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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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20/29

20.しろくまホットケーキ

 日曜日、しろくまちゃんのほっとけーきを焼くことになった。

 午前中、材料を買いに楓と一緒に駅前のスーパーに行った。

 買い物かごを片手に二人でスーパーにいる。新しい彼女、というより妹だ。楓の姉ちゃんと同じ年だって言ってたし。俺に妹がいたら、こんな休日を過ごしていたのかと、疑似家族を楽しんで現実逃避をしている。

「小麦粉からやると大変だから失敗しないようにホットケーキミックスにしましょ」

「そうだな」

「あとは、卵と牛乳とバターですか?」

「卵、牛乳、バターはうちにあるよ」

「自炊するんですか」

「ええ、こう見えて」

「愛加さんが作ってくれたり?」

「うん。それもある」

 この話題を発展されることを避けたくて、俺は話をそらした。

「好きな食べ物って何?」

「好きな食べ物ですか」

 楓は、青果コーナーを横切りながらしばらく考えていた。

「ブドウかな。炭酸飲料でもアイスでも、ブドウ味を選んじゃう」

「へえ」

「でも、本物も好きです。特に巨峰。紫色のキレイなやつ」

「うわ、めっちゃ高そう」

 

 ホットケーキミックスとメイプルシロップとファンタグレープを買った。

 ゆっくり作って昼飯にして、午後また絵本でも読もうと、図書館にも寄って、しろくまちゃんを含め数冊本を借りてきた。

「しろくまちゃんのホットケーキ」

 しろくまちゃんがお母さんと一緒にホットケーキを作って、

 大好きなこぐまちゃんと一緒に食べる。

 それだけの話。

それだけの話なのに幸せがいっぱい詰まっている。

ホットケーキがフライパンの上で焼き上がっていく過程の描写は、なんでこんなにワクワクするんだろう。楓も言ってたように、リアルなホットケーキの絵じゃないのに、すごく美味しそうに見えるから不思議だ。

 去年、たこ焼きが食べたくて買ったホットプレートを出した。平面の方は使ったことがない。

 しろくまちゃんは卵を落としてしまうが、楓は上手にボールに割り入れた。すごく楽しそうだ。俺も楽しい。楓がかき混ぜるボールを俺が抑える。

「楽しいですね」

「しろくまちゃんですから」

「じゃあ、焼きますよ」

「おお」

 卵と牛乳を入れてよく混ぜたホットケーキミックスを、お玉ですくって温まった鉄板の上に落とした。

「ぽたあん」

「どろどろ」

「ぴちぴちぴち」

 借りてきた絵本を傍らに、少しずつ姿を変える生地を見つめながら、絵本に書いてある擬態語を二人言い合った。

 ふと、俺、こんなキャラだったけ? と自問自答したくなるくらい童心に返って喜んでいる自分がいる。絵本の擬声語擬態語を当たり前のように使って、同じように見た目が変わっていく小麦粉に密かに感動している。

 ケーキの表面に穴があきだした。

「ぷつぷつ、来ましたよ」

「やけたかな」

「まあだまだ」

 ブランコ同様、なんのプレイだと言いたくなるくらい、分かっていながら楽しんでいる。本当は俺、こういうの好きだったのか。愛加につり合うように一生懸命背伸びをしてた自分が、反動で赤ちゃん返りしているようだ。

 しゅ ぺたん ふくふく くんくん ぽい

「はい できあがり」

「I Love You」を訳したくなるくらい、まん丸な満月みたいに焼けた。

お皿に乗せた。

 しろくまちゃん並にたくさん焼いた。こんなに焼いて食えるかよ。明日の朝ご飯もこれだな。楓はお土産に持って帰るか。

 疑似兄妹のお料理教室、ふと我に返る。

楓はきっと親に、大学生の知り合い、愛加と一緒に作ると言って出かけてきているんだろう。それを俺が知っていることは、楓は知らない。

 愛加と別れたことを黙ったままで、こうやって楓と二人で何かをすることは、愛加を裏切ることにはならないよな。楓をだましていることにはなるのか。

 焼き上がったホットケーキの上をバターが溶けながら滑る。

メイプルシロップをいっぱいかけた。

この世界は、何も悪いことがないような、幸せな甘い香りがする。

 今は、面倒くさい背景は無視して、ただ、ホットケーキを食べることを楽しもう。

 ファンタグレープはスパークリングワインみたいで、ちょっとしたパーティー気分だ。

 ホットケーキを食べよう。

 こぐまちゃんとしろくまちゃんみたいに食べよう。

 こぐまちゃんとしろくまちゃんみたいに楽しかった。


 食べ終わって、ちゃんと片付けもした後、また何冊か絵本を読んだ。

俺の読み聞かせも、だんだん、それなりに上手くなってきた。下手でいいというけど、やっぱりあまりに棒読みで滑舌が悪いのは聞き苦しいから、ある程度は上手い方がいい。

 もともと絵本はそういうのが多いのかもしれないが、俺は動物が擬人化された作品を多く選んでいた。種類の違う動物同士が仲良しの世界で、いろんなことを語りかけてくる。安全な絵本の中で、世界は楽しいことで満ちあふれていると、みんな笑ってる。

 安全なところにいる人が言う言葉が上から目線でムカつく、それは本当に卑屈な考え方だなと思えてくる。君もここにおいでよ、大丈夫だよ、と種族を超えて手をさしのべてくれているのに。

 俺は改めて借りた『からすのパンやさん』をじっと見つめた。四十年以上も前に書かれた作品とは思えない。古くささがない。今読んでも面白い。

 この年になって絵本の面白さに気づいて、俺は今まで何をしていたんだろうと後悔する。小さい頃からこういうものに触れてきた子が、心豊かで自己肯定感が高くなるという話は、分かる気がしてきた。でも、それは早くから読んであげれば差がつくとか、そういう時間の問題じゃない。読んでもらう、読んだ経験が何かに繋がる。

その経験は、今からでも遅くない。

「俺、絵本読んであげるなんて言ったけど、絵本ってそういうもんじゃないな」

「どういう意味ですか?」

「声に出して読むのは俺でも、絵本は一緒に読むもんだな。読んであげるなんて上からのものじゃない。読んでる俺も何かもらってる」

 自分で言って、フレデリック級に、俺詩人だな。と思った。

「財産、ですか」

「うん」

 二人、『からすのパンやさん』をぼんやりと見つめていた。

「これに落書きしようとしてたなんて、あたし、本当にバカですね」

「そういえば、そんなことあったな」

「リンゴちゃん・レモンちゃん・チョコちゃん・オモチちゃん、黒くなくていいです」

「うん」

「死なないで、よかった」

「ほんとだよ」

 楓が他の絵本を手に取った。

「奏田さんって、この人の本好きですね。レオ=レオニ」

「うん。好きだな。とくにネズミの絵が好きだ」

 レオ=レオニの「アレクサンダとぜんまいねずみ」

 絵はフレデリックに似てるってか、同じ顔だ。

「じゃあ、今度は、あたしが読みます」

「おお」

 楓が俺に読んでくれた。

 サブタイトル「ともだちを みつけた ねずみの はなし」

  アレクサンダは、みんなにちやほやされてる、ぜんまいねずみのウイリーが羨ましい。

  ある日、生き物を違い生き物に替えてくれるトカゲの話を聞く。

  トカゲは、月がまん丸の日に紫色の石を持ってくれば、願いを叶えてくれるという。

  ぜんまいねずみになりたいアレクサンダは小石を探す。

  しかし、新しいオモチャがきて、ウイリーが捨てられることになった。

  探し続けていた紫色の小石を見つけ、アレクサンはトカゲの所へ行く。

  ウイリーをボクみたいな、ねずみにしてくれとトカゲに頼む。

  ただのねずみになったウイリーとアレクサンダは夜明けまで踊り続ける。


 自分の憧れの世界が儚いものだと知り、相手を救うことによって自分も幸せになれた。

 すごい幸せを手にしたなと思った。


「友達か、いいな。あたしも紫色の小石見つけようかな」

 落書きしようとした時のような、何かを恨むような楓の表情は減った。だけど、すべてが解決したわけではないようだ。

「最近、いじめはあるの?」

「あるのか、ないのか。存在無視されて孤立してる。だから友達と呼べる人はいないかな」

「そっか」

「でも、こういうもんだって思えば、別に辛くない。ドラマやアニメとか、友達がいっぱいいて学校が楽しいのが普通、それができないと不幸、みたいに言ってるけど、そんなことないなって」

「そうだな。そんなのドラマやアニメの世界の話。みんな必ず親友がいて卒業式号泣するくらい学校が楽しい、なんて当たり前の話じゃない」

 仲のいい家族、自分を理解してくれる友達、簡単に手にはいるもんじゃない。

「奏田さんも中学時代、友達いなかたんですか」

「え、ああ。そうだね、みんな離れていった」

「いじめ、とかですか」

「まあ、そんなもんだね」

 どこか納得したような顔をしたように見えた。楓が俺を選んだのは、同じような経験をした人特有の何かを感じたからじゃないかとずっと思っていた。

 でも、同情で相談に乗っていると思われたくなくて黙っていた。

「あたしのいじめ、お姉ちゃんが原因って言いましたよね」

「ああ。だから、愛加の言葉に反発したくなったんだろ」

「はい。でもお姉ちゃんなのかな。お母さんなのかな。お父さんなのかな。よく、分からなくなってきました。とにかく、あたし家族の一員扱いされてない気がして」

「今更だけど、そもそものきっかけって何だったの?」

「ドラマやアニメみたいですよ」

「聞かせてもらいましょうか」

 俺は立ち上がり、マグカップを二つ用意し、インスタントコーヒーを入れた。



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