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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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21.セミの告白

 ブラックコーヒーとカフェラテをそれぞれ飲みながら、楓の話を聞いた。

 楓の姉が高校二年の頃、傷害事件を起こした。姉が父親を刺した。

閑静な住宅街に救急車がきて大騒ぎになったが、警察沙汰にはならない、しないように父親が自分でやったと言い張ったらしい。

 小さい頃から姉は優秀で、教育熱心な父親がしいたレールにはみ出すことなく生きてきた。高校も父親が希望する名門進学校に合格して、自慢の娘だったそうだ。その頃、妹である楓はまだ小学生。すべてにおいて平均以下で、ドラえもんとドラミちゃんと逆で、姉にいいオイルを先に全部使われたから残りカスでできてるとか大人達は平気で笑い話をしていた。

 その姉が、ずっと優秀でいることに疲れ、学校に行かなくなった。プライドの高い姉は自分の能力の限界を認める事ができず、逃げた。その行動を、怠惰だとしか思わない、さらにプライドの高い父は、姉を追い詰めた。

 無学な母は、父と姉との間に入ることはできなかった。楓は、母の精神的苦痛のはけ口にされた。もちろん、姉妹の仲などよくなることがない。

 口論の末、姉が父を刺した。命に別状はないが、父は今まで通りの仕事ができず左遷された。それから、表向きは単身赴任ということで父とは別居している。

 姉は高校を辞めて、ずっと引きこもっている。

 近所でもウワサになり、母は体裁を繕うことに精一杯だ。

 姉の代わりにはならないが、優秀になろうと楓は勉強を頑張った。

 小学校の時は、友達は楓に仲良くしてくれた。小さい頃から知っているからというのと、少しの同情で優しかった。だけど、中学に上がると、新しい友達を作り、楓からどんどん離れていった。楓も気を使って仲が良かったことを隠そうとさえした。大切な友達だと思えばこそ、いじめの相談などできなかった。

 クラスで孤立しないように、LINE交換には応じたが、それがいつしか、いじめアイテムになって楓を苦しめた。

 今もなお、引きこもっている姉の存在は、いつ暴れ出すか分からない凶悪犯みたいに言われているそうだ。

 母親のいい話や、姉妹だから仲いいだろう、なんて一般論並べられると怒りたくなる気持ちが分かる。しかし、じいちゃんのクレーマー事件でいじめられた俺から見ると本当に「ドラマみたいでかっこいい」と言いたくなる背景だ。

「おにたのぼうし」で同じだな、なんて思った自分が恥ずかしくなるくらい。

 いや、いじめの原因に、かっこいいなんてないか。


「そっか。大変だな」

「なんか、この家族は、あたしのことなんてどうでもいいんだな、って思ってた」

「うん・・・・・・」

 なんとも言えない。

「でも、家族にだけ求めるからいけないんだって思った。世界は広い」

「そんなふうに考えられるなんて、すごいな」

「うん。奏田さんのおかげ」

「俺は何も」

 また謙遜してみた。愛加さんのおかげかな。とか言われそうで、俺は構えた。

「ただ話をきいてくれただけで、救われた」

「え」

 何か熱いモノがこみ上げてきた。

 楓の言葉で、俺の自己肯定感が満たされていく。

 二度目だ。一度目は声が好きと言われた時。

 何かしてやろうと思っていない、ただ、俺がいるだけで力になっていると言われて、ああ、役に立っているんだ。ここにいていいんだと思えた。

 楓が俺と同じ所にいると思えるから、そう感じるのだろうか。言葉は違えども、愛加にも存在自体を喜ばれたようなことはある。だけど満たされていく気がしなかった。

 俺は、楓に自分の話をしたくなった。

「俺は中3の時、いじめられてた。じいちゃんがとんでもないクレーマーで、ちょっとした事件を起こして、恨み買われて、悪口言われたり、物壊されたり、無視されてた」

「奏田さんは何もしてないのに?」

「うん、何も」

「学校には行けてたんですか」

「うん。でも教室には入れなかった」

 セミの声と共に思い出され、時折見る悪夢だ。

 傘は折られ、教科書やノートに落書きをされ、上履きがゴミ箱に入っていたりした。そんなことをして何が楽しいのだろうか。俺が、俺のじいちゃんが、お前達に直接何かをしたのか。自分の満たされない気持ちを自分より劣っている者に攻撃することで、発散したいだけだろう。

そんな奴らがいる教室に行くことが苦痛だった。

「一人、下駄箱で汚された上履き見てたら、司書っていうの図書館の先生に見られた。テキトウにごまかしてたら、訳も聞かずに、ただ辛かったら図書室おいでって言ってくれたんだ」

「図書室」

「ああ。俺はその日から図書室に行くようになった。ただ先生はそこにいるだけ。話かけもしないし、本を勧めてきたりもしない。逃げてきた俺を、そっと見守ってただけ」

「それで救われたんですね」

「うん。でも、違うことでもっと傷ついた」

「なんで?」

「美人で若い先生だったから、変なウワサがたって辞めさせられたんだ。図書室で俺と卑猥なことしてるって。年上の女とウワサになった俺は、ある意味一目おかれる存在になって、いじめられなくなったけどな。誰も話かけてこない。もちろん、先生とは本当に何もない」

 二学期、セミが鳴きわめく始業式の日、先生が辞めたことを知らされた。

夏休み前に、俺とウワサになっていたことは知っていた。美人が故、そういうくだらない話題の的にされるのは慣れているという先生の毅然とした態度は、学校や保護者には理解されなかったようだ。俺に浴びせられていた誹謗中傷は別の形になって、先生が全部受け止める形で、すべてが収束した。

「辛いとき、ただ、そっと見守ってくれる人が必要で、そんな人に出会えたのに、俺はその人を傷つけた。自分が我慢すればよかったのかなって後悔するくらい、悲しかった」

俺は愛加には決して言えなかったことを楓にベラベラと話した。

「あたしは、その司書の先生、傷ついてないと思います」

「そうかな」

 俺は、あの時、すごく傷ついた。いじめられた事よりも悲しかった。

 だから、同じくらい先生も傷ついていると思った。

 人として立ち直るためにしてくれたのに、中学生の妄想対象として勝手なストーリー作られて、仕事もやめる羽目になるなんて。

 先生は何一つ悪いことしていない。

 俺が恩を仇で返してしまった。

「奏田さんは、傷ついたけど、やっぱり先生に救われたんですよね」

「うん」

「じゃ、先生がやったこと無意味じゃないですよ。あたしも、そんな人になりたい。いじめられっ子の気持ち分かるから、同じ思いしてる子がいたら、力になってあげられる存在になりたいな。そうしたら、嫌な思いしてたことも無駄じゃなくなる」

 なんだか俺の気持ちがざわついた。

俺を慰めるためか、楓らしくないつまらない小学生の作文みたいな事を言っている。本当にそんな人になりたいのか。俺もいじめられていたと知って、その話をしたことで、何か力になりたいとでも思ったのか。

「そういうのさ、俺、違うと思う」

「え?」

「戦争や震災に遭った人がその経験を生かした仕事をするとか、病気をした子が医者や看護師を目指すのと同じように考える必要ないよ。いじめられた経験を無理に役立てようとしなくていい。それはいじめた奴らの存在を肯定することになる。いじめてくれたから、今の私がいますって。いじめられた過去とずっと過ごさなきゃいけないんだよ。そんなことしなくていいよ。そんな奴らのこと受け入れなくていいんだよ」

「別に、あたし」

「いじめられてたから、いじめられっ子を救えると思うのも傲慢だ。自分の悲しい経験を話して同情を買いたいだけで、寄り添うのとは違う。末期の癌患者が癌の苦しみを誰よりも知ってるからって優秀な外科医にはならないだろ。助ける人になりたいなら、いじめられたことと関係なしにいろんな角度から勉強して、助ける人になればいい。もしも、いじめられた時、助けてくれた人がいてその人に報いたくてそう思うなら、その人を、その存在を裏切らないで、自分が幸せになる生き方をすればいい。するべきなんだ。いじめられた過去があるから、いじめられっ子を救うのが使命なんて、いじめから逃れられない人生が自分の人生みたいじゃないか。そんなの悲しい」

 俺は何かに突き動かされるように、まくし立てた。

 何も目指さない自分が、無慈悲な人間に思えて、思われたくなくて断言した。

 いじめられた過去を隠し続けて、幸せそうに生きてた自分を肯定したかった。

自分がいじめられていたから、楓の話を聞いたと思われたくなかった。

同じような立場だから、経験があるから分かったような気になって、同情してたわけじゃない。楓のためじゃなかった。俺が話したかっただけだ。

 俺は、何を興奮しているんだろうか。

 ただ、言いながら、気づいた。

愛加の夢に向かう姿勢が、やっと理解出来た気がした。

知らないことに引け目を感じることない。知らないから、救えるんだ。

「確かに、楓のくせに生意気だぞ、を背負い続ける必要ないですよね」

 楓は、さっきの台詞はちょっと無理してました、と言ってるような苦笑いを向けた。

「ごめん、なんかキツい言い方で」

「やっぱり、奏田さんと話せてよかった」

今度はちゃんと楓の言葉に聞こえる。

「奏田さんは、やっぱりあたしの先生だ」

 楓は、曇りのない笑顔を向けた。

力が抜けていく。

しまい込んでいた自分の過去を話して、俺の核みたいな物がバラバラになっていく。俺も新しい一歩を踏み出すために、一度壊れて立て直す時なのかもしれない。

俺は完全に弱っている。

図書館でフレデリックを読んだとき、膝にのった小さな少女の身体が俺の中に収まって、柔らかくて、癒やされた感覚を思い出した。

俺は完全に弱っている。

楓のその大人になっていない小さな肩が、愛しく感じた。

触れてみたくなった。

俺は楓を背中から抱き寄せた。

真後ろにいることで楓の視線を遮りたかった。小さな肩は俺の腕の中に収まる。

「楓・・・・・・」

 いつもそう呼んでいるが、本人の前で名前を呼んだことがないかもしれない。

「奏田さん?」

 シャンプーの匂いがして、楓の心臓の音が聞こえた。

正直、俺はここから先どうしたいのかも分からない。楓の肩に顔をうずめた。

「愛加さんと何かあったの?」

「え?」

 楓は俺が思っているよりも冷静だった。

「違った?」

「・・・・・・別れた」

「え!?」

「大丈夫、嫌われたんじゃない。彼女は彼女の夢のために、俺から離れていった」

「新しい夢ってやつ?」

「そう」

 どれくらいか分からないが、無言の時間が流れた。

 俺は何をしているんだろう、何がしたいんだろう。

 分からないけど、楓から離れたくなかった。顔を上げたくなかった。

 何もかも投げ出したい気分で、そのまま楓の背中を抱きしめたていた。

「奏田さん」

 楓は、ささやくような口調で両手をつかんで、目を合わせないまま俺から離れた。

「寝る前に読み聞かせしてください」

「え? 寝るって?」

「お昼寝。眠くなっちゃった。6時には帰るから、2時間は寝られる。ここで寝ていい?」

 傍らの目覚まし時計を確認しつつ、楓は俺のベッドを指さした。

「え、ここに寝るの?」

「本気で寝ます。それとも、Hな事でも考えてました?」

 ものすごい軽蔑するような目で、まさかないと思うけど、という聞き方をしてきた。

「考えてません」

「じゃ、読んでください。寝かしつけの絵本」

 楓は無邪気な子供のように枕元に絵本を置いて、ベッドの中に入った。

「しょうがないな」

 俺は目覚まし時計をセットした。


 三冊ぐらい読んで、気がつくと、楓は規則的な寝息を立てながら寝ていた。

「どこか寝付き悪いんだよ」

 無防備な寝顔を見つめると、子供に読み聞かせをする父親のような気持ちになってくる。俺は、君にとって、ただのコンビニのバイトの人。

 俺にとって、君は・・・・・・



ピピピピピピピピピピピピピピ

 俺は目覚まし時計の音で飛び起きた。

「え!?」

楓はいなかった。

「寝てなかったのか、てか俺超熟睡。夢も見てない」

 俺は弱った自分がしたことを、ものすごく後悔した。

 


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