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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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3.君との出会い

 愛加が幼稚園に行くのを見送り、俺は図書館に向かった。

 近くにある中学校のチャイムが聞こえ、窓に人影が見えた。二学期が始まっているんだな、大学生になって一番嬉しかったのは、この時期まだ休みだってことだなとしみじみ思った。

 返却日が一ヶ月も過ぎた本だが、本自体に日付が記されるわけでもないので、何もなかったように返す。特に図書館に用はないが、静かな図書館の中で、優しげな母親の読み聞かせをする声が聞こえたので、俺は絵本エリアの近くに行った。

 さっき愛加が見せてくれた『からすのパンやさん』を読んでいる親子が目に入った。

 人気の絵本だから愛加が借りても数冊あるんだろう。カラスの子供の名前が、リンゴちゃん・レモンちゃん・チョコちゃん・オモチちゃん・・・・・・黒くないらしい。子供の嬉しそうな顔が微笑ましい。自己肯定感が育まれる瞬間に立ち合っているかのようだ。

 視界の隅に制服姿の少女が目に入った。中学生だろう。もう学校は終わったのか。反対側から俺と同じようにこの親子を見ているようだけど、恨みでもあるかのような冷たい視線だった。俺は、気になって近くにある本を見るふりをして、その子を目で追った。泣いているようにも見えた。

 絵本を読み終わった母親が絵本を棚にしまい、お昼ご飯何にしようかねと、話しながら楽しそうに図書館から出て行った。親子を見送って再び、視線を制服の少女に戻すと、少女は同じ絵本を棚から出して開いていた。

「なんだよ、読みたかっただけか」

 そう思った瞬間、少女はカバンから油性ペンを出して本に近づけていたので、俺は駆け寄りその子の手をつかんだ。

「油性は消えないよ」

「え」

 その子は俺の顔を見て驚き、ちょっとホッとしたような顔をして、すぐに顔をそらした。親や先生が来たとでも思ったのだろうか。俺はペンの蓋をしてその子に渡した。

「はい」

「ごめんなさい」

 詫びるように謝る姿に、そんなにキツい言い方をしてしまったかと焦った。

「いや、未遂だから大丈夫」

「ごめんなさい」

 それしか言わない。言えないのか。俺は空気を変えようと、つまらないだろうと思いながらふざけた口調で歩み寄ってみた。

「この本、昔からあるよね。え、何? 子供達、カラスのくせに黒くないんだよな。おかしいだろうって思って黒くしようとでもした?」

「そんなことしません」

 その子は、俺から逃げるように図書館から出て行った。

 俺はただ、すべっただけ、いや、それ以上になんとも言えない気持ちにさせられた。自分を慰める脳内ナレーションも流れなかった。

 俺は絵本を棚にしまった。同じシリーズがキレイに並んでいる。

 『カラスのパンやさん』

 『カラスのおかしやさん』

 『カラスのやおやさん』

 『カラスのてんぷらやさん』

 『カラスのそばやさん』

 カラスはこんなに事業を展開していたとは知らなかった。自分が本当にどうしようもないことを言ってしまったなと、なぜだか自己嫌悪に陥った。


俺はモヤモヤした気持ちで、バイトの休憩室にいた、川上君にその子の話をした。

「それって死にたくなっちゃった子ですよ」

「なんで?」

「知りません? 鎌倉市図書館のツイート。俺、泣きそうになりました。これこれ」


 鎌倉市図書館

もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほど

つらい子は、学校を休んで図書館へいらっし

ゃい。マンガもライトノベルもあるよ。一日

いても誰も何も言わないよ。9月から学校へ

行くくらいなら死んじゃおうと思ったら、逃

げ場所に図書館も思い出してね。

                         


 確かに、ちょっとグッときた。図書館も粋なことしてくれるな。

親子を見つめるあの子の姿を思出すと、そんな気がしてくる。

「声掛けちゃまずかったかな」

「どうですかね」

「死にたくなるほど学校行きたくないって、やっぱりイジメとかか」

「どうですかね。あ、でも、最近はLINEイジメとか端から見ていじめられてるか全然分かんないってケース多いらしいですからね」

「LINEいじめ?」

「あ、体験サイトとか知ってます? マジ怖いっすよ」


 予想外に重かった。

 川上君が送ってくれたLINEいじめ体験サイトを後で見てみたが、なんでこんな事で、こうなっちゃん だ。いやあ、でも死ねるかも、と怖くなった。

 あの子は、どうなんだろう。いじめられてるのか? ただ、学校が合わないとかいろいろ理由はあるだろうけど、逃げ場として図書館に来ていた子の居心地を悪くするようなことをしてしまったのかと、申し訳ない気持ちになった。

 絵本に落書きしようとしている人を見て見ぬふりはできなかったとはいえ、あの後、行き場をなくして命を絶っていたらどうしよう。

 いや、どうなんだろう。俺が声をかけた時の一瞬の安堵の表情は、本当は誰かに見つけて欲しかったかのようにも見えた。

 声をかけて良かったんだよな、と自分に言いきかせた。


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