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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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26.ボクにできること

 大学のテストもレポートもなんとか終わり、俺は自分で本を書くことにした。

 絵本を自分で作る。

 難しく考えすぎていたんだと、のび太君に教えてもらった。

 自分の気持ちを代弁してもらおうと思いながら、自分じゃ考えないようなカッコイイものを求めていた。このプレゼントで彼女を落とそうとか、そういう思惑があるプレゼンとじゃない。カッコイイ俺じゃないのに、カッコイイものを求めていて、しっくりこないのは当たり前だ。俺の言葉で書くしかない。

 そして、それを未熟だからと恥ずかしがることはないんだ。

 俺は作家じゃないんだから、子供が母親に贈る手紙レベルで充分なんだ。きっと。

 絵本の魅力に目覚めて、二人で読んだ本が絵本だったから、本と言えば絵本だと思ったが、そもそも俺は絵心がない。だったら、先生と生徒みたいな関係を利用して、いっそ文集みたいにするのも面白いかもしれないと思った。思い出の日々を綴る。

 俺はパソコンを立ち上げて、思いつくままにメモを打った。


■文集風

 「ボクと君の二学期」

 君との出会い。君が図書館で「からすのパンやさん」を落書きしていたから。

 そのあと、ホームから飛び降りようとした君を助けたのが再会。

 それから、君はボクの声が好きらしく、電話番号を教えた。 

 図書館で勉強したり、早朝公園のブランコに乗ったり、絵本読んだり

 ホットケーキを焼いて食べた。


 書いてみて、読み返した。展望台一家と大差ない自分の文章力に愕然とした。

 やばい。俺は文章力もない。本を読んでいて、その文章の意味を理解して共感できると、同じような文章が書ける能力があるかのように錯覚する。いやあ、書けないもんだ。いかにレポートや記述式の回答が、他人の考えをまとめただけのものだったか思い知らされる。ゼロから自分で書こうとすると、書けない。しかも自分で書いておきながら読んでて不快になる。これをプレゼントするってどうなんだ。

 学校の文集みたいにする。と、言ったが、文集って何を書いてたんだ? 

 やっぱり、絵があれば格好がつくのかな。

 あ、「こぐまちゃんしろくまちゃん」みたいな絵なら、パソコンで図形を組み合わせて作ったら描けるかもしれない。グラフィックデザイン。おお。


■グラフィック風

 パソコンに入っているお絵かきソフトのペイントや、これでLINEスタンプを作る人もいるというエクセルでそれぞれ、○を組み合わせてキャラクターを作ってみた。が、○を組み合わせたものにしかならなかった。□でも△でも同じ。なんだこれ。

 こういうのも、そもそも絵心必要。

 簡単に見えるけど、難しい。

 フリー素材を組み合わせて・・・と思ったが、こういう挿し絵が生きるのは、文章があってのものだよな。

 いっそ、文章や絵ではない魅力のある本、しかけ絵本ってのは、どうだ。

 工作はそこそこ得意だったぞ。

 俺はパソコンを一端閉じて、ノートに設計図みたいなものを書いてみた。


■仕掛け絵本

 いやいやいやいや、やっぱり絵があってだ。

 はらぺこあおむしだって、穴開いてるだけで楽しいけど、それはあの絵があるからだ。

 そうか、絵を描こうとおもうからダメなのか。

 切り絵だ。

 せなけいこ「ねないこだれだ」のおばけみたいなの。あれならいける?

 俺は、引き出しをあさった。

 愛加が置いていった折り紙があった。「子供達にあげたいから、手裏剣作るの手伝って」と言われ、一緒に作ったがデキが全然違う。俺の手裏剣をもらった子は気の毒だなと思った。その時のあまりの折り紙を切ってみた。


■切り絵絵本

 だから、そもそも、物語を考える能力がない。

 そして、切り絵を甘く見てはいけない。

 おばけひとつでも、やっぱり全然違う。

 なんだ、これ。まるで、カレー付けて食べるナンだ、これ。

 オヤジギャグまで飛び出し、俺、現実逃避しかけている。

 思わず、手裏剣を折って飛ばしてしまった。


 そして、だんだん「自分ができること」という基準になっていき、本来の目的を忘れそうになっていた。

 俺が本を作るなんて、無謀なことか。


 俺は締め切り前の作家じゃない。本を作ることだけに時間は割けなかった。バイトの時間が来てしまった。

 常に、どんな本にしようかと頭の中で考えているが、いい案はさっぱり浮かばない。使える物はなんでも使おう。なんでもいいからヒントが欲しくて、客が買った女性雑誌の見出しまでチェックしていた。

<アウターはロング丈でこなれ感を演出>

<わたしたちデニムonデニム>

<彼を悩殺。クリスマスのシャツワンピ>

 もう、どこの国の言葉か分からない。

 使えそうで使えない。

 自分がどこに向かっているのか、だんだん分からなくなってきた。

 俺は、レジ横に横に置いてあるクリスマスケーキのレプリカをじっと見つめた。生クリームとイチゴのスタンダードなホールケーキ。砂糖菓子のサンタとMerry Christmas! のチョコプレートが乗っている。これと一緒に届けられるだろうか。  

「兄ちゃん、兄ちゃん、ちょっとこれどうやるん?」

 よくいらっしゃる五十代ぐらいの、えせ関西弁の男性がコピー機の前で何やら困っているご様子。コピー機はレジから少し離れているのに、自分はそこから動かず大きな声で人を呼びつけている。

「奏田さん、ご指名ですよ」

 川上君がしれっと言う。

「なんで、俺なの」

「専属でしょ」

「いつから?」

「いらっしゃいませ、こちらのレジどうぞ」

 川上君はレジの対応に逃げて、俺をコピー機の方へおいやった。

 俺にクレームを仕掛けて楽しんでいるこの男。最近、ケバい女を連れていない。金がなくなって捨てられたのか。

 俺はしかたなくコピー機の所へ行き、優しい店員を演じる。

「お客様、どうなさいましたか?」

「これ、コピーしたんだけど、どうやるんや?」

 男は、手書きの絵に雑誌の切り抜きを貼った、それはそれはクオリティーの低いコラージュ作品を俺に見せた。

「なんですか、これ」

「春画や、春画。喜多川歌麿。春画展行ってきたらよお、インスパイアされちゃって。これ、この部分手書き、なかなかうまいやろ」

「え、でも顔の部分、おもいっっきり壇蜜の切り抜きじゃないですか」

「俺の、アート。分かる? どーもデジタルっちゅのは、味気ないから、こうやって、切って貼ってしてな」

「はあ、教科書の落書きレベル」


 教科書の落書き。

 教科書の落書き。

 教科書の落書き。

 教科書の落書き。

 教科書の落書き。


 俺は、天啓を得た。

 俺の脳裏に、教科書の落書きを見て笑う楓の姿が天使のように舞い降りる。

「これだ」

「あ?」

「お客様、ありがとうございました」

「いえ」

 俺は男を完全無視して、レジに戻った。

「川上君、中学の時の歴史の教科書、まだ取ってある?」

「中学の教科書ですか、ときめかないから捨てちゃった気がします」

「そっか。じゃあ、実家に帰るか」

 俺は絵本を描く材料を見つけた。


 俺は実家に帰った。使えそうなものをあさった。

 小学校の時、じいちゃんに捨てられたことの反動か、中学以来あまり物を捨てていない。と言っても、中学時代は勉強しかしてなかったので、たいした物がない。

 教科書や参考書はキレイにとってあった。

 歴史の教科書をパラパラと見た。楓の教科書とそんなに変わりはない。

「坂本龍馬は、やっぱ、常にこの写真なんだな」

 何冊か使えそうなものを紙袋に入れた。

 階段を上る足音が聞こえ、母ちゃんが来た。

「伸、ちょっといい?」

「ああ」

「年末は、帰ってくるの?」

「多分」

「その時に、詳しいことはちゃんと言おうと思ってたんだけど、お父さんと相談して、この家売ろうかってことになった」

「え、売るの?」

「うん。二人には広すぎるし、いろいろ直すところも出てきてるからさ。売っちゃって、小さなマンション買って老後をゆっくり過ごそうかって」

「それは名案だ」

 じいちゃんに援助してもらった負い目で、じいちゃんに都合のいいように変えられたこの家。じいちゃんがいなくなっても、その名残がきっと母親を苦しめていたと思う。

 確かに両親二人だったら、この広さは必要ない。これから先、掃除する方が大変だろう。売った金で、老夫婦がこじんまり暮らす程度の中古マンションなら買えるだろう。

家を売って再出発。楓のウチと一緒じゃんか。

ウチの家族もある意味、再生か。

「まあ、まだ不動産屋さんと相談してからだから、すぐにって話じゃないけど。あんた、ちゃんと就職考えてるのかなって。もう戻ってくる家はないよ、って思ってさ」

「考えてるよ。俺も、できれば誰も知らない所でやってみたい」

「へえ。じゃ、ある程度かたづけ始めておいてね」

「はーい」

 母ちゃんが階段を下りていき、俺は一人部屋を見渡した。

 じいちゃんのおかげで、途中で縮小された俺の部屋。

 結局、年寄りがわざわざ二階に上がるのは大変だと言い、下の部屋の荷物を上に持ってきたので、じいちゃんの部屋と隣り合わせになったわけではない。

 建物自体の価値ってまだあるのかな。俺が生まれて間もなく建てたって言ってたから、築二十年弱。土地代にしかならなくて、解体されるのかな。

いいこともいやなことも、忘れちゃったことも、この部屋はそれなりに思い出を吸っている。戻ってくる場所だと思わないけど、なくなると思うと少し寂しい気もしてくる。

 俺は少し浸った気分で、再び、歴史の教科書を開いた。

 リアル中学生の頃に書いた落書きが、くだらなすぎて涙を誘う。

 杉田玄白の「解体新書」の表紙絵、タイトル横に裸体の男女の絵があるが、ジャージを着せている。先生との噂で、何かに過敏になっていたのか、服を着せたかったようだ。

「かいたいしんしょ。しんしょ。か」

 俺は、いいことを思いついた。

 そして、「解体」以外の「かいたい」という意味をスマホで調べた。

 一斉に、何かが変わっていくような気がした。

 ずっと、変わらないと思っていたことが、どんどん、変わっていく。


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