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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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13.老害とボク

 ある意味、俺のクレーマー対応能力は、じいちゃんに育てられた。

些細なことでカッとなって、理不尽な要求をよくする人だった。しかし「口で出世した」と言っているほど弁が立つ。いわゆる「お客様は神様だろ」と言って筋の通らない無理な要求をするタイプのクレーマーじゃない。

 一見、和解案を出されているような、間違ったことは誰も言っていないような気にさせられながら、結局謝罪させられる巧妙さがある。詐欺師みたいで、本当にじいちゃんは、頭がよくて偉い人なのかと、子供の頃は思ってしまったほどだ。

 人に話すと笑い話だが酷い話が多い。子供ながらに恥ずかしくて、一緒に居るのが嫌だった思い出は数知れず。

 小六の夏休み、じいちゃんと二人で出かけた。行きたくなかったが、夏休みどこにも連れて行ってやれない申し訳なさからか、両親が二人で出かけおいでと小遣いをくれた。

 どこに行っても暑いし、じいちゃんの愚痴に付き合うのは嫌だったけど、ちょっと興味があった博物館のチラシを見ているとじいちゃんも興味を示した。もしかしたら、こういう趣味は合うのかもしれないと思い、ジジイの攻略法を模索する気持ちで一緒に行くことになった。

 展示は誰と見たって、きっと面白かった。さすがに文句を付けるところがなかったらしく、満足そうなじいちゃんを見て、使いようによってはいい理解者に変わるのかとほのかに期待までした。

 だけど、昼ご飯を食べようと近くのレストランに入って、俺は逃げ出したくなった。

 豚の厚切り肉を焼いたメニューに「ポークステーキ」という名前が付けられていた。俺はそれが食べたくて、じいちゃんに言った。名前なのだから、そのまま言えばいいのに、注文を聞きにきた店員に「豚の場合ステーキじゃないだろう」と、いちゃもんを付けてきた。

 じいちゃんの中では「ステーキ」というものは、牛肉を焼いたものという認識だから、これはおかしいということになるらしい。ただステーキと言ったら牛肉だと思うが、ポークと断っているんだから、言葉的にはなんの問題も無い。じいちゃん的には、ポークは「ポークソテー」らしい。

 その時の俺はよく分からなかったが、後で調べて知ったが、ステーキは料理名でソテーは調理法だから、豚だから牛だからで区別するもんじゃない。店は間違った表示はしていなかった。

 マニュアル通りのバイト定員は「ポークステーキ」と復唱して、じいちゃんの怒りの導火線に火をつけてしまった。

 結局、俺は、ポークステーキは食べられなかった。

 古くさい一般論を優先して、本来の意味は違うんだと言うことを絶対に認めない。それを知らない自分を指摘されるのを極度に恐れて、非があるのは自分の方だと気づくと、「言い方が気にくわない」と問題をすり替えていく。

 そういうことが、じいちゃんの日常だった。

 年寄りあるある。で、聞き流すしかなかった。

 

 だけど、聞き流せない事件が起きた。

 中2の夏休み明け、クラスのリーダー的な存在の奴が言った。

「奏田のじいちゃんのせいで、俺のオヤジ、会社クビになったんだ」と。

 小6の終わりぐらいに、じいちゃんが隣駅のホームセンターで傘を万引きした。

 実際は、万引きではなく、お印のテープを拒否したがために誤解されたというのだ。

 会計時にレジ係のパート店員は、そのことをきちんと説明したという。値段が一律なので個別に値札表が着いていないので、お客様のためにも、店内にいる間は、テープを貼らせてくださいと。

じいちゃんは断固として拒否した。柄の部分にテープを貼られるのが嫌だったという。テープが着くとはがれにくく、手先が思うように動かなくなったじいちゃんにとっては、許せなかったという。「透明フィルムがついているから、使うときはそれごと剥がれるから大丈夫です」と優しく対応すると「傷が付かないようにこのフィルムは剥がさないんだ。シールを剥がそうとすればフィルムも無駄になる」と怒りだしたそうだ。

 シールを貼らせず、ひったくるように持ってきて、レシートも受け取らなかったという。仕方がないと、レジ係は諦めていたら、じいちゃんが警備員に呼び止められたという。

 会計を済ませて、帰ろうとしたら入り口で色違いの傘をみつけ、こっちの色がいいと思い、交換して持ち帰ろうとしたところを止められたという。

 それは誤解されてもしかたがない。とりあえず、話を聞くために奥に通された。だけなのに、止められたという事が、この上ない屈辱だったらしくじいちゃんは大暴れした。

 金は払ってるんだから問題ないだろう。レジ係じゃ話にならない。店長を出せと、大騒ぎになった。

 じいちゃんは、ちゃんとした組織で大きなお金が動く仕事をしていたのに、生活をするために必要なことは何もしてこなかった。買い物一つ満足にできない。店の会計システムを理解しようとしない。お金を払ったから結果的に問題ないだろうと、子供のお買い物ごっこ並の発想を平気で言う。 

おそらく、そういう事じゃないと頭で分かっていながら、自分の非を認めることができなかったので、どうにかして言いくるめようと必死になるんだろう。

 ここまでは、じいちゃんを迎えに行った、親父からも聞いた話だ。

 バカバカしすぎる。人に話せば「話作ってるだろう。透明フィルムってなんだよ」と笑って信じてもらえなそうだが、ポークステーキ事件のあの剣幕を思うと、俺は1mmも笑えない話だ。


「奏田って書いてカナダって苗字珍しいから、まさかと思ったけど、お前んちだったんだな。家も近いし。オヤジ謝りに行かされた」

クラスのリーダーは、俺個人に話すのではなく、クラス全員に聞こえるように話した。

 あの時、自宅まで菓子折を持って謝罪に来てくれたの店長が、そいつの父親だった。自宅が近いからと言って、わざわざ来てくれた。ちょっと気の弱そうな真面目なお父さんという印象だったのを覚えている。じいちゃんも自分が優位になってる状況で、謝罪に来た者には優しく、その場では自分も非があった申し訳ないと口では言っていた。和解していたように俺には見えた。

 しかし、じいちゃんが事件を起こした日に、本部から偉い人が来ていたらしく、クレーマー処理もできないと判断され、その店長は左遷させられた。

 家にまで来て謝罪した本人にはその場でいい顔したが、じいちゃんは本部に直接クレームをしてたんじゃないかと思った。じいちゃんならやりかねない。

 1年後、店長はうつ病と診断されて、会社を辞めざるえなくなったという。

 あの店舗は元々経営が思わしくなく、じいちゃんの事件が全ての元凶とは限らないが、じいちゃんの対応をしたパート社員もすぐに辞めてしまい、人間関係にもいろいろ悩まされる状況にあったらしい。

店長がうつ病と診断され辞めるまでの経緯は詳しく知らないけど、クレーマーの名前は「奏田」だと息子が知っているくらいだ、全く影響がなかったとは言えない。


 そして、俺に対するイジメが始まった。

 イジメという認識はなく、クラスのみんなは正義の味方気取りだった。

 基本が無視。物を隠されたり落書きをされたり、「死ね」「消えろ」とささやかれたりする陰湿なものだった。傘は何度も壊された。柄の部分にあらゆる店のテープが貼られた。直接身体に危害を加えられることはなかったので、担任も見て見ぬふりをしていた。俺も相談などしなかった。

 小学校からの友達は、イジメが始まっても暫くは今まで通り仲良くしてくれていた。俺自身は何も悪くない。悪いのは、じいちゃんだということを、ちゃんと分かってくれていた。

 だけど、次第に、そう思えなくなるようだ。

 自分も巻き込まれたくないんだろう。いじめる側にはならないが、助けることはできないという。

 何も悪いことはしていない俺がジジイのせいで苦しめられるように、友達だからと言って一緒に苦しめられたら、たまったもんじゃない。正直、そこまでの友情ないし、というのが本音で、友達は俺から去って行った。

 そんなジジイを野放しにするような家族が許せないと思うのは、事件の加害者と同じで、そう思われてもしかたがない。人に噛みつく犬にちゃんとしつけしなかった飼い主が悪い。未成年が犯した罪に親の責任が問われるように、老人の暴走は家族の責任になる。

 そう考えるのは間違ってない。

 最初にその理論に基づくかのように文句を言ってきたのは、うちのじいちゃんの方だから。

 じいちゃんに対応する、その時の店員の言葉が、たまたま気にくわなかっただけなのに。店員が悪い。その店員を指導した社員が悪い。あの店舗が悪い。店自体の教育がなっていない。または店員個人の人格が悪い。育てた親が悪い。学校が悪い。地域が悪い。あそこの出身だからしかたがないと。

 あのジジイの孫だから、報復を受けて当然。

 そう思われてもしかたがない。

 中3になって俺は完全に孤立した。

 もちろん、親には隠し続けた。


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