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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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4.君との再会

 テレビでも鎌倉図書館のツイートが話題になっていた。

 大人達が「困ったことがあったら誰かに相談してください」と台本通りの正論を読んでいる。相談できないから、誰にも言えないから、言える気持ちにもなれないから死ぬことの方が簡単だと思えてしまうんだろう。そんな子達を、見守ってるからとりあえず辛ければ逃げてもいいんだよ、と言っているのに、バカじゃねえの、とツッコミたくなる。まあ、逃げっぱなしで不登校になったら困るから、大人はどうにかしようときれい事を並べるのかもしれないけど。


 土曜日、愛加の買い物に付き合うことになった。電車で二駅のショッピングモールでセールをやっているという。オシャレな話題には疎いが、愛加に釣り合うよう着る物に無頓着だと思われないように快く付き合うことにしている。

ホームで電車を待っていると、先頭の隅の方でぼんやりと立っている女の子がいた。片手にスマホを握りしめて、長い髪でうつむいているので表情は見えないが、陰気な空気をまとっていた。なんだかものすごく不自然な感じがした。それが何か分からない。俺は愛加に聞いた。

「ちょっとあの子おかしくない?」

愛加は俺の目線をたどり、その子を見た。特急の電車が通過するとのアナウンスが入ると、その子は歩き始めた。 

「おかしい。もしかして、飛び込むんじゃない?」

「それは、やばい」

 俺は走って、黄色い線の外側、ホームギリギリまで歩くその子に叫んだ。

「あぶない!!!」

そして通過電車がホームに入ってくる直前に、スマホを持っていない方の腕を思いっきり引っ張った。俺は支えきれず、その子が覆い被さるような形でホームに寝転んだ。

 落ちようとする子を無理やり引き寄せる程の力はいらなかった。俺の声で一瞬、その子が俺に身体を預けるように力を抜いていたような気がした。

 危ないですから下がってくださいとのアナウンスが流れ、電車が通過していく。


 改札を出て三人でファーストフード店に入った。嫌な汗をかいたので涼しいところで何か飲みたかったし、愛加も買い物なんていつでもできるからいいと言っていた。もう少し遅かったら、最悪の瞬間を見てしまっていたのだと思うと、購買欲も失せてしまったという。

 俺はただ、その子を、このまま帰すわけにはいかないと思った。

 その子は、絵本に落書きしようとした子だった。

「本当にすみません」

「もう、そんなに謝らなくていいから、遠慮せず食べて」

 みんなで食べようと買ったLサイズのポテトを愛加はつまみながら勧める。

「でも、偶然とは言え二回目だし」

「え?」

 図書館でこの子に会っていることは愛加には話していなかった。ホームの怪しい子が偶然この子だっただけで、俺が分かってて助けたわけじゃないのに、すでに知り合いだったという雰囲気に愛加が不満そうな表情を浮かべた。

「いや、この子さ、図書館の絵本に落書きしようとしてたんだよ。それを俺が偶然見て」

 俺は、わざとこの子が悪いみたいな言い方をした。

「絵本に?」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 また詫びるように謝る。制服を着てないとはいえ、中学生が大学生に謝らされてる絵は、客観的に見てよろしくない。ひたすらあやまる中学生を前に、愛加の視線から逃げたくて責任転嫁みたいなことしようとした自分を後悔した。

「まあ、未遂だし」

「なんで絵本に落書きしようとしたの?」

 俺のフォローなんて無視して、愛加は優しいお姉さんの眼差しで中学生に聞いた。絵本が関係している話題に悪い話はないと確信しているかのようだ。

「羨ましかったから」

「羨ましい?」

「お母さんに読み聞かせしてもらってる子供が羨ましかったんです。あたし、あんなふうに読んでもらったことなくて」

「そっか」

 愛加の表情がさらに菩薩のようになっていく。自分の得意分野に入ってきたぞという余裕だろうか。

「名前、聞いていい? わたしは堀川愛加」

 愛加が俺の方を見たので、慌てて名前を言った。

「奏田伸です」

「竹沢楓です」

「楓ちゃんか。楓ちゃんは、ずっとこの地域に住んでるの? 生まれた時から」

「はい」

「じゃあ、記憶のないころに、絶対、読んでもらってるよ」

 なんのプロファイリングを始めたんだ。

「ブックスタートって知ってる?」

「いえ」

「赤ちゃんが絵本に親しめるように、絵本を開くことで、誰もが楽しく赤ちゃんと心がふれあえる時間が作れるようにって3ヶ月健診とかの時に自治体が絵本をプレゼントしてるの。で、この地域は絵本を通した子育て支援を早くからやっててね、中学生の楓ちゃんは絶対、絵本もらってると思う。だから、きっと、その本見たら、覚えてないのに、懐かしいとか嬉しい気持ちになったりするんじゃないかな。絶対に読んでもらってるって」

「そうですか」

「まあ、楓ちゃん、字読めるようになるの早かったでしょ」

「はい」

「読めちゃうと、親は自分で読みなさいっていうから記憶にある頃には読んでないんだろうね。字を追うのと物語を味わうのは別なんだけど、忙しいママたちには面倒くさくなっちゃうんだよね。その図書館の子だって、数年後、覚えてるか分かんないよ。でも、その時間は無駄なじゃないから」

「そうですね」

 愛加のいい話。繰り返し名前を呼んで距離を縮めようとする話し方が、マルチ商法みたいだけど、愛加に勧誘されたら騙されそうな気がしてくる。

この子に響いたのだろうか。

「ねえ、何かあったら気軽に連絡してよ。私でよければ話聞くからさ。女同士なら言えることってあると思うし、LINEとか」

「あの、大丈夫です。ありがとうございました」

 愛加の言葉を遮るように楓は立ち上がった。マルチ商法みたいな愛加を拒絶しているように見えたが、LINEという単語に異常反応したようにも見えた。

出口に向かう楓に俺は声をかけてみた。

「あのさ」

 俺の声で楓は一度足を止めた。

「辛くなったら、図書館思い出して」

 楓は振り向かず、軽く頭を下げて店を出て行った。

 感動的な反応を期待していたのか、愛加は失敗したかのようにため息をついた。

「わたし、ちょっと、ウザかったかな」

「中学生には高尚すぎたんじゃん」

「大丈夫かな」

「うん。・・・・・・あの子、いじめられてる気がするんだ」

「え?」

 俺はなんだか、確信した。

  図書館という単語をきちんと聞いてるように見えた後ろ姿に。



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