どうしたんだ月子
お弁当の続き
月子さんのことを話した途端に、ヨウ子たちは変な顔をした。
そのことを詳しく聞こうにも、ヨウ子たちはいそいそと椅子を片づけてしまっている。
何が起こったのか分からず、カオルが見渡すと、この教室でお弁当を食べていた他のふた組の生徒たちも、こっちを向いて目を見張っていた。そして、カオルと目が合いそうになると、パっと顔を伏せ、何もなかったかのように向こうで話し出した。
「綿貫さんが、何か、あるの?」
カオルがポツリと言った言葉を、そこにいた全員が聞いていた。
「あ、私トイレに行ってくる」
「私も」
「私も」
ヨウ子とその仲間たちはお弁当と椅子を片づけると、女子高生の定番、一緒にトイレに出かけるところだった。
「あ、私も!」
と、カオルが言うと、彼女たちはバっと一度振り向き、
「うん、一緒に行こう」と言った。
《一緒に行きたくないような顔、したような》
と、カオルは気になった。
だけど、食後はトイレだ。とりあえず、一緒にトイレに行った。
「私、長くなるから、先戻ってて」
と、ヨウ子の個室から聞こえてきた。
「私も」
と、もう一人聞こえた。
「私も、あ、ユッコとカオルちゃん、先戻っててね」
と、聞こえてきた。
「はぁーい」
それで、ユッコと言われた子とカオルは一緒に教室に戻ることにした。
「私何か、変なこと言っちゃったかなぁ」
トイレから戻る廊下で、カオルが小さい声で言うと、ユッコが気づいた。
「どうしたの?」
ユッコが何事もなかったかのような、絶妙なポーカーフェイスで聞いてきた。
「みんな、なんでトイレ長いんだろう」
カオルがそう言うと、ユッコがブっと吹き出した。
「まあまあ、女の子だから色々あるんじゃなーい。気にしなくて大丈夫よ」
「だって、さっきも、みんな変な顔しなかった?」
ユッコは背が高くてお姉さん風なので、一緒にお弁当を食べただけの仲だというのに、カオルは思わず相談するかのように聞いてみた。
「そう?どうだろ?多分、お腹痛かったんだと思うよ?今も、ホラ、あの状態だし」
とユッコが笑った。
《そっか、お腹が痛かっただけか》
それが分かって、カオルはホッとした顔に戻った。
さっきみんなが見せた、あの変な雰囲気は気のせいで、お腹が痛かっただけなんだと納得すると急に安心した。
それくらい、ユッコの言葉は包容力があるお姉さんのようだった。
教室の前まで歩いてくると、向こう側からちょうど月子さんがやってきて、扉の前で鉢合わせた。
「あ」
カオルとユッコと月子さんで顔を見合わせて立ち止まった。
それから、月子さんは丁寧に一礼をして手を出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。綿貫さん」
カオルとユッコが通り、その後から月子さんが教室へ入ってきた。
カオルの後ろを通り、月子さんはカオルの隣の席へ座った。その手には何も持っていなかった。お弁当らしいものも、財布も、何も。
《トイレだったのかしら》
そう思いながら、カオルは月子さんに話しかけた。
「綿貫さん、綿貫さんの下の名前って、月子さんって言うの?」
カオルがそう言うと、月子さんはまた朝と同じように、視点と表情が真っ直ぐのまま、まるで首がギギギギと鳴るような固さで、カオルの方を向いた。
それから口をパカっと開けて、
「はい・・・私の名前は、綿貫月子です」
と、言った。
そんな、バカ丁寧に・・・と、カオルは苦笑した。
「月子さんって呼んで良い?」
「はい」
「みんなも、月子さんって呼ぶ?」
「はい」
何を言っても、月子は「はい」と返事をした。
話が弾まないけれど、せっかく隣の席になったのだし、友だちになりたいと、カオルは懸命に話しかけた。
「月子さんは、どこの中学校だったの?」
と、カオルが聞くと、月子さんはしばらく口をパカっと開けたまま、放心したような顔をした。
「・・・あの?」
大丈夫だろうか、この人、と思って、カオルが肩に手を置こうとしたときだった。
「月子!」
教室に3年生が駆けこんできた。背が高くてメガネをかけた、イケメンだった。
イケメン発見!と、カオルの心がときめいていると、長身メガネは月子さんのところに来て、
「どうしたんだ、月子、待ち合わせに来ないで!さあ、ちょっとこっちへおいで!」
と、月子さんを連れて行ってしまった。
あとに残されたカオルは呆然と二人を見送るしかなかった。
何、あの人。カッコいいけど、月子さんの何?
「あの人が生徒会長よ」
呆然としているカオルに、ユッコが教えてくれた。
結局その後、5時間目どころか、終学活の時間になっても月子さんは戻ってこなかった。