月子さんのことを気にしていない
6日目
次の日、学校に行くと、カオルはヒロインのように扱われた。
本来ならば、とても登校できないような怪我を負ったのだ。たとえ自転車事故とはいえ、気を失って救急車で運ばれるほどのことだったのだから、大変なものだ。
それが、次の日には現れたものだから皆が驚いた。
顔には大きな絆創膏。右目も眼帯をしている。ちょっと元の顔がどんなだったか思い出せないくらいのインパクトだ。
それに、右腕を三角巾で吊っていて、手先から肘までが包帯でグルグルになっていた。足も右足が包帯で巻かれていた。
「大丈夫なの?」
「おい、カバン、持ってやるぜ」
「上履き、足元に置いたわよ」
「階段気を付けて」
などなど、校門を入った時から、クラスメイトがやんやと世話を焼いてくれた。
「大丈夫よ、ありがとう。あ、痛い」
「ほら~、無理しないで」
カオルが少しでも痛いそぶりを見せれば、ヨウ子をはじめ、みんなが群がってきて心配してくれた。
教室に入り、椅子を準備されて、やっと自分の席に着くと、クラスメイトはカオルの机の周りに群がり、事故の様子を聞きたがった。
つまり、単なる野次馬だ。
それでも悪い気はしなかった。
「あそこの十字路ね、危険よね~」
「それで?」
「それでね、月子さんがかばってくれたので、骨とか折らなくて済んだのよ」
「これは?」
「これはちょっと打撲したの。筋も少し伸びたらしいから、一応あんまり動かさないように言わたの」
「救急車で運ばれたんでしょ?」
「うん、でも覚えてないわ。気を失っていたので」
「うわ~、大変だったね!」
こういうショッキングな情報が、興味深いらしい。みんな“救急車”とか“気を失った”などのキーワードに盛り上がりを見せた。
「病院で、頭のMRIも撮ったわ」
「うわ~お!」
だからどうした、というくらいの大騒ぎだった。
そこに月子さんが、教室に入ってきた。
月子さんは、怪我をしなかったというのは本当らしい。包帯どころか擦り傷も見当たらなかった。
何事もないかのようにカオルの隣の席に座って、前を向いている。
「月子さん、おはよう。昨日は本当にありがとうね。救急車も呼んでくれたのよね。何から何までお世話になって、本当に助かったわ。ありがとう」
カオルは立ち上がるのが難儀だったので、首だけを月子さんの方に向けて礼を言った。
すると、月子さんも、首だけをカオルの方に向けて、口をパカっと開けた。
「はい・・・おかげん、いかがですか」
カオルは、月子さんの「はい」「いいえ」以外の言葉が聞けて嬉しかった。
「うん、大げさに見えるけど、大きな怪我はないの。月子さんが守ってくれたおかげよ。ありがとう」
「いいえ」
月子さんは、それだけ言うと、前を向いてしまった。
それでもカオルは満足だった。もう彼女を詮索しようとはしなかった。彼女はこれでいいのだ。
傍から見ていたクラスメイトは、二人が顔だけを向けて、かみ合っているのか合っていないのか分からない会話をするのを見ていて、不気味だなぁと少しばかり思っていたが、それでも、カオルがあまり月子さんのことを気にしていないようだったので、なんとなく安心した。
月子さんがカオルを助けたことで、二人には友情が芽生えた。かどうかは、定かではない。