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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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14/29

14.死んでも意味ない

 形だけのじいちゃんの葬式が行われた。

 葬儀場を出て火葬場に向かう霊柩車。一度、自宅の前を通っていく。その後ろを走る車の中から、普段は自転車か歩いてしか通らない道を俺はぼんやりと見ていた。

 じいちゃんのせいで、この街の風景が嫌いだ。

 自宅、小中学校を背に車は走り、短いけどトンネルに入った。

この道は、トンネルを出てすぐにある大型スーパーに行く人たちで、休日はすこしだけ渋滞する。赤いテールランプが連なって、人魂みたいに見えた。

 このトンネルを抜けると、あの世に行けるような気がする。

 アナグマが通った長いトンネル。

 このトンネルは短いけど、長いトンネルに思えた。

 これを抜けたら、俺のずっと抱えてたものもなくなって、軽くならないだろうか。


 火葬場について、読経の中じいちゃんの棺桶が火葬炉の中に入れられていく。

 ばあちゃんの時、こうやって人は骨になるんだなと、一通りの儀式みたいなものを知った。あの時は小学生だったから、怖いような口には出せないが少し面白いような、だけど、悲しい気持ちだった。

 今は、何も感じない。

 感じないというか、諦めに近い感情で、ただ今、目の前にあることをこなしているような気持ちだ。心のどこかで、何か変わるような期待をしていたのに、何も変わらないことに失望している。

 死んでも意味ない。

 そんな気持ちでいっぱいだ。

 俺を苦しめた元凶が、死んで、灰になっていく。

 すべてが、終わると思っていたのに。

 火葬炉の扉が閉まった。

「伸、ごめんね」

 横で母ちゃんが、つぶやいた。

「何が?」

「長かったね」


 中学で孤立した俺は、猛勉強して、この学校の奴らが誰一人いかない高校を目指した。無事、合格した。少し遠い所にあるので、朝は早い。帰りも遅い。地元の奴らに関わることもないし、じいちゃんと二人きりで過ごさなければならない時間もない。

 俺は高校でやり直した。

 やり直せた。高校生活は、ごくごく平穏に過ごせた。じいちゃんの影響もない。

 じいちゃんは近所の人たちには人当たりが良かったので、家の中で関わらなければなんとかなった。

 しかし、二年の夏というのは、魔物でもいるのか。

また事件が起きた。

 すべてにおいて自分の力に過信しているじいちゃんが、事故を起こした。親父の車で、アクセルとブレーキを間違えて寺に突っ込んだ。

 勝手に乗るなと言ってあったのに、ばあちゃんの命日だからと墓参りにでかけた。どうしても行きたいという気持ちは汲んでやりたいところだが、最近、運転がおぼつかない。電車で行くという手段もあったのに、反対を押し切って車で出かけた。

 途中の道ではなく、ばあちゃんの墓がある寺の敷地内だったのが、せめてもの救いだった。駐車場と寺務所を仕切るブロック塀に激突し、駐車場と書かれた看板が変形した。看板は元々さび付いてて多額な賠償を要求されることはなく、じいちゃんを含めケガ人はなく、車は保険がきいた。

「まったく、そのまま墓に入っちまう所だったよ」なんて冗談を言って、じいちゃん自身がその話を武勇伝のように広めていた。

 しかし実際それは全く笑えない冗談であり、後期高齢者を野放しにしていたウチに対する、世間の風あたりがどんどん悪くなっていた。家でじいちゃんを一人にしていることを非難する者が現れ、母は追い詰められた。

 その事故のせいで、じいちゃん自身も急に年寄りぶるようになり足腰が痛いと言いだし、母は病院通いや介護に近いことを要求されるようになった。仕事を続けていた母にはできなかったので、ヘルパーを頼み、見るからに一人でできるようなことは断っていた。そのたびに母は嫌味を言われ続けていた。

育児や介護は身内の女がするもの、それをしてもらえない自分は不幸。できない嫁は人の道に外れている。そもそもいくつまで仕事を続けている。家のことをやれ、自分の世話をしろ。毎日のように言っていた。最もらしく言うじいちゃんの男尊女卑思考は容赦なかった。だから男である俺は、成長すると小学生の頃のように家政婦扱いされなくなった。

 こんなじいちゃんと暮らしていたから、ばあちゃんは先に死んだんだろうと、本気で思った。

 そんなじいちゃんが風邪を引いたと言って寝ていたある日。

気楽な高校生活を送らせてもらってる俺は、母に対する申し訳ない気持ちと、単純に積もる積もったじいちゃんに対する恨みから、ある衝動に駆られた。

無防備な寝顔を見て殺意が沸いてきた。

消えろ。

死ね。

中学時代、ささやかれ続けた言葉を、この老人にささやいた。

小学校の時は適わないと思ったが、今なら、すべてにおいて俺の能力の方が上だ。

 こいつの息の根を止めるぐらい、簡単だ。

俺は、寝ているじいちゃんの、しわしわの首に手を掛けた。

まるで、誰かに操られているかのように、じいちゃんを消すことが使命のように感じた。

ただ、じちゃんが消えて亡くなることしか考えられなかった。

それによって、自分や家族がどうなるなど、考えられなかった。

親指に力を入れた瞬間

「伸!」

 現実に引き戻すように、母ちゃんが全力で俺を止めた。じいちゃんとさほど変わらなそうな非力な、細腕で俺をじいちゃんから引き離した。

「伸、大丈夫だから、大丈夫だから」

 何が大丈夫なのか分からないが、母ちゃんは泣きながら俺の腕を抑えて離さない。 

 じいちゃんは、規則的な寝息を立てて起きなかった。

「こんな奴、死んでいい」

「いいよ、死んじまえって思うよ。でも、それであんたが、これ以上苦しむ必要ないから。犯罪者にならないで」

「母ちゃん・・・・・・」

「もうすぐ、死ぬから。この人、死ぬから」

 

 事故の時、じいちゃんに目立った外傷はなかったが一応精密検査をした。腎臓がかなり悪いということが分かった。このままの生活を続ければ、機能しなくなるというレベルにまで達していたという。じいちゃんの機嫌の悪さは具合の悪さに比例していたのかもしれない。人に頭を下げお願いし助けてもらうという姿勢になれず、常に支配し人を使おうとする態度を変えなかったので、体調が悪いようには見えなかった。

 母は、だいぶ前から気づいていたという。

 だから、あえてじいちゃんを家に一人にして、食事制限などせず、好きな物を食べさせて、早く機能しなくなるように仕向けていたと。

 淡々と話す母の姿を見ている時、殺人計画を聞かされているようで怖かった。

 それだけ追い詰められていたんだろう。

 母は俺がじいちゃんのせいで、いじめられていたこと、それを必死に隠していたことも全部知っていた。

 だからこそ、勝手に死ぬのを待とう。

 自分の手を汚す必要などない。

「ほんとに、事故でそのままお墓に入ってくれればよかったのにね」

 そう母が最後につぶやいて、三年たった。


 じいちゃんが骨になって出てきた。

 葬儀場の人が、喉仏の骨をマニュアル通りに説明する。骨壺にじいちゃんの骨を納めた。

 やっと、死んでくれた。

 死んでも、何も変わらないんだと思った。

 原因がいなくなっても、俺が味わった嫌な思いは消えない。

 いじめた奴らがいなくなっても変わらない。

 いじめの原因を作った奴が死んでも変わらない。

 死んでも意味ない。

 自分の方が変わるしかない。


 例え話で、よく言われるやつ。

 一度ぐちゃぐちゃにした紙は、もう戻らない。

 しわは傷。一度ついたら消えない。

 だったら、そこに楽しい色の絵の具を塗ればいい。

 傷が見えないくらい、紙より絵の具の厚みがあるくらい、塗りたくればいい。

 傷ついた記憶を消すように、新しい記憶で上塗りしていけばいい。

 辛かったことは忘れて、過去は切り離して、幸せな今を生きればいい。

 そう思った。



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