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二学期、君が死なないように  作者: 牧田沙有狸


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11.三本の秋刀魚

 七輪の上にサンマを三本置いた。

 魚は生きている状態だと「匹」と数える。釣りの獲物、鮮魚店で取引される魚、料理の材料となる魚は「尾」と数え、サンマやイワシなどの細長い魚類は「本」と数える。

 そんな大家さんのうんちくと共に、七輪を借りた。さらに大家さんは出かけるというので、焼き場所として駐車スペースも借りられた。キャンプ用の折りたたみ式の小さな椅子までついてて、愛加がニコリとすれば、サンマまで用意してくれそうな勢いだった。さすがに、それは駅前のスーパーで買ってきた。

 図書館の近くにあるアパート。そこから立ち上る煙は狼煙のようで、楓はすぐにうちが分かったようだ。

 昨晩、愛加から聞かされた情報だけによると、二人は仲良くなったらしい。

俺はその情報だけに従わなければならなかった。愛加の視点だと、万引きさせた子達はごくごく普通の子で、楓に甘えてるだけで悪い子達じゃない。お母さんも大雑把だけどスゴく素敵な人だという。楓ちゃんは優しいし、聞き分けがいいから損しちゃうんだねと、どこまでも性善説で捉える。

楓とは真逆だった。そのお互いの報告を客観的に聞くと、愛加と楓の関係が以前よりも親密になったわけでもなさそうだ。俺がいなかったら会うこともないような気がした。

 炭火で焼かれるサンマは、思った以上に時間がかかる。

「俺、見てるから自由にしてていいよ」

「ほんと、じゃガールズトークでもしようかな」

 仲良くなったと思っている愛加は、楓の隣に椅子を移動させて座った。

 ガールズトークと、愛加が普段あまり使わないような単語が出てきて、一生懸命楓に寄り添うとしている少し痛い感じがした。

「楓ちゃん、あれから友達とは大丈夫?」

「はい。おかげさまで」

「嫌だったら、ちゃんと言うんだよ。それが友達のため」

「そうします」

 万引き話の詳細は二人とも、あまり話してくれなかった。一体、どんな会話が交わされていたのだろうか。まあ、まるく収まっているなら俺がいちいち聞くことでもない。

「そうだ。伸から聞いたんだけど、楓ちゃんって伸のこと前から知ってたんだって? 図書館で会う前から」

「え、あ、はい。コンビニのバイトの人だって知ってました」

 話の流れでコンビニ店員として認知されてたらしいと愛加に言った。心の調査表のことまでは言ってないが。

「伸ってそんなに特徴あるかな?」

 声が好きなんだって。

 俺は、そう言ってもらえるのを期待した。

「いえ、変なお客さんに対応してるの何度か見て」

「なるほど。お客さん効果か」

 俺は吉本新喜劇なみに心の中で転んだ。

 実際は聞いてないふりして、煙をうちわで扇ぐ。

「伸ってさ、何も持ってなさそうな顔して、さりげなく助けてくれるんだよね」

「そう、なんですか」

「意外とかっこいいでしょ」

「はい」

 褒められてるんだが、ものすごく居心地が悪い感じがした。

 愛加の歯の浮く台詞も、楓の反応も、お互いに言ってるのか、俺に聞こえるように言ってるのか、どこか芝居がかって聞こえた。

 俺は聞いていないふりをした。

「楓ちゃん、彼氏は?」

「いません」

「そっか、でもモテるでしょ」

「全然」

「兄弟は?」

 愛加は、年の離れた同性との会話があまり得意ではないように聞こえた。もっと離れた子供なら大丈夫だが、中学生女子とか話が盛り上がらず、とりあえず共通の知り合いである俺を褒めておくしかない。そんな風に聞こえた。ただの愛加ののろけに聞こえないのは、俺のスペックの低さによるものか。

 愛加は楓にとって地雷のような話題を、世間話の延長で聞いてしまっている。

 気づいていないのか。いや、わざとか? 

「6歳上の姉が居ます」

「へー姉妹か、いいな。ウチ三つ上でお兄ちゃんだからな。しかもお姉さんわたしと同じ年か。女同士だと仲いいでしょ」

「全然よくないです」

「そうなの」

「仲のいい友達を、姉妹のように仲がいいって言うの、本気で皮肉表現かと思ってました」

「楓ちゃん、国語の成績いいでしょ」

 楓は、無言で俺を見た。前に同じようなこと言ってしまった気がする。なんとなく、発想が安易なバカップルみたいで恥ずかしくて笑った。

「二人はお似合いですね」

「そう」

 愛加は皮肉とは知らずに嬉しそうに笑う。いや、分かってて笑ってるのか。楓にとって面白くない話なのに、天然を装って気軽に聞きどんどん踏み込もうとしている。

「お姉さんは大学生? もうお仕事してるの?」

「引きこもりです」

「え、そうなんだ」

「高校が合わなくてやめて、通信の高校行って卒業したけど、うつ病みたいになちゃって。今は、週に1回心療内科に行くぐらいで、ずっと家にいます。本人は親の期待が重くて壊れたって言ってます」

「そう、なんだ。本当に優秀なお姉さんだったんだね。期待が重くてって、ちょっとの失敗でくじけちゃったのかな」

「さあ。親の期待って何でしょうね。確かに姉の方が優秀でした。親の言うとおりい生きてたから。それが違うって気づいただけなのに。そんなの普通なのに」

 確実に、楓の地雷を踏んでしまった。

 俺は空気を変えようと、煙を仰ぐうちわを楓に向けて話しに割り込んだ。

「君より優秀って、どんだけ優秀だったんだ?」

「姉はずっと被害者、親は姉のご機嫌取りばっかり。姉がひきこもり、ってことで、あたしが嫌な思いさせられてるのに。まあ、うつ病になってもならなくても、親はあたしのことはほったらかしだけど」

 俺の必死の換気は、なんの空気も変えず、楓の愚痴が止まらなくなった。

「よくある話でいえば、あたしのアルバムは全然ないです。本当に。6歳差って一緒に学校行くことないから行事を共有することもないし。服もカバンも、なんでもおさがり。新品を買ってもらえるのは全部姉。それを当然だと思ってる女王様だったから、本当に仲なんかよくなかったんです。二人目だからいいのって、母は人によく言ってた。何がいいのか分からない。子供だからそれに従うしかないだけなのに、下の子は自由とか要領がいいとか、一般論押しつけて、勝手に都合のいいキャラ設定されてたし。あたしのこと何もみてないんですよね」

 一人っ子や異性の兄弟の慰めは全く役に立たなそうだ。蓄積された姉妹特有の恨みが湧き出して止まらない。だけだよな、と不安になった。姉と同じ年の愛加に対して、遠回しに不満をぶつけているようにも見えた。

 本心で言っているのだろうか。

ブランコで俺に語ってくれた子が、言ってる言葉に聞こえない。

 しかし、楓のひねくれた感情表現を、見たまま聞いたままに素直に受け止めて、正面から受け止めようとする愛加は、聖母のような微笑みを浮かべた。

「楓ちゃん。お母さんが何も見てないなんてこと、絶対ないから」

「何を根拠に言うんですか」

「根拠って言うか、お母さんってみんなそうだと思う。ねえ、生まれたばかりの赤ちゃんって本当に何もできないんだよ。お母さんは3時間ごとに起こされて、ミルクあげてオムツ買えて、泣き止まなくて、だっこしながら何時間もつきあて、どんなにおとなしい子でも、ちゃんと手を掛けられてきた時間あるから。もちろん、私、お母さんになったことないから、お母さんになった親戚とか授業で関わった人の話だけどさ。親って、ぜんぜん分からないところで、いろんなことしてくれて、いつか感謝する日がくるよ」

 ああ、火に油を・・・・・・

 楓の表情がどんどん険しくなっていった。

「やってもらって当然じゃないですかね。いい話っぽく言ってるけど、それ全部、やらなかったら虐待ですよ。親として義務です。そんなこと恩着せがましく、子供に感謝しろとでも言いたいんですか」

「確かに」

 俺は、的確な意見に思わず言ってしまい。まずいいと思って手で口を押さえた。しかし、愛加は余裕の表情で楓の横に座り、楓の頭に自分の頭を付けて微笑んだ。

「中学生ですな。可愛い」

 楓は表情をなくしていく。なんの心理戦なんだと思いながらハラハラしつつも、俺が口出ししてはいけない気がした。

「ええ、ガキです。そんなに赤ちゃんが愛されるなら、一回死んで生まれ変わりたい」

 ガキ故の、なげやり発言が出た。

と思った瞬間、愛加の平手打ちが飛んできた。

その音にびびった俺は思わず、自分の頬に手をやったが、もちろん、叩かれたのは楓だった。

「そんなこと言っちゃダメ」

「なんなんですか」

「そんなこと、言っちゃダメ! あの時だって、ホームから飛び降りようとしたでしょ。死のうとしたんでしょ。死んだりしたらダメ。絶対ダメ。あなたは愛されて生まれた。大切に育てられた。ここまで生きてこられたってことは、そういうことだよ。人は一人じゃ生きていけないんだからさ」

 楓は叩かれた頬に手をやって、愛加を睨んだ。

「一番嫌いなんです」

「え?」

「自分は安全なところにいるからって、そういう上から目線のきれい事」

「全然、届きませんから。失礼します」

 楓は、怒りの表情のまま、軽く頭をさげて去って行った。

「楓ちゃん!」

 俺は、楓の背中を見送ることも、愛加の顔を見ることも避け、いい感じに焼けていく秋刀魚をじっと見ていた。

 なぜだか、愛加を否定する楓の言葉が、俺を肯定する言葉に聞こえてしまった。

 傷つく愛加を見ながら、どこか嬉しい気持ちになる自分がいる。

 楓は俺と同じ考え方している。

 愛加には分からない。

愛加は追いかけた方がいいか、ためらいながらも足が動かずそこにいた。

「大丈夫だよ。しばらく、そっとしておいた方がいいんじゃない?」

 電話で密かに繋がっているから、もう死んだりはしないと確信した。今の話と電車に飛び込んだことは直接関係ない気がして、距離と時間をおくのがベストだと本当に思った。

「難しいね。相談に乗れるお姉ちゃんになりたかったんだけど」

「中学生ですから」

 正直、平手打ち以後、安っぽい家族ドラマを見せられてるようで居心地が悪かった。

愛加は常に直球でお節介過ぎる愛されキャラのヒロイン。自己陶酔に近い台詞をならべて、思春期のひねくれた心を解きほぐそうとしている。

または、何もかもお見通しの頭のいい女のパフォーマンス。挑発するように歯の浮く台詞をならべて、相手の感情をかき乱して、本音を引き出そうとしている。

 どっちだったとしても、俺は心のどこかで、楓は、愛加を受け入れないで欲しいと思ってしまった。愛加が簡単に相談にのれるようなものじゃないんだよ。そう思ってしまった。

 サンマの脂が網の下にしたたり、パチパチと小さな音を立てた。三本のうちの二本が寄り添っていた。何かを暗示しているようだ。

「ねえ、伸にとって楓ちゃんってどんな存在?」

「うーん、最初は捨て犬みたいな感じかな。見つけちゃって放っておけない感じ」

「あ、分かる、その感じ」

「でも、なんだろう。友達・・・・・・? 俺にとっても妹的な、いや」

 最近は、捨て犬のよにうに俺が一方的に保護するのではなく、もっと、俺の中の一部が形になったような不思議な存在に感じ始めていた。

その気持ちに後ろめたさはないが、俺は愛加とは目を合わせず、サンマをひっくり返しながら言った。

「昔の俺かな」

「昔の伸?」

「うん。なんか、分かるんだ」

「何が?」

「何がっていうか、なんとなく」

「分かんないその感じ」

「愛加には分からないよ」

「・・・・・・そっか。分かった」

 知らなくていい醜いもの。関わらないで済んでいる愛加みたいな子には分からないままでいて欲しい卑屈な感情。説明することを拒む気持ちをもって、なんとなく理解して欲しかった。分かったという愛加の言葉に、理解してくれたと俺は解釈した。

 秋刀魚が完璧な焼き色を付けた。俺は、皿を持ってこようと立ち上がった。

「今日は帰るね」

「え、サンマ、焼けたけど」

「ごめん、食べたくない」

「あ、じゃあ、送るよ」

「いい」

 愛加は、話しかけてくるなオーラ全開で帰って行った。


 部屋で、お皿にのった三本の秋刀魚を見て、何かを失ったような気がした。

「秋刀魚の別れ」の台詞が少しだけ理解できたかもしれない。

肉や野菜と違って、秋刀魚はたいてい一人一本だ。秋刀魚の数だけ人がいる。俺の前に三本もある秋刀魚。三人前の野菜炒めよりも明確に、食べる人がいなくなったことを教えてくれる。

 秋の魚である秋刀魚は、冬の訪れを匂わす。

 



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