先生は月子さんを指した
2日目
次の日の授業は、朝から体育だった。
授業が終わり、更衣室で着替えを終えてヨウ子たちと一緒にカオルが教室に戻ってくると、月子さんがすでに席に着いていた。
「あれ、月子さんって、体育お休みだったの?」
そういえばいなかったかな、と思いながらカオルが話しかけた。
月子さんはカオルの方を向き、
「はい」
と答えると、また前を向いた。
《うーん、なかなか会話が続かない》そう、カオルが思っていると、
「おう、中里!部活決めたか?」
反対側の隣の席の浜田が話しかけてきた。
「部活?」
「そ、部活。バスケやらねぇ?」
浜田はいかにもスポーツ好きというタイプの男子だ。
「バスケ?無理無理!」
「カオルちゃん、中学で何かやってた?」ヨウ子が振り向いて聞いてきた。
「合唱やってたけど」
そんなカオルが、バスケ部なんて無理な話だ。
「そんな感じー!」
ヨウ子がケタケタ笑っていると、国語の先生がやってきた。
カオルは顔を前に向けると、ヨウ子も前に振り向きざま、浜田に《グッジョブ》と親指を立てていた。
生徒会長の実験内容は、カオルが月子さんの秘密に“いつ”気付くかを知るだけのことだったはずである。
カオルが、月子さんがロボットであることに自然に気づいたのなら、それが生徒会長の知りたいことである。
だからカオルに対して、故意に月子さんの秘密を漏らしてはいけない、というはずであったが、生徒たちはいつしか、月子さんの秘密を“絶対に”知られてはいけない、と思い込んでいた。
だから、いつでもカオルを見張り、カオルが少しでも月子さんに興味を持ったり、変じゃないかと感づきそうになった時に、ついカオルの気を引いてしまった。
浜田も、カオルを無理にバスケ部に誘うつもりなどなかったけれど、カオルが月子さんに話しかけ続けると、月子さんにあまり語彙がないことがバレてしまう。それで、つい、部活の話をふったわけだ。
ヨウコもそれに気づいて、うまく月子さんから気をそらした浜田に、グッジョブと親指を立てたというわけだ。
こんなことをしていては、生徒会長が知りたい、カオルが“いつ”月子さんの秘密に気づくか、正確なデータが取れなくなるということは、ヨウ子たちは気付いていなかった。
国語の授業が始まり、先生はクラスを見渡した。
勿論、先生も生徒会長の自由研究に一枚かんでいる。月子さんの秘密を知っているし、カオルのことも分かっている。
「さて、今日は昨日読んだところから、いくつか質問していく。綿貫」
「はい」
なんと、先生は月子さんを指した。
いつもは、どの先生も出席番号1番から指すのに、いきなり最後から指した。
「5行目から8行目までに出てくる“それ”とは何を指しているか?」
「いいえ」
《ん?》
ん?と思ったのはカオルだけではなかったはずだ。
何を指しているかという質問に「いいえ」で答えるのはいかがなものか。
ところが先生は納得していた。
「そうだな、良い絵だ。正解」
《いいえ、じゃなくて、良い絵!?発音おかしいって!》
カオルの心の中のツッコミは空しいものだったが、まあ、発音が少しくらい変でも、答えは合っていた。
少なくとも、間違ったことは言ってないのだし、何と言っても、月子さんは先生に指されないというカオルのモヤモヤも消えた。
クラス全員が、先生に対して心の中で《グッジョブ》と親指を立てていたことを、カオルは知らなかった。