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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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29/29

29.7年後

 大学を卒業して俺は、知らない町の小さなブックカフェに就職した。

 と言っても都心にあるようなオシャレな店じゃない。その地域に一軒だけの昔からある小さな本屋が、本屋として続けていくことが難しくて、二代目がカフェ経営も始めたのだ。

 本屋としては売り上げが伸びないが、店としては地域の人達に根付いていて必要な存在だった。45分に一本のバスのバス停にも近く、地元の高校生たちが本は買わないけど立ち寄る場所になっている。

 存続させるためのカフェ経営だったので、無駄にオシャレじゃない。そこがいい。

 地元のためという感じがする。

 自称読書家の人達がゆっくりとコーヒーを飲みながら静かに読書、時間に余裕のある人達がレコメンドブックを発表し合う読書会をする。というより、近所のおじちゃんおばちゃん、子供達がお茶を飲みに集まって「たまには本でも読みなさい」と世間話が始まり、しばらくするとみんなそれぞれ本を読んでいる、という空間だ。

 就職活動で疲弊した時、俺はまた旅に出た。

 絵本とか読み聞かせとか、そういう関連の仕事をしたいと、ぼんやりと思いながら、考えが甘すぎた。

 安易に大手の本屋と思ったが、絵本以外本を読まない俺が臨むような市場ではなかった。本への愛情が半端ないやつらを見て怖じ気づいた。

 出版社なんて、もっとだ。そんなに絵本を広めたいと思うなら、読み聞かせボランティアとかやられた方がいいんじゃないですかと丁寧な言葉で、説明会の時点で門前払いのような扱いを受けた。

 経済学部のくせに、売ることを全く考えていない志望動機は、全くもって俺自身の売りにならない。売りどころか、自分の甘さが絵本を侮辱しかねなかった。

 なにか違う方向に行ってしまってる頭を軌道修正しようと、俺はまた、ぶらり途中下車の旅に出た。今回は結構遠い、やや田舎なところまで行った。予備知識も全くない何があるか分からない、降りたことのない駅で降りてみた。

 そして、この本屋に出会った。

 入った瞬間、懐かしい匂いがした。なんでか分からない。図書室の妖精の気分になった。本も読まずにすっと居たい気持ちになった。

 コーヒーを頼みつつ、俺は本屋を見渡した。本屋というか図書館に近いんだと思った。売れ筋の雑誌やビジネス書はあまりない。小説や絵本が充実していて、古書も少し置いてあった。俺は居心地が良くて、店長に店のことをいろいろ聞いてしまった。

 その時はブックカフェとしてスタートして二年目だった。客足も増えて良好な再スタートだが、店長の奥さんが妊娠して店の手伝いができなくなるので、どうしようかなと悩んでいたところだった。子供となれば、産んだら終わりじゃない。生まれてからもしばらくは大変だだろう。

 俺は、その話を聞いて、思わずここで働きたい働かせてくださいと言った。

 給料はコンビニバイトに毛が生えたぐらいだったけど、俺の求めている物があった。

 何より、この空間が好きだった。俺が守らなければいけない本屋のような気がした。

 その思いが店長にも先代にも伝わり、絵本に救われた話をすると、家族の一員のようになっていった。俺はこの町に引っ越し、知らない町で頑張ることに決めた。

 ブックカフェは、子育て中の親子が集まる場所、放課後行くところのない小学生が集まる場所、地域の老人達の交流の場所になっていった。

 何がいいってオシャレじゃないところだ。ものすごくシンプルで、誰でも受け入れてくれる感じだ。建物は新しくてキレイなんだけど、どこかレトロな公民館というか、店の前でおじいちゃんたちが将棋とかやってても不自然じゃない。

 大学時代からぼんやり掲げていた俺の夢は、大人が子供に読み聞かせをする場を提供できる本屋を作ること。図書館でもいいけど、それは今まで充分にやり尽くされてきた気がする。女の人の世界で。

絵本や読み聞かせに興味を持って、いろいろ勉強していくうちに感じたことが、やっぱりお母さんにばかり求めているということ。

 読み聞かせは、お母さんがやるっていうイメージは強いし、そう言い切ってしまう本が確かにある。すごく閉ざされた世界で、スィーツ食べ放題並に男は入りづらい。

 お父さんの読み聞かせが子供の成長にすごくいい効果をもたらすといって、お父さんの読み聞かせも何年も前から推奨されている。でもそれは、お父さんが読むという特別感があるからで、結局は、普段はお母さんが読むという前提あっての効果だ。

 お母さんでもいい。お父さんでもいい。

 いや、お母さんでもお父さんでなくていいと思った。

 もはや親である必要はないと思う。

 大人が読めばいいと思う。

 読み聞かせは自己肯定感を育む。本を読んでもらって育った子はへこたれない。

 確かにそうだけど、それは親だけが担うものじゃない。忙しくても本さえ読めば、コミュニケーションが取れるんだという優しい提案なのかもしれないが、やはり人には得意不得意がある。読むのも苦手だって言う親がいる。その親自体子供の頃に読んでもらった記憶が無いと、その時間が大切だとなかなか感じにくい。

 絵本による育児を進んで提唱している陰に、親に読んでもらえなかったことを愛情不足だと感じる子供、本を読む時間が割けないことに罪悪感を抱く親、絶対いると思ってしまう。

 誰だって、いいじゃんか。

 絵本の方は人を選んでない。

 もっと言えば、俺は、近所のじいさんたちに読んで欲しいと思う。

 退職して行き場をなくした、ジジイ達。絵本と最も遠い場所にいたような偏屈ジジイに読んでもらいたい。読んでいる自分が穏やかな気持ちになっていくことを体験させたやりたい。子供の方が字を覚えて、ジジイの老眼がキツくなったら、役割を逆にしてもいい。

 そんな提案をしたら、カフェで「男による読み聞かせ会」が開催された。

 俺も含め、10代から70代の男性が読み手となって、好きな絵本や児童書を読み、すごく盛り上がった。

 偏屈ジジイが絵本を読んで、それを聞いてる子供が喜んでいる姿を見た時は涙が出た。

「普段はさえない男だけど、本を読み聞かせしてるとかっこよく見える」との意見もあり、見たい女性、読みたい男性が集まり、第二弾、第三弾、と恒例イベントになりつつある。

 俺は仕事の傍ら、朗読教室にも通って読む練習もしている。むかしよりは遙かに上手くなっている。教室の先生にも声がいいと褒められた。

 いつしか、俺の朗読を聞きたくて店に来る人がいればいいのに。


 忙しくて、新しい恋人はできないままだ。

 一度だけ、愛加を見た。

 通ったことがない道を歩いていたら、お母さん達が数人立ち話をしていて、その前に幼稚園のバスが止まった。バスから愛加が出てきた。

 ジャージにエプロン姿で、ふざけてる子に結構きつめの口調で注意していた。司書の先生に似ていた。くそガキ相手だと、ふわふわしてた愛加も変わらざるえないんだなと思った。もしかしたら、元々こういうキャラだったのかな、とも思った。

 どっちにしろ、充実感に満ちた笑顔で、夢が叶って幸せそうだった。

 だから、そこを通り過ぎたけど、振り返らないで俺は歩いた。


 この本屋で働き始めて5回目の9月1日。

 今日から二学期。小中学生達の学校が始まった。昨日は、宿題が終わらない子達が集まって、本屋のはずなのに学習塾みたいになっていた。今日は静かだ。

 逃げ場となる場所として提供してるけど、逃げ場を必要としている子は、今のところ出会っていない。

 今月は敬老の日にちなんで「おじいちゃんおばあちゃんへの朗読会」というのを企画している。地域の子供達がおじいちゃんおばあちゃんのために本を読んでくれる。絵本に限らない。小説でも図鑑でもいい。

 朗読会のために本を選び、みんな買っていく。親に買ってもらう。

 読みたい本、読んであげたい本を買う。

 それだけのことが宝物のように思える。

 そんなことを思いながら、本の整理をしていると背後に声がした。

「あのう」

「はい」

 振り向くと、すごくキレイな女の人が立っていた。

「奏田さんですよね」

 このパターン。前にも経験したことがある。しかし、今は名札を付けていない。

「奏田ですが」

「やっぱり、奏田さんだ」

 女の人は笑った。楓だ。

「あああ」

「SNSで見つけちゃったんですよ。この本屋が面白いことやってるって。大学、体育の授業だけこっちの方で、たまに来るんです」

「そっかもう大学生か」

「はい。普段は都心のキャンパスですけど」

「すっげえ、キレイにになって一瞬分からなかった」

「大人になりましたから」

「小学生みたいな中学生だったのにな」

 楓は、見違えるような美人に変身していた。

 英会話教材売りつけられるんじゃないかと警戒してしまうぐらい。

「奏田さんは、カッコイイ大人になりましたか?」

「え、いやあ」

「変わってませんね」

「いや、読み聞かせの腕は上がったよ」

「じゃあ、これ、読んでくれませんか?」

 楓はカバンから「改替伸書」を出した。

 俺は、懐かしくて恥ずかしくて、嬉しくてたまらない。

「え、それは声に出して読む本じゃないでしょ」

「だって、奏田さんの声が好きだから」

 大人になった楓に言われて、ドキドキした。

「しょうがないな」

 本当はめちゃくちゃ嬉しいが、しょうがなさそうに言った。

 二人で座り、くだらない絵本を開いた。

 

 この胸の高鳴りは、君がキレイになったからだけではない。

 ボクが昔より、人を愛すること、愛されることに臆病じゃなくなったからだ。

 もう君はボクの相手なんかしてくれないかも知れないけど。

 ボクは、

 <君とボクの二学期 第二章>


 俺の脳内ナレーションは、恋愛ドラマバージョンで始まった。   


おわり


ありがとうございました。


物語に出てくる絵本は、すべて実在します。

ざっくりあらすじを書いたけど、人によって解釈が違うと思うところがあるかもしれません。

ご了承ください。


「秋刀魚の別れ」は創作。実在しません。

「展望台一家」は創作ですが存在します。

「れきし鉄道」を執筆中の小4はいます。

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