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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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23.おくりもの

「わすれられない おくりもの」 

 年老いたアナグマは、長いトンネルを抜けていった。死んでしまった。

 いつもそばにいてくれたアナグマがいなくなって、みんなは途方にくれてしまう。

 春が来て、みんなはアナグマの思い出を語り合う。

 モグラは、ハサミの使い方をアナグマに教えてもらった。

 カエルは、スケートを教えてもらった。

 キツネは、ネクタイの結び方を教えてもらった。

 ウサギは、料理を教えてもらった。

 アナグマはひとりひとりに、別れた後でも、宝物となるような知恵や工夫を残してくれた。

 みんなそれで、互いを助け合うこともできた。 


 アナグマも、きっと誰かに教えてもらったんだろう。

 モグラは、きっと誰かにハサミの使い方を教える日が来る。

 カエルもキツネもウサギも、アナグマみたいに誰かに教えて・・・・・・

 そうやって、宝物を残して、命をつないでいく。

 死んでも死なない。

 別れても一緒にいる。

 みんなそうやって、死んでいき、生きている。

 俺には、そういう話に読めた。

 愛加は俺に、宝物となるような日々を残してくれた。

 愛加と過ごした日々が、今の俺を支えてる。

 アナグマが残してくれたおくりもののお礼を言うモグラみたいに、俺は呟く。

「ありがとう、愛加」

 旅先で、完全に浸っている俺。

 きっと、俺の顔は、劇画チックなイケメンになってる。

 

「新潟県って本州の形だ!!」

 絵本の奥深さと別れた彼女との思い出に浸ってた俺の世界を、ものすごい破壊力のある恐竜みたいなガキが入り込んできた。

「見て見て見て新潟県、本州の形」

 知育パズル日本地図の新潟県ピースと、日本列島全体図を俺に見せて力説する、推定小学三年生の男児。日々コンビを訪れる客を見てて、俺はだいたいの年齢が予測できる。メガネをかけているが秀才キャラには見えない。どちらかというと、のび太君。

「ほ、ほんとうだね」

「本州と新潟県は親子」

「親子」

 俺は周りを見渡した。こちらのお子様の保護者の方はどこにいらっしゃるのだろうか。俺とこの子以外は、親子セットになっていた。この子の親らしき人はいない。端から見れば、この子の保護者が俺に見えるような気がしてくる。

「すごいね。地理詳しいね、お母さんは?」

「ウンコしてる」

「あ、そうなんだ。トイレの間、ここで待っててねって感じか」

「そういうことにしてもらえると、ありがたい」

「はあ」

 俺は、この頭がいいのか悪いのか分からない、のび太君から逃げようとした。この絵本買って帰り、とことん思い出に浸かって、いろいろ立ち直ろうと思った。

「いたああああ!!! もうどこ行ってたのよ」

 俺の背後から、この子の母親らしき人の声がした。

 母親は俺を通り越して、その子に歩み寄り、カツアゲしてる不良みたいに容赦なく胸ぐらをつかんだ。怖い母ちゃんだ。ジャイアンの母ちゃんだ。

「勝手にいなくなるな!」

「ごめん、ごめーん一旦ごめん」

 出た。妖怪のせいにするやつだ。母ちゃん大変だなと思った。

 俺は、母親を見た。

 すらりとしたスタイルのキレイな人だ。

 全然ジャイアンの母ちゃんじゃない。

 顔を見て、ありきたりな表現だけど言いたくなった。

俺の時間が止まった。

 この瞬間を何度シミュレーションしてきたことか。

 突然、辞めてしまいあいさつもできず

 借りた傘も返せないままで

 いつか、どこかで会うことを望んでいた。

 もしも、どこかで見かけたら。会ったら。すれ違ったら。

 声をかけていいのか。なんてかければいいのか。

 覚えているだろうか。

 いろいろ考えてた。

 俺のせいで、傷ついていると思ったけど、

 俺から逃げたのかもという見方もできることを知って

 そんなことを思い出したから、引き寄せたのだろうか。

 髪型が違うけど、変わらない面影。

 降りたことない街で再会。

 司書の先生。

 先生だ。 

 もう劇画チックなイケメンが抜けないノリだ。


「母ちゃんウンコ出たの」

「してねえよ」

 こういうパターン、想定外過ぎて、俺は言葉を失った。

 先生は、のび太君の口をつまみながら、スマホで誰かに連絡している。

「被疑者、確保。絵本コーナー」

 被疑者って。

 先生と会話を交わしたことがないが、勝手なウワサをされていた時先生は「ドS」だと言われていた。美人でスタイルのいい先生に調教されたいアホな奴らの妄想と、どちらかというとMキャラに見える俺のせいだろう。当時の俺は先生にそんな印象を持ったことがなかったので、何も知らない奴らが勝手なこと言いやがってと思っていた。

しかし、リアルに、普段の先生はこんな感じなのか。それとも、くそガキ相手だとこういうキャラになっていくのか。

「あ、あの」

「あ、ごめんなさいね。お邪魔して」

 先生は言葉遣いの悪い所を繕うように笑った。間違いない。先生だ。笑うと左だけに出るえくぼ。

「いや、あの、俺、俺!」

 思わず声が大きくなった。

 先生は「ん?」という顔で俺を見た。

 全く覚えていないようだ。知り合いと再会したときに見せる反応ではない。

 五年たって俺はそんなに変わっただろうか。身長も思った以上に伸びなかったので、自分ではそんなに変わった気がしてなかったが、中学生から二十歳、一番変化が激しいかも知れない。愛加のおかげで多少垢抜けたところはあるか。髪型で印象が変わるし。

「あ、父ちゃん、来た」

 のび太君が言った。振り向くと妹らしき女の子を抱っこした背の高い男の人が来た。

旦那さんか。

「じゃ、お邪魔しました。ほら、行くよ」

 先生は、のび太君の手をつかんだ。

「あの」

 俺は、もう一度話しかけた。

「何か?」 

 完全に覚えていないようだ。俺はのび太君に視線を移した。

「四国はオーストラリアに似てる」

「すげえ、四国親子だ! じゃあな」

「なんじゃ、それ」

 先生は豪快に笑い楽しそうに、去っていった。

 五年たって、結婚して二児の母になった先生。

 くそガキだけど、幸せそうだ。

 ん? 待てよ。あのくそガキ五歳ってことはないだろう。

 ってことは、司書やってた時、すでに子持ちだった。

 美人で若い先生を、勝手に独身だと思い込んで、中学生男子に恐怖を感じていたかもしれないと、懺悔までしていた俺。バカだ。

 また、同じ出来事なのに、読み方が変わった。

 オーストラリアぐらい大きかった、わだかまりが、四国ぐらいになっていく。


 旅から帰って、俺は妙に吹っ切れた。

 家の中で、先生に借りて返せてない傘を広げた。

そこだけ、青空になったような、スカイブルーの女物の傘。

 

 梅雨明け前、雨が降りしきる放課後。

 俺の傘は、柄にあらゆる店から集めたお印テープがベタベタと貼られていた。開くと骨が折れており、破けていた。どんなさし方をしても濡れる。

 俺がため息をついて玄関で立ち尽くしていると、司書の先生が来た。

「これ使いな」

 先生は折りたたみ傘を差し出して、俺がお礼を言う間もなく、行ってしまった。

 あの時、ものすごく救われた。

 何も聞かずにいてくれたこと、そっと傘を貸してくれたこと、すべてが優しさに思えて、俺は救われた。土砂降りだった俺の心に傘をさしてくれた。

 救われた分だけ、いろんなことを美化しすぎていたかもしれない。

 先生の口調は、前から、くそガキを相手にしている時と同じだった。変わっていなかった気がしてきた。

 美化して、ずっとずっとしまい込んで大事にしてた。

 勝手に傷ついていると思って、勝手に自分が傷ついてた。

 宇宙人に記憶を抜きとられる俺の記憶力、覚えていられるってことは、傷ついたと思いながら都合のいい解釈をしていたのかもしれない。

 幸せになってる先生を見て、いや、もうあの頃から、先生は誰かにちゃんと守られて幸せだったんだろうということが分かって、安心した。俺が先生の人生をダメにしてしまったかのように思ってたけど、それも、卑猥な妄想して喜んでいた奴らと大差ない。俺の存在に影響力があったと思いたかった、俺の願望だ。

先生は辞めさせられたんじゃなくて、辞めた。あの先生に司書なんて仕事向いていない。もしくは本業が他にあったのではないかと思えてきた。関わった生徒のことなんかちっとも覚えていない。そうであって欲しい。

青空が広がる傘をよく見ると、同系色でぱっと見気づかないが、「○○健康ランド」と恥ずかしいロゴが入っていた。

返す必要ない気がしてきた。

 愛加の教えてくれた絵本「わすれられない おくりもの」がお土産となった、俺の傷心旅行。繰り返し絵本を読んで、俺は浸った。でも不思議と悲しくなかった。なんとも言えない温かい気持ちになった。いやあ、お父様さまにも是非読んでいただきい。と表紙の折り込みにあったメッセージに反論したくなるくらい、絵本は子供と母親のものだけではないと思った。

 長いトンネルを抜けるように、くだらない思い込みからも抜け出せたような気がする。



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