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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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25/29

25.傘と友達

 夕方の天気が怪しいとの予報が出てる日、俺はまたあの本屋に向かった。

 降るか降らないか微妙な感じ、いつも持って行かずビニール傘を買ってしまっている俺。

 今日は、返すことをやめた○○健康ランドの折りたたみ傘をカバンに入れた。


 本屋には、クリスマスの絵本を始め、贈り物として喜ばれる本がたくさん並んでいた。

 どれもこれも、素晴らしいのだが、これだという決め手がない。

 俺らしさ、楓らしさがない。

友達を題材にした話は結構多いが、なんとも言えない。いろんな解釈ができる分、寄り添うか突き放すか難しいところだ。これを読んで友達を作ってみようとか、そう思える年齢ではないし。そもそも友達って作るものなのか。恋人同士みたいに、付き合ってくださいみたいな、その日から関係が変わったみたいなのが明確にあるものでもないし。

でも、欲しいものだろう。

 友達が欲しいといった楓の、友達になれるようなキャラクターが出てくる本はないだろうか。

 友達レベルの存在で、楓の心を熱くする本はないだろうか。

 にわか、絵本ファンは引き出しがなさ過ぎて分からない。

 愛加に相談したいが、してはいけない。彼女は、違うルートで同じような課題に取り組んでいるんだ。

 図書館で会った読み聞かせボランティアの人は、どこで活動してるんだろう。ああいう人に聞けばいいのかな。ああ、でもあの見合いを勧めるおばちゃんみたいなノリだと、彼女へのプレゼント?とかニヤニヤされそうで、相談しにくい。

 読み物系絵本以外にも飛び出す仕掛け絵本とか、鏡になってて立体的に見える本とか、面白そうなのがあったが、何かが違った。

店内を二周してみたが、どんどん、分かんなくなってしまった。やっぱりプレゼントを絵本に絞るのはやめて、もう一度ネットで調べ直そうと思った。

 店を出ると空模様が怪しかった。駅に向かう途中に、近隣のマンションの人達が憩える公園がある。と言っても、冬のこの時期は芝生も枯れてるし寒いので、憩っている人はいない。遊具も少しあるが、遊んでいる子はいない。

 そんな中、ベンチの上に正座して、そのベンチを机にして何かを一生懸命書いている少年がいた。その独特な空気感、どこかで見たことがあるような気がして、俺は近づいた。

 ベンチの横側に行き、少年を見るとメガネをかけていた。

 この辺の新築マンションに住んでるんだろうか、くそガキのび太君。司書の先生の息子だった。

「よう、新潟の少年」

「あ、四国の兄ちゃん」

 俺の顔を見て一瞬怪訝そうな顔をしたが、俺が求めた返しをしてくれた。

 俺は、隣に座った。

「雨降りそうだけど、ここで何してんの? 母ちゃん、またウンコか」

「妹の幼稚園のお迎えで家あいてなかったから、時間つぶし」

 普通に返答されて俺は軽くスベった。からすのパンやさん落書き事件の時みたいだ。

 のび太君は一瞬顔を上げただけで、また一生懸命書いている。

 書くのに夢中らしく、ボケる余裕がないようだ。

「何、書いてるの?」

「小説」

「へえ。すごいね」

「うん。これ書き終わるまでは死ねない」

「はあ」

 初対面で感じたけど、この子は、おそらく、フレデリックタイプだろう。

「どんな話?」

「歴史を鉄道にした話」

「はあ。よく分かんないけど、書けたら見せてよ」

「ダメ」

 興味半分と社交辞令的に見せてと言ったが、ちらりとのぞいてみた感じでは、解読不能。字が汚すぎて読めそうにない。

「なんで、書こうと思ったの?」

「思いついたから」

「へえ、作家だね」

「ウソ」

「なんだよ」

 のび太君はノートを閉じた。表紙に「れきし鉄道 第二章」と書いてあった。小説のタイトルだろうか。謎だ。

「人が書いた本って終わりがあるから。自分で書けば、ずっと続くだろ」

「詩人だね」

 なんか、すごいこと言うなと思った。やっぱりフレデリックか。

 でも、分かる気がする。物語には終わりがある。その中の登場人物達の生活は続いてるけど、物語として切り取られているから終わりが必ずある。

映画のエンドロールが悲しくて、席を立てなくなるように、もう終わりだよって現実世界に引き戻されるのが辛い。

 まあ、逆に、映画みたいな日常が終わる現実もあったりするけど。

「どういうタイミングで、小説のネタ思いつくの?」

「どういう? 最初はこれ読んで、オレも書きたいって思ったんだ」

 のび太君は、カバンから冊子を出した。複数の人が作品を書いて1冊の本にしてる。ミニコミ誌ってやつか。

「その中の『展望台一家』って小説が面白かったんだ。オレと同じ小学三年生が書いてる」

「これは売ってるの?」

「母ちゃんがデザインフェスタで買ってきた。知り合いのブースで」

「へえ」

 デザインフェスタか。東京ビックサイトでやってるアートイベント。行った人の話を聞いたことがあるが、ジャンルが幅広くてすごく面白いらしい。人の数も凄いらしいから、俺はきっと苦手な空間だ。最近知った先生のキャラならそういうの好きそうだな。

 俺は冊子を開いて「展望台一家」のページを見た。大人が活字にしてるからか、のび太君のノートみたいに字が汚くて読めないことはない。

 同じ小3と言っていたが、小説の舞台が1979年、昭和五十四年。主人公は23歳の男性で、失踪した結婚相手の謎を解くために東北に向かうトラベルミステリー?! 意味が分からない。敢えて誤字脱字を残してるみたいだけど、それを直したとしても文章は破綻している。しかし、そのセンスと独特の文章表現に、もしかしたら、天才なのか? と勘違いしそうになる。これに刺激されるのび太君も天才なのか? やはり同じ年だからなのか。

「これなら、オレでも書けるって思った」

「ああ」

 そういう見方なら俺でもできる。でも、それで自分も書こうとまでは思わない。

 人の作品を見て書いてみようと思うなんて、やっぱり何か持ってるものがあるのだろうか。

 自分で、書くか。 

書こうと思う、そのエネルギーみたいなものが純粋に凄い。

「でも、書いてみたら、もう展望台一家はどうでもいい。ただ母ちゃんに褒められて嬉しくて書いてた。第一章を見せたとき、面白いって喜んでくれたんだ」

 のび太君は照れくさそうに言った。

「そっか」

 読んだ人の反応が嬉しくて、書く。

 読んだ人を喜ばせたくて、書く。

 その気持ちは分かる気がする。

「もう少し字をきれいに書けって毎回怒られるけどな」

「でも、すごいな」

「まあな」

 自分で書けば、ずっと続く。

 読んでくれる人を思って書く。

 書き終わるまで死ねない。

 つまりは、簡単に死なないってことだな。

 一生かけて書き上げる物語か。

 確かに、書くにしても読むにしても物語の続きが気になって死ねないって、強いよな。

 「オタクは自殺しない」ってつぶやきを見たことがある。発売日が、放送日が、イベントがあるから、辛くてもそれまで生きていなきゃと思えるとか。

 鎌倉市図書館のツイート見た時、図書館という逃げ場を提案していることに感動したけど、同時にマンガやライトノベルが読みたくて、もう少し生きていようかなって思うこともあるなと感じた。

 図書館が引き留めて、本が救う。

 俺は本にまでお世話にならずに、自分を取り戻せたのかもしれない。

「今、書いてるのは新しいノートで、第二章なんだ。母ちゃんもまだ読んでないから、見せられない。最初に読むのは母ちゃんなんだ」

「それで、ダメなのか」

「そう」

「じゃあ、見ないよ」

 俺は、のび太君を見た。メガネをかけてるから、初め見た時はそんなに思わなかったけど、やっぱり先生に似ている。

 俺は、ぼんやりと遠くを見つめながら言った。

「兄ちゃんな、昔、君の母ちゃんに助けられたことがあるんだ」

「マジで」

「うん。多分、母ちゃんの方は覚えてないと思う」

「そんなにイケメンじゃないしな」

「まあな」

 少し寂しけど、それは思う。俺は苦笑いした。

「ちょっとだけなら、読んでもいいよ」

 同情か、のび太君は、恥ずかしそうにノートを差し出した。

「いいの?」

「うん」

漢字が少なくて句読点もない。字が汚すぎて読めなかったからか「展望台一家」がすごい文芸作品のような気がしてくる。「れきし鉄道」は全く意味が分からない。おそらく、小説以前に文章の書き方に問題がある。

酷い作品だった。でも、熱かった。

 誰かのために書く。

 そういう思いが、いっぱい詰まっていた。

 読み手の好きな物を集めたわけじゃないけど、相手の喜ぶ顔が原動力で書いているんだなというのが、伝わる気がした。

「これ、友達には見せたの?」

「友達いないから」

「そうなんだ」

 まあ、友達の定義が分からないから。なんとも言えぬ。さっき絵本を見ながらずっと考えてたけど、本当に難しいテーマだ。

「いや、友達はいるや。ただ、俺の友達は喋らないから」

「犬とか?」

「本が友達」

「本が友達?」

「うん。俺の書いた物に感想は言わないけど、いろんなこと教えてくれる」

「やっぱり、詩人だな」 

 多分、表現力が独特なだけだろうが、それが逆に上手い具合に真理をついている。

 そして、先生はやっぱり司書なんだろう。

 2Bの鉛筆で縦書きに書いてるから、小指から手首にかけての側面が真っ黒だ。その手で顔を触ったのか、ヒゲみたいになっている。

 もしかしたら、将来すごい作家になるかもしれないな。

 ノートにひとしずく落ちた。 

 ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

「雨だ」

「あっち行こう」

 俺とのび太君は、駅まで繋がる屋根のある通路の所まで走った。

「やっぱり降ってきたか」

「うああ、傘ないよ」

「そろそろ母ちゃん帰ってくる時間か」

「うん」

「じゃあこれ、あげるよ。にいちゃんは、このまま駅に向かうから大丈夫」

 俺はカバンから、○○健康ランドの折りたたみ傘を出して、開いた。

「あ、これ、うちにも何本かある」

「そうなんだ」

 ああ、先生の傘の美しい思い出、どんどんメッキがはがれていく。

「じゃあ、1本くらい増えても分からないから丁度いいじゃん。もってけ」

 傘をのび太君の手に握らせた。

「ありがとう」 

 のび太君は、スカイブルーの傘をさしてマンションの方に走っていった。

「こちらこそ」

 俺は傘が見えなくなるまで見送った。

 傘を返せた。

 駅を降りてまだ雨が降ってたら、今日もビニール傘を買ってしまおう。

 


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