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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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16/29

16.スイミー

 季節は秋から冬へと少しずつ変わっていく。

 コンビニ店頭ののぼりも温かい商品に変わっていき、クリスマスケーキの予約受付も始まった。

「奏田くんクリスマスイブ大丈夫なの?」

 シフトを考えている店長が聞いてきた。

「はい」

「クリスマスと二日間とも入ってるけど、美人の彼女とは予定合わなかった?」

「振られました」

「そーなんだ!!!」

「嬉しそうですね」

「いや、そんなことないよ~」

 なんで君の彼女があんなに美人なんだ。そうか、やっぱり振られたかー。という心の声が聞こえてくる。しかもクリスマス前に別れたなんて、面白くてしょうがないだろう。

「働いてもらえると聞いて嬉しいよ。24日、25日と予約したケーキ。宅配して欲しいだ。サンタの格好で」

「そんなサービス始めたんですか?」

「二週間前のまで予約のお客様のみ、今年は金曜だから、イブより25日の方が注文多いかな。今のところ、このエリアのご予約いただいてます」

「結構、ありますね」

 俺は、店長から予約伝票を見せられた。

 その中に、見覚えのある名前を発見した。



 学祭がきっかけか、クリスマスや年末に備えてか、大学内を歩く人たちのカップル率が上がったような気がする。俺の「知り合い」たちも、いつの間にか手近なところで彼女を作ったようでよく女の子と二人でいる。おかげで会っても声もかけてこない。結局、愛加ありきの俺だったのか。

 別に友達を作ろうとも思わない。

 教壇がステージみたいになってる大きめの教室の講義で、俺は上の方の端っこの席に座った。

 言葉として耳に残らない教授のしゃべり方は、心地よい子守歌を奏でて真面目に聞いてる学生はあまりいない。履修した人数が多いから、この広さの教室になったんだろうが、毎週人数が減っていて、席はスカスカだ。

 俺の斜め前の席の女子三人が全く授業を聞いていない様子だ。

「見て見て、これ超可愛いでしょ!」

「はらぺこあおむし」

「ぬいぐるみ?」

「ペンケースなの!」

 ぬいぐるみ型のペンケースを見せて盛り上がっている。

 あおむしだ。絵本のはらぺこあおむし実写だ。実写とは言わないか? 

 でも色の配色は完全に絵本のまんまだ。

 俺は気になって、あおむしを見ながら、三人の会話を聞いてしまった。

「懐かしい。この絵本よく読んだ」

「穴開いてるやつだよね。指つっこんだりした」

「したした」

 ああ、俺もやったことある。大学生になってから。

「この作者って、スイミーも同じだっけ」

「スイミー! 懐かしい。国語の教科書にあったやつ」

「そうそう。ぼくが目になるよ。ってやつ」

「あった。あった」

 違う!

 同じじゃない!

 『はらぺこあおむし』は、エリック・カール

 『スイミー』は、レオ=レオニ

 俺はツッコミたかった。

 いつの間にか絵本に詳しくなってた俺。

 とりわけ、レオ=レオニには思い入れがある。


 去年、バイト中の俺に、高校時代の学年一の美人、堀川愛加が声をかけてきた。

「奏田くんだよね」と言われても一瞬分からなかった。ただネームプレートを見て、この字で「かなだ」って読むんだよね、そういう意味で聞いてきたのかと思った。

 出身高校と名前を言われ、やっと記憶が繋がったが、俺は堀川愛加に話しかけてもらえるような存在ではない。俺の名前を知っていることに驚き、バイトの終わる時間を聞いてきたことに恐怖に近いものを感じてしまった。

ネズミ講?

宗教の勧誘?

選挙近いから、お願い?

悪い想像しかなかった。

 しかし、ここでちゃんと話をしておかないと、毎回店に来られてしまうかも知れない。避けることによって、女性にそういう警戒心を抱いているダサい俺をさらけ出すようで、虚しくなるので、あまり邪推しないことにした。

 その日は8時に終わるというと、向かいのカフェで待てると言われた。

 奥でチラチラ見ていた店長が、お前にあんな美人の知り合いがいたのか!と、はしゃぎつつも、誘われた理由を冷静に分析して、先に俺を慰める。その分析は俺の想像とたいして変わらないので、そんなこと言われなくても分かってると思った。

 

 待ち合わせのカフェに行くと、予想以上に愛加が緊張していて、俺に会えただけで嬉しいくらいのけなげの笑顔を見せた。

 一度も話したことがなかったが、お高くとまったところが一切無い。俺を見下すような発言はひとつもない。ああ、きっとデート商法だ。俺を持ち上げて、いい気持ちにさせて、英会話教材とか売りつけられるんだ。そう思いながらも、愛加との時間が永遠に続けばいいのにと、どっぷりハマっていく。

 きっと、他の客から見れば「ああ、あいつ鴨にされてる」と思われるぐらい、全然つり合ってないんだろう。

 騙されてもいいか。少しだけ、そう思った時、愛加が語り出した。 

「奏田くんってね、レオ=レオニの絵本、フレデリックに似てるなって思ったの」

「フレデリック」

「ねずみの名前。あ、レオ=レオニって分かる? 国語の教科書に出てきた『スイミー』の作者」

「スイミーってコイの餌」

「コイの餌?」

「鯉、魚の。♪鯉もおなかが減るのかな~?ずっと泳いでいるんだもん、きっとおなかが減るんだね。スイミーよく食べる、スイミーって、CM」

 俺は堀川愛加と二人きりで話してるということに、もう舞い上がって、会話を止めてはいけないと思って、店の中だというのに昔のCMソングをフルコーラスで歌ってしまった。

 愛加は笑った。

「何それ?」

「オヤジが歌ってた鯉の餌のCMソング。オヤジが子供の頃、みんな歌ってたって」

「一度聞いたら、歌えちゃうね」

「だろ」

「でも、私の言ってるスイミーは餌じゃないよ。魚の方」

「ごめん」

 そして、俺は覚えてない国語の教科書に載ってる名作「スイミー」の話を聞いた。

 そして、同じ作者の「フレデリック」というネズミの絵本の話につながる。

「文化祭の準備の時さ、奏田君だけ、みんなと違うことしてたの。協調性のない人だなーって思った。それを見て陰口叩いてる人もいたぐらい」

「ああ、ああいうの苦手で」

「そっか。けど当日、お客さん、普段学校に来ないような保護者の人たちが、どこに何があるのかって聞いてきて、奏田君は何も見ずに答えて、すごくわかりやすい案内してたの」

「何組の展示はどこだとか、どういうルートで行ったら近いかとかずっと考えてたから」

「そうだってね。先生が言ってた。それ知って感動しちゃった」

「たまたま」

「ただ、自分ができること、自分のペースでしてただけ?」

「そう」

「そこが、フレデリックぽい」

「へえ」

「私、そういう人、好きなんだ」 


 スイミーが恋の餌になったのか、次に会う約束をして、次の次に会う約束もして、俺たちは付き合うことになった。

 もう、俺は信じられなかった。

 ずっと、ずっと信じてなかった。

 愛加が俺のことを好きになるなんて事。



 ノートに涙が落ちた。

 やべ。穴が開く。おあむしに食われる。

 俺は顔を伏せて、教授の子守歌にやられたフリをした。



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