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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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17.フレデリック

 俺は図書館に出かけた。

 「フレデリック」で検索をして、だいたいの本棚の場所と在庫がこの図書館にあるかだけ確認した。番号や出版社名まで見ればすぐに見つかるだろが、自分で見つけたい気分だった。

 絵本コーナーで、記憶を頼りにフレデリックを探す。

 確か、白い本。

 クツを脱いであがるスペースで親子が本を読んでいた。「カラスのパンやさん」を読んでいた母娘だ。よく来てるんだろう。その近くの小さな机と椅子で、絵本を数冊積み上げて、四十代ぐらいの女性が二人、本を選んでいた。

 女子に大人気の店に入るような、微妙に俺には場違いのような空間だった。しかし、フレデリックがあると思われる棚はクツを脱がなきゃ届かない。母娘を横切って壁際の本棚を見た。

 背表紙だけが白い本は結構多い。一冊ずつ確認するかのように探すとレオ=レオニが数冊あった。その中に、スイミーとフレデリックを見つけた。

 俺は、場違いな雰囲気も忘れて、旧友に再会したような気持ちでその本を棚から出した。

 表紙のフレデリックは眠そうな目をしていた。

 「フレデリック」というタイトルの下に「ちょっと かわった のねずみの はなし」とサブタイトルが書いてあった。訳は谷川俊太郎。この人も教科書でおなじみの人だ。

 俺は絵本をそっと開いた。


 冬ごもりのために、のねずみたちは働いている。

 だけど、フレデリックは、おひさまのひかりを集めているとか、色を集めてるとか、言葉を集めてるといって何もしない。寝てるみたいだと、みんなも腹を立てだした。

 冬ごもりが始まって、最初はよかったけど、集めた食料もわらも、はなしのタネも尽きてしまった。こごえそうで、おしゃべりすする気にもなれない。

 だけど、フレデリックが集めたひかりのおかげで魔法みたいにあたたかくなり、フレデリックが集めた色のおかげで心のなかに色を見て、フレデリックが集めた言葉を聞いて、のねずみたちは「きみって詩人じゃないか!」と拍手喝采。フレデリックは、恥ずかしそうにいった「そう いう わけさ」と。


 愛加が力説していた。

「長く読まれて愛されてる絵本って、余白がすごいの! フレデリックもね、読むたびに違う気持ちになれる。いろんな発見があるの」

 子供の頃、初めて読んだときは、のねずみたちと同じ気持ち。フレデリックだけサボってて、ずるい。一体何をしてるんだ。何がしたいんだ。分からないところがちょっと嫌だった。だけど、全部読んで、ああ、そうか。って思う。

 二回目からは、フレデリックの活躍を知ってるから、まあまあ見てて、フレデリックのおかげで君たち、楽しくなれるんだから、って神の視点になる。

 そして、成長して読み返すと、ちっとかわったのねずみのフレデリックは、みんなと同じように生きられない不器用な自分に寄り添ってくれる気がする。自分みたいだって思うこともある。

 もっと、大人になって子供に読んであげる側になったら、足並みそろえて成長しない子を、ダメな子だなんて見ちゃいけない、って教えてくれる。その子なりのペースでできることをやっていけばいい。

 もっとも、もっと、ひとそれぞれ、読み方がある。あっていい。

 そう、言ってた。

 文化祭での奏田君は確かにこんな感じだ。

 でも、この先、フレデリックはどうしたのだろうか。

春になって、どうしたのか。

これから先の自分にも何かを教えて欲しくて、赤くなっておじぎをしている最後のページのフレデリックを俺はじっと見つめ続けた。

「おにいちゃん、どうしたの?」

「え」

 絵本を持って固まってる俺が奇妙に見えたのか、カラスのパンやの娘が声をかけてきた。別にこの子は、カラスじゃないけど、そう呼ぶ。

 三歳ぐらいの可愛い子だ。お母さんが「すみません」と言いながら、俺から離れるように促すが、何も悪くない。純粋な子供の目で訪ねられると、ウソはつけない。

「お兄ちゃんな、フレデリックに似てるって言われてたんだ」

 俺は、表紙のフレデリックの顔を真似た。

「にてる」

 娘は面白い物を見つけたかのように、嬉しそうに答えた。

「そっか。嬉しくて、懐かしくて、じっと見てた」

「よんで、よんで」

 あぐらをかいてた俺の膝の上にその子は、ちょこんと座った。

「すみません!」とまたお母さんが俺のそばに来てその子を抱きかかえようとしたが、俺は笑顔で制した。

「いいよ。でも、上手に読めるかな」

 俺が、内表紙の後ろ向きのフレデリックを見つめながら自信なさげに呟くと、

「下手でいいんですよ」

 絵本を選んでいた女性二人の一人が言った。

 俺とこの親子のやり取りを微笑ましく見ていたようだ。

「読み聞かせって、余白残してあげないと絵本の世界で楽しめなくなりますから。読み手が感情を込めすぎると、想像力を狭めちゃって逆に伝わらないこともあります。文章をそのまま読むくらい、単調で、下手でいいんですよ。あ、すみません、私たちボランティアで読み聞かせをやってるんです」

「そうですか」

 愛加も似たようなこと言ってたな。そういう関係の人っぽい。

「それに、男の人が読むっていいですよね」

 読み聞かせボランティアのもう一人が嬉しそうに言いだした。

「絵本を読み聞かせるのはお母さんの仕事みたいなイメージ、よくないですよね。読み聞かせ用名作全集の本にもよく<母と子>って書いちゃってるぐらいだから、しょうがいないけど。でも、お父さんの読み聞かせって、いいですよ」

「そうですか」 

「将来のためにも練習しといたらどうです」

 見合いを勧める世話焼きのおばさんみたいに言われた。

 お父さんの読み聞かせか。そんな日が来るのだろうか。彼女と別れてから数日の俺には虚しい未来予想図だが、将来、誰かに読んであげられたら幸せだなと思った。

「よーし、読んでやろう」

 「やったぁ」

 お母さんはしきりに下りなさいというが、俺は膝の上に娘を乗せたまま絵本を読んだ。

読み聞かせの人たちみたいに、本を相手に見せて自分は横目で読むなんてできない。同じ目線で読む方が楽だ。


 うしが ぶらぶら あるいている。 うまが ぱかぱか はしってる。・・・・・・

 そんな まきばに そって, ふるい いしがきが あった。

 

 絵本独特の文字と文字のスペースが新鮮だ。

 ツイッターとかで、句読点を使わずにこういう文章書く人がちょっと嫌いだった。きっと絵本や子供向けの文章にだけ許された書き方だと思うからかもしれない。 

 俺はカラスの娘にせがまれ、何冊も読んだ。

 絵本の世界と、娘の無垢なその存在に癒やされた。

 弱りきってる時って、柔らかくて、完成されてない、ただ可愛いだけのふわふわした物に身を委ねたくなる。犬や猫が無性に可愛くて癒やされる感覚に似てるかもしれない。


 「絵本は一人で読んでも楽しいけど、

誰かに読んでもらおう。読んであげよう。

絵本は読む人と読んでもらう人のコミュニケーション。

その思い出はかけがえのない財産になります」


 本屋のPOPを思い出す。

 読んであげるのも、財産だな。



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