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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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24/29

24.君にとってのボク

 俺は、先生や愛加からもらった「おくりもの」を誰かに、贈れるようになりたいと思い始めた。将来のことを真面目に考え初めて、やってみたいなと思う仕事を見つけた。就職もそっち方面で探そう。

 今までの俺だったら、考えもしなかっただろう。

 その前に、今年中にどうにかしておかなければ、ならないことがある。

 楓に謝る。

 コンビニで預かっているクリスマスケーキの予約伝票を見れば、住所も電話番号も分かる。というかエリア配達の確認ってことで調べたら、だいたいの家の位置は分かった。楓がかけてくる公衆電話もこれだろうというのを見つけた。楓の電話を待たなくても、どうにかする術はなくはない。

でも、そういうのは、本当はやっちゃいけないし、それで調べて会いに行くなんて、なんか逆に怖いよな。

 配達ケーキと一緒に何かを渡す、それがチャンスかな。

 長々と話をしている余裕はないから謝罪の気持ちを表せる物を渡せればベストだが。

 街がクリスマスで彩られ、一年の中で一番、プレゼントの種類は多そうな時期だが、何を贈ればいいかさっぱり分からない。高価なものをあげても変な意味を持たれたら困るし。中学生女子が喜びそうな物ってなんだ。

 ぬいぐるみって年じゃねえし。花とか逆に引くよな。

 好きな食べ物、巨峰って季節じゃねえ。

 やっぱり、絵本か。

 俺は、大学の帰り道、駅前の本屋で俺の気持ちを代弁してくれそうな絵本はないかと探した。本屋自体小さいから、あんな素敵なPOPを書いておきながら、絵本の蔵書が少ない。もう少し、大きい本屋にでも行けば俺の気持ちを表せるような絵本があるかな。何かあるかな。この間行った本屋にでも行ってみるかと思った。

 本屋を出るとスマホが鳴った。

 公衆電話。楓だ。

 自宅へ向かう道を歩きながら俺は電話に出た。

「もしもし」

「楓」

「ああ。久しぶり、元気だった?」

 なんだか、緊張してしまう。

「奏田さん、あたし、また消えたくなった」

「え」

「もう、どうでもいい」

「何、言ってんだよ」

 押し殺すように泣いている声が聞こえた。

「お母さんが、大量に睡眠薬飲んで、病院に運ばれた」

「え、それって」

「大丈夫だったけど、自殺しようとしたみたい」

 なんだなんだ。そういうドラマみたいな展開もういらねえよ。

「そっか。今、病院?」

「ううん、それは先週の話で、もうお母さん元気なんだけど」

「なんだよ。でも、ホッとした」

 こんな大事件が起きてて忙しかったから、電話できなかったんだ。それが分かったことにもホッとした。

「それで、それが、きっかけで、お父さんも考え直すというか、今までのこと謝ってきて、お姉ちゃんと和解したの。家を売って、引っ越ししてお父さんと一緒に住もうってことになった。お姉ちゃんも新しい所でやり直すって、大検受けるって言い出して」

「すごい進展じゃん。何? いい話なの」

「うん。あたし以外は。再出発しようって、メロドラマやってる」

「メロドラマって」

「それで、正式に引っ越すこと決まって、お母さんに言われた。楓は転校することになるから、友達と離れちゃって申し訳ないけどって」

 ああああ。そういうこと。

「本当に、何も見てないんだな。このうちは全部お姉ちゃんが中心で回ってて、あたしのこと、なんにも見てない」

「そっか」

「悲しくって、虚しくって、寂しくって、消えたくなった」

 それは、キツいな。

 なんて言葉をかければいいんだろう。

 ここで、死んだらダメ!なんて愛加みたいなこと俺は言えない。

 ある意味、捨て身の台詞だったのかな。愛加はすごいな。

「それで今、プチ家出みたいなことしてる。家に帰りたくなくて。ふらふらしてたら、男の人に声かけられて、優しくされて、あたし」

「はあ?!」

 なぜだか足がガクガク震えだして、俺は立ち止まった。

ものすごく嫌な想像が頭の中に浮かんだ。

 愛加の台詞がフラッシュバックする。

<楓ちゃん、可愛いから、簡単に慰めてくれる人は沢山いると思う。

ぬくもりを愛情と勘違いして、自分を安売りだけはしないで欲しいな。

赤ちゃんじゃないんだから、抱きしめればいいってもんじゃない。

もっと精神的なつながりを求めてると思うんだ>

「何、言ってんだよ。ダメだよ。今からそっち行くから、そこ動くな。今、どこにいる? いつもの電話ボックスか。いいか、そこにいろ。動くな、え、もしもし?」

 俺は一方的に喋ったが電話は途中で切れた。

 なんで切るんだよ。

 最初は優しかった怪しい男に内緒で電話してたの見つかった?

 悪い想像が広がってしまう。

 何をどうすればいいかよく分からないけど、俺はとりあえず走った。今すぐ楓に会わないといけない気がした。

楓の家があると思われるエリアは、駅からはさほど遠くない。

 俺が生まれた頃にガンガン新しい家が建てられたらしい戸建てエリア。きっと楓の姉ちゃんが生まれた頃に買ったんだろう。この時期になると庭木がクリスマスイルミネーションで彩られ、ちょっとした名所になってる。

 そのエリアに入る角に電話ボックスがあった。比較的明るくて安全な場所だ。

 俺は、そこを目指した。

 12月ともなると、5時でも充分夜だ。

 蛍光灯のついた電話ボックスは遠目でも明るく、中に人が入っていないのが分かる。

 楓はいなかった。

 住宅街をイルミネーション見物してる人のふりをして歩いた。「竹沢」の表札のついた家を探そうと思ったが、家にいることを確認したところで、意味があるのかとふと疑問がよぎった。楓に直接会いたい。会うために家族に会うのは、余計楓の負担になる。

 それよりも、楓を信じよう。

 各自が電話を持ち歩く時代、電話ボックスがある場所は限られている。俺の言葉が届いているなら、楓はその場にいる。電話ボックスのある場所を探そうと思った。

 それでも見つからなかったら、ケーキのお届け事前連絡と称し、バイト先から家に電話をかけてみよう。

 なんだ、これ、楓が憧れた90年代ドラマか。

 この状況、今だったらケータイあるから解決でしょってやつ。

 相手の連絡先聞かないってのは、ドラマ作るなあ。 

 しかも、生徒と先生。

 昼間は比較的暖かい日だったけど、やはり夜になると寒い。

 電話ボックスに待たせるというのも、申し訳ない気がしてくる。

 早く探さなくては。

 俺は走った。

 ねずみのアレクサンダ風に言えば「はしれるかぎりのはやさで」走った。

 走ってる俺は、めちゃくちゃ暑い。

 楓が行きそうな範囲にある公衆電話を探した。

 駅前、バスターミナル前の電話ボックス。いない。

 駐輪場の近くの電話ボックス。いない。

 スーパーの前の公衆電話。いない。

 郵便局の横の公衆電話。いない。

 あとは、あ、確か、図書館のロビーの中に公衆電話があった。

 ガラス張りになっている、図書館のロビー、外から見て誰かが座っている姿が見えた。

 ソファに座っている楓を見つけた。

 俺はものすごい息を切らして、中に入り、楓に駆け寄った。

「いた」

「奏田さん」

 俺は、硬いロビーの床に崩れおちた。

「疲れた~」

「だ、大丈夫ですか?」

 楓がかがんで俺を見る。

「ダメ」

 床が冷たくて気持ちがいい。でも、汗だくだ。ああ、これ冷えたら風邪引く。

 呼吸を整えて起き上がり、床に座ったままコートを脱いだ。

俺はあたりを見回した。

「優しい男は?」

「はい?」

「ダメだよ、寂しいからって、絶対、ダメ」

 上手く喋れない。

 楓は笑い出した。

「やっぱり勘違いしてましたか。奏田さん」

「勘違い?」

 俺は、よじ登るように三人掛けのソファに座った。楓は隣に座った。

「あたしに最後まで話させてくれないから。優しい男の人に、ちゃんと帰りなさいって説教されたんです。なんか、ボランティアでパトロールしてる人」

「え、だって、途中で電話切れるし」

「カードがなくなっちゃたんです」

 楓は、穴のあいたテレホンカードを見せてきた。金融機関の広告らしく、昔の千円札、夏目漱石が描いてあるデザイン。

「あたし、カードが終わる瞬間知らなくて。ぴーぴーって鳴ったなって思ったら、出てきて電話切れてたんですよ」

「はあ」

 確かに、俺もカードで電話して使い切る瞬間知らない。

「でも、そこにいろって最後に聞こえたから、とりあえず待ってました」

「なんだ」

「7時になってもこなかったら、奏田さんちのドアに手紙でも貼って帰るつもりでした」

「なんだ、それ。バカ!!!」

 俺は走っている間90年代ドラマの主人公になりきって、完全に、自殺を匂わす台詞を残して家出した生徒を見つけた担任の先生の気持ちになっていた。

 俺は楓の目をじっと見て言った。

「心配した」

「奏田さん・・・・・・」

 楓は幼稚園の子どもみたいに泣き出した。涙と鼻水を垂らしながら大きな声で泣き出した。きっと、いろいろ我慢してて物があったのかもしれない。

「え、あ、あ」

「心配かけてごめんなさい。ごめんなさい」

「分かった、わかった」

 完全に幼稚園児。

 幸い、この時間誰もいなかった。もう少し後で、閉館時間間近だと、図書館から人がいっぱい出てきて、中学生を泣かせてる男として、俺は変な目で見られてしまう。

 暫く泣いて楓は落ち着いた。

「ごめんなさい。本当に。消えちゃいたいとか、軽々しくそんなこと言って、あたし奏田さんに甘えすぎてました」

「いや、別に甘えていいけどさ」

 なぜだか、俺はちょっと嬉しかった。

 楓は鼻を思いっきりかんだ。

 俺は、汗が引いてだんだん冷えてきてしまった。 

「寒くなってきた。なんか、飲む?」

「あ、えっと、じゃあココアで。朝以外は、コーヒー飲むと夜眠れなくなっちゃうから」

「了解」

自販機の所に行った。缶やペットボトルじゃなくて紙コップでその場で注ぐタイプのやつだ。コーヒーの種類が多い。

コーヒー飲むと眠れないって。あの時は、完全に寝たふりしてたんだな。

 ボタンを押すと、コップが落ち、ココアが注がれる。その過程を表示するランプを見つめながら俺は思った。

 甘えてると言われて、嬉しかったこと。

甘えられてる感じが、必要とされてる感じなのかもしれない。

 愛加は、女の子として非力な部分を補って欲しいと甘えることがあっても、精神的に甘えてくることは決してなかった。彼女の強さが、俺を無力にさせてしまった。いや、俺の弱さが、彼女を受け止められなかったんだ。

ココアの甘い香りは、しろくまちゃんのホットケーキみたいに幸せな香りがした。体を温めたいので俺もココアにした。

 氷が入るアイスでもカップの大きさは変わらないのか、中身が異様に少なく感じた。二つのココアを持ってソファに戻った。

 勘違いとはいえ、事件が解決して、一段落という気分だ。

 いや、解決していないか。

「で、優しい男に説教されて、消えちゃダメだって思い直した?」 

 俺は電話の続きを聞くように質問した。

「全然。でも、しつこいから家に帰るふりして図書館に来たんです」

「逃げ場だもんな」

「はい」

「ほんと、楓の母ちゃんは天然だな。でも、家族に求めるの止めたんじゃないの?」

「やめたけど、やめたはずなのに、やっぱり悲しかった」

「悲しいと思うってことは、一緒にやり直したいんだな。でも、このタイミングで引っ越しって丁度いいじゃん。家族みんなで知らない土地でやり直す。俺なんか、やり直す方法は、猛勉強してウチの中学の奴が行かないような高校目指すしかなかったからな。猛勉強の必要がなく親の都合で新天地へ行ける。最高じゃん」

「最高ですか」

「ああ。で、引っ越しってどこに行くの?」

「新潟です」

「本州の子供だ」

「え? なんですか」

「いや、この間、本屋で会った小学生がさ、新潟県って本州の形だったって興奮してた」

「へえ。言われてみると似てますね」

「だろ」

 俺のくだらない雑学を聞いて笑う、いつもの楓に戻った。

「3学期から向こうの学校です。年明けに引っ越します」

「そっか、結構急だな」

 俺はココアを一口飲んで改まった。

「この間、ごめんな」

「何がです?」

 抱きしめたこと、とわざわざ説明するのが恥ずかしい。司書の先生同様、肉食系男子じゃない俺がおおげさに心配してただけかなと、思うところもある。

 楓はそれを察してか嬉しそうに笑った。

「あたしの方こそ、勝手に帰っちゃってごめんなさい。奏田さん、愛加さんと別れて相当まいってるのに、ホットケーキ一緒に作ってくれて、本読んでくれて、ほんと、ありがとうございました。コーヒー飲んでるのに、寝ちゃうなんて、すごく疲れてるんだろうなって思いました。仕事で大変なのに、子供のために頑張ってくれるお父さんみたい。嬉しかったです。だから、気にしないでください。謝らないでください」

「お父さん・・・・・・」

「はい」

 自分でもそんな気分になったが、相手に言われると妙な虚しさを感じた。

 ミスター無害。奏田くん、さすが!!!

「そっか。よかった」

「でも、ちょっとだけ、ドキドキして、奏田さんならいいって思っちゃいました」

「え」

「今、ちょっとドキドキしました?」

 ああ、完全に中学生に翻弄されている。

「してません。ダメダメダメ。自分を安売りするな」

 動揺してるところを見せないように、すこしキツい口調で言った。

「ごめんなさい」

 謝っているが、嬉しそうだった。

 君にとってボクは、お父さんみたいな先生。

「クリスマスはいるんだな」

「はい」

「今、一番何が欲しい?」

「なんだろう。友達かな」

 友達か。

 それは、クリスマスプレゼントとして売ってない。

「今年はサンタクロースが来るから、手に入るといいね」

「うん」

 ココアを飲みきって、楓を電話ボックスまで送っていった。


 俺と過ごした二学期が、楓の支えになるような、おくりものがしたい。


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