そうそう、それ」

「俺もそういうタイプだったな。五月生まれで別に体小さくなかったけど。子供の頃から、なぜか、こいつは何を言ってもいいって思われてた。だから俺自身は何もしてないのに悪口、陰口、なんか言いやすい顔してるんだろうな」

「奏田さんの場合は、言いやすいっていうか、受け止めてくれそうっていうか、いや、逆に流してくれそうっていうか」

「褒められてんだよな」

「もちろんです」

「実際、面倒くさくて言い返したりしないから大丈夫だって思われてるんだろうな。本当に聞き流してまったく気にしない鈍感な人と、気にしてるけどそれを見せないようにしてる気の弱い人と、二通りいると思うんだよね。けど、言ってる方にはどっちか分かんない。分かんないから勝手に前者だと思って言いたい放題」

「奏田さんはどっちですか」

「もちろん後者の弱い方。なのに、客に何度殺害予告されたことか」

「知ってます」

 お互い知ってる話にたどり着いたからか、楓は嬉しそうに言った。

「理不尽だよ。本当に。でも、そんな時は、脳内でドラマ仕立てにしてるんだ。嫌なこと言われたとき、自分で状況説明のナレーションすんの。いろんなバージョンがあって、壮大な国家プロジェクトを遂行しているスゴい俺って気分にする時もあるし、リフォームされた家を紹介してるいい話風に仕上げることもある。そうやって、自分を遠くから見てると、だんだんバカらしくなって、どうでもよくなるよ。」

「なんか秘密道具みたいですね」

「テッテテン、脳内ナレーション。これを使うと嫌なことも全部コントみたいになるんだ」

 俺の似てないドラえもんのモノマネに楓は笑った。

普通の中学生みたいに笑った。愛加が笑った話に、寂しそうに答えてた楓が普通に笑うことが妙に嬉しかった。

「いいですね」

「勝手に使っていいよ」

「ええ、楓のび太に使えるかな」

「楓のび太さんなら大丈夫」

「誰?」

「しずかちゃん」

「そこ、ドラえもんじゃないですか」

「そっか」

 しずかちゃんのモノマネは微妙すぎたが、二人、どうしようもない会話に笑った。

 こういう些細な時間が、すごく大事な気がした。

「でも、のび太のくせに生意気だぞ、って台詞すごい考えられてるって知ってる?」

「そうなんですか」

「のび太だから、いじめられることによって、読者が誰も傷つかないようにしてるんだって。見た目や家の事にも触れず、ただ勉強ができないとか、運動音痴だからいじめられるわけじゃない。ただ、のび太だから」

「へー、そうなんだ」

「ツイッターで書いてる人いた」

「またあ」

 鎌倉市図書館のツイート以来、いろんなつぶやきを見ている。自分は何もつぶやかないし、使いこなしているわけじゃない。ただ、テレビでやってた、そういうのと同じノリで語れる内容に、彼女の居場所を作れる言葉があればと思ってしまう。自分も図書館みたいなことが言えればいいのにと。

 他の人が言うとバカにしている台詞が、俺が言うと優しさに聞こえるって、楓は俺を都合良く美化しているような気がしてけど、それで楓が笑っているならいいと思った。

 楓は穏やかに笑い、その延長でつぶやいた。

「奏田さん、あたし、いじめられてる」

「そっか」

「何かされるってより、無視されてる。気にしないでいたらLINEで死ねとかずっと言われてる」

 俺の予想は的中してしまった。

「自分の一言で人が本当に死ぬと思ってないから、平気で言えるんだよな」

「死ぬよ」

 無視をしておきながら、かまって欲しいいじめっ子たち。いじめられる方に問題なんてない。言いやすい、やりやすいだけだ。それで人が傷つくことに気づかない。そんな奴らに気づかせるために命をかけるようなことはして欲しくない。逃げろ。

 そう思うけど、下手なこと言えなかった。

 俺が言葉を選んでいると楓は、死の意味を簡単に説明する。

「ただ、ここから消えちゃいたいって思うから」

 そうだ。

 死んで思い知らせるとか、そういうんじゃなくて、ただ、ここから消えていなくなってしまいたい衝動に駆られる。その衝動に負けそうになることがある。それが死を意味するんだと、分かっているけど、分からないような感覚に陥る。一人で、答えを出そうとしてしまうと分からなくなる。

「そっか。消えないで、コンビニバイトに話してくれて、ありがとう」

「え」

「また話そう」

「え、でも、あの、この話は奏田さんだけで、あの、愛加さんには」

 楓は申し訳なさそうに、うつむいた。

 彼女がいるから都合のいいコンビニバイトだけど、その彼女はセットではない。

「愛加には言わない。電話のことも、図書館で勉強のことも言ってない。同じ事を愛加に相談したかったら直接相談すればいい、俺とセットではないから」

「分かりました。じゃ、奏田さんに、話させてください」

 楓は泣きそうな顔で笑った。

 楓のためじゃなくて、純粋に俺がまた話したかった。

 ただ、それだけだ。


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