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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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15/29

15.用意されてた日

 上塗りされた幸せな今を確認するかのように、久しぶりに愛加にあった。

 約束の紅葉デートだ。

 イチョウ並木が有名な公園に行った。イチョウは雄雌あるらしく、ここの木は全部雄なのでギンナンができず臭くない。半分落葉して黄色の絨毯が敷き詰められ、視界の全てが黄色で、愛加流にいえば絵本の世界みたいだった。

 そこで笑う愛加は、本当に現実感がなかった。

 じいちゃんのおかげで、かいつまんで嫌な過去をフラッシュバックしてきた俺にとって、愛加と過ごした1年ちょっとの日常こそが非日常に思えてくる。ずっと俺は絵本の中にいたのかもしれない。本気で絵本の世界に迷い込んだのではないかと錯覚しそうになる。 

 愛加は知らない。俺の過去。

 愛加には話したくない。今を一緒に生きたいから。

 いや、話してしまったら、愛加は俺を選ばないんじゃないかって思う。

 やり直した俺だけを、見せたい。


 愛加は、じいちゃんの話は聞いてこなかった。悲しいことだろうから自分で話さないなら敢えて聞かないよ、という優しさを感じた。

 愛加は、会わなかった間の自分のことを話始めた。

「私ね、付属の四大に編入することにした」

「え、じゃあまだ卒業じゃないんだ」

「うん。幼稚園の先生になるのはもうちょっと先」

「一緒に、卒業か」

「そうだね」

 同じタイミングで卒業。それはそれで大変だけど、愛加が先に「先生」として社会人になって、自分が置いていかれる不安が少し和らいだ。

「でも、なんで?」

「うん・・・・・・。やっぱり、傲慢だったなって分かった」

「傲慢?」

 愛加が傲慢な態度をしたことがあっただろうか。

「すべてにおいて、私の考え方ってほんとに浅いなって。自分が思ってるほど努力してなかった。分かったようなこと言っても全部知識の押しつけでさ、一番信用できないタイプなんだろうなって感じた。幼稚園の先生になるにしても、もっと子供の気持ち分かるようにならなきゃって。もっと、もっと専門的に勉強しなきゃダメだなって思ったの」

 そういう意味か。自分の無知を知りもっと上を目指す。足りなかった自分を傲慢だったと言える厳しさは、全然傲慢じゃない。

「すごいな」

「ある意味、伸のおかげ」

「え? 俺は、何も」

「そうだね。伸じゃない。楓ちゃんのおかげな。私の言葉まったく届かなかったから気づいた」

 謙遜したつもりだったが、思いっきり伸じゃないと言われ俺は何も言えなかった。

 楓のおかげか。

「楓ちゃん、可愛いから、簡単に慰めてくれる人は沢山いると思う。ぬくもりを愛情と勘違いして、自分を安売りだけはしないで欲しいな。赤ちゃんじゃないんだから、抱きしめればいいってもんじゃない。もっと精神的なつながりを求めてると思うんだ。私、いろいろ勉強して、そういう子の力になりたい」

「愛加ならなれる」

「ありがとう」

 どこか寂しそうな顔をして笑い、愛加は俺の手を握った。

 俺は握り返し、手をつないでイチョウ並木を歩いた。

 なんだか、いつもと違う気がした。

 卒業が同じになるのに、愛加が急に遠くに行くような気がした。

 元々釣り合わなかった、愛加と俺の格差が、さらに広がってしまったような気がした。

 愛加のぎこちない笑顔を見て、和らいだはずの不安が、二倍になって返ってきた。不安材料の中に楓がいることが、愛加を裏切っているような気にさせる。俺個人の卑屈な感情によるものではなく、いろんな感情がこじれている。

 愛情か、同情か、友情か。

このイチョウ並木が長いトンネルのようで、この道が終わったらどこにたどり着くのか、怖くなった。すべてが黄色の世界で、少し頭が混乱してるだけだと思いたかった。

 黄色の絨毯を踏みしめながら、愛加が少し申し訳なさそうに話し始めた。

「私、ずっと伸にちょっとだけ、ウソついてた」

「何を?」

「私、本当は伸のこと一年の頃からずっと見てた。三年の文化祭がきっかけだって、言ったけど、本当はあれだけじゃない。もっと前から知ってた。図書室にいる伸を三年間ずっと見てた」

「図書室?」

「うん。時々いたよね。だけど、絶対本は読まないの。図書委員でもないのに、無造作にしまわれた本を整理したり、落ちてるゴミを拾ったり、ただ図書室を大事にしてるの」

 誰にも知られていないと思っていた俺の姿を、愛加は、ずっと守ってきた大切な話のように語り出した。秘密をばらされているかのような恥ずかしい気持ちがこみ上げて、言い訳も思いつかない。

「あの人、何してるんだろう。何がしたいんだろうってずっと思ってた。図書室に来て何も読まないって所も気になった。だんだん、ああこの人は図書室とという空間を大事にしてるんだなって分かった。絵本に出てくる妖精みたいだなって。そう思ったら声も掛けられなかった」

「妖精か」

「妖怪よりはいいでしょ。正直、好きとか、その時は思わなかったよ。でも、ずっと気になってた。卒業して、コンビニで見つけたとき、絵本の中の人に会えたような気持ちですごくドキドキしたの。楓ちゃんじゃないけど、コンビニの店員としてしばらく見ていた時期もあったんだよ」

「知らなかった」

 愛加は何か言いたげな笑いを浮かべて、つないだ手を強く握りなおした。

 イチョウ並木が終わった。


 公園の外にでても、街路樹の紅葉が続き、美しい風景はまだ続いていた。もみじみたいな形だけど、それよりもずっと大きく、赤く色づいた葉が落ちていた。

「楓の木かな」

 愛加が意味深につぶやいた。

 今、楓の話題は出したくなくて、俺は話をそらそうとした。

「楓って、メイプルシロップだっけ。瓶にこの葉っぱの絵描いてあるよね」

「そうだね」

「パンケーキでも食べに行きますか?」

「今日は、これで帰る」

「なんか用事?」

「夜まで一緒にいたら、決心着かなくなっちゃうから」

「なんの?」

「・・・・・・伸、別れたい」

 何度も覚悟していた言葉が耳に入った。

 この言葉に対する台詞の準備もできている。

 そっか。分かった。 

 だけど、言えなかった。

 パンケーキは夕飯にならないな、今夜のおかず、秋刀魚でいいかしら。

 そんな台詞みたいに、はぐらかしてみたら、聞かなかったことにしてくれるだろうか。

 俺は愛加を見た。

 こんなに、愛加を直視したのは、今までないんじゃないかってぐらい、愛加を見つめた。

 透き通るような肌、長い睫、黒目がちの大きな瞳、整った鼻筋に、上下均等な唇。

「別に、他に好きは人ができたとか、伸のこと嫌いになったわけじゃない。さっき、言ったけど、もっともっと、勉強するため。自分の夢のため」

 その言葉にウソはないと思った。

「そっか」

「勝手なこと言って、ごめん」

「いや、愛加は俺にはもったいない」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「いつも言うね」

「もったいなくて、こんな俺じゃ申し訳ないって、いつも思ってた」

 愛加は、手を離してゆっくりと俺から離れて歩き出した。数歩先で止まり、振り向いた頬に涙が光っていた。相変わらず、朝ドラヒロインみたいだ。

「私、知ってるよ。楓ちゃんが伸に電話で相談してるの」

「え」

「この間、楓ちゃんのお母さんに会った時に言ってたの。楓ちゃんがいないところでね。最近、楓が公衆電話でわざわざ電話掛けてるって。誰と話してるのかって聞いたら大学生の知り合いができて相談にのってもらってるって。お母さんは電話の相手が私だったと思ってるけど、伸だよね」

「それは」

「ショックだった」

「だから、それは」

 愛加の思っているような関係じゃない、と言おうとしたら愛加は断言した。

「伸が楓ちゃんの事が好きで隠してるなんて、100%思ってない。自惚れてるかも知れないけど、そんなふうに思ったことは一度もない」

「だったら、なんで」

「そういうんじゃなくて、ショックだった。秋刀魚焼いた日、楓ちゃんが昔の自分に似てるって言ってたよね。あの時、私には分からないって言い切ったよね。かなり傷ついたんだ」

「ごめん」

 冷静に考えれば、酷いことを言っているかもしれない。

「大丈夫。私、そういうの慣れてるから。友達でもそう。小学校の頃からそうかな。友達に好きな人ができたり、彼氏できたり別れたりって話、いつも私だけ事後報告なの。愛加には内緒ねって言い合って他の子は事細かに経緯を知っててさ。一度、なんで教えてくれないのって聞いたら、好きになってもらえない人の気持ち、愛加には分からないだろうからって言われた。そんなことない、って言うの自体嫌味だって言われて。もう何もできない。だから、一緒にいる友達は沢山いても、深い所ではいつも一人ぼっち」

 愛加の声がだんだん涙声になっていた。

 確かに愛加には、一緒に食事する友達はいても、同性の親友がいるように見えなかった。美人はそういうものだと思っていた。美人として生まれ生きてきた人には、そうじゃない人達の気持ちなんか分からないんだろう。皮肉や嫌味じゃなくて、本当に分かるチャンスに恵まれていなかったんだろう。そう思うところはある。

 秋刀魚の時の、愛加と楓のやり取りを思い出すと、愛加には分からないと思えた。

「楓ちゃんと伸が何話してたか知らないけど、伸がいいんじゃなくて、私がダメなんだなって思っちゃった」

「そんなことない」

 俺の声が好きだから。

 同性だと逆に言いにくいから。

 愛加という彼女がいるから害がない俺がいいんだ。

 楓が俺を相談相手だと任命した理由を、愛加に説明しようと思ったが、それは結局、愛加ではダメだという同じ答えがでるような気がした。

「もっと、ちゃんと勉強する。私、知らないことが多すぎるから。きっと、伸と楓ちゃんには分かるものがあるんだなって思った。二人がどんな人生を歩いてきたか知らない。今更、知りたくない。悔しくて。知らないことは勉強するしかない。いつかこの人なら分かってもらえるって人になるから。だから、このまま、伸のそばにいたらダメなの。私、甘えちゃうから」

「愛加は甘えてなんかいないよ。何も」

「ね、ほら、そうやって優しいから。伸は私のこと絶対悪く言わないから」

 愛加の友達が言うように、嫌味に聞こえた。

 俺の存在が、夢のために頑張る愛加の邪魔だ。そう言われた方がいい。

 俺が彼女を甘やかす、だから俺から離れていく。そんな別れ方、考えたこともない。

 俺もじいちゃんの血をひいているのかもしれない。

 相手の言葉尻が気に障って、苛立ち始める自分がいる。コンビニのクレーマーとは違って、ずっとずっと、俺のそばにいた、俺の横にいた愛加が、正面を向いて予想外のことを言っている。俺は、素直でいられなくなっている。

 自分はどうしたいのか分からない。

 楓よりもっと大人な愛加を、ただ抱きしめてなんとかなるとは思えない。

 彼女の将来に対する真面目な姿勢を壊したくない。

 いつか振られると思いながら、一緒にいた。

 理由はどうあれ、こうなる日は用意されていた。それが、十年後か、五年後か、卒業してからか、来年か、来月か、明日か、今かの違い。

「今まで、ありがとう」

 愛加は深々と頭を下げた。

 決心したのだから、もう何も言うなと言っている。

 夕日が沈みはじめ、空が赤く色づいていく。

 夕焼け空と、赤く色づいた楓の葉に囲まれて、今度は視界いっぱいに赤の世界が広がっている。

 俺と愛加の関係は、黄色から赤へと変わっていった。

 手をつないで、ギリギリ一緒に歩いてこられたけど、もうダメだ。

 やっぱり、愛加は別世界の人間なんだ。

 見ている世界が違う。

 図書室の妖精の意味も正直分からない。

 俺のことをどう解釈して、素敵な妖精に仕立て上げてしまったのだろうか。

 愛加は、元々居る場所が違うのに、他の人も自分と同じことができると思って自分を特別視していない人だ。

 いろいろなものを持っている人だ。努力し続けている人だ。もっと上を目指すべき人だ。

 もっと、もっと、上に行くために、俗世界にいる俺から離れるんだ。

 大きな夢を掲げて、新しい一歩を踏みだそうとしている彼女の存在が大きすぎて、重くなっていく。

 もっと、きちんと彼女を見てくれる相応しい人と幸せになってほしい。

「分かった。頑張って」

 それが最善の答えのように感じた。

「ありがとう」

「こちらこそ」


 俺は愛加の背中を見送った。

 はじめから用意されていたこの日。

義務教育の卒業みたいに自動的に訪れた。寂しいけど、どこか当たり前のような、何かから解放されたような、優遇期間が終わって自分に見合った日々が待っているような、よく分からない気持ちだ。

 愛加は俺よりずっと大人なんだ。

大人になりきれない俺には、キラキラしすぎて煩いんだ。

 楓の落ち葉が舞う道で、俺は秋の空に沈む夕日をながめてそう強がった。


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