月子さんだけが発言しない
登校初日、初授業とお弁当の時間
新学期ということもあり、授業はまだ簡単だった。
とはいえ、カオルは数日分の遅れを取り戻さなければならない。
「カオルちゃん、これ今までのノート写す?」
と、前の席のヨウ子がノートを貸してくれた。
「ありがとう、ヨウ子ちゃん」
授業中というのにノートを貸してくれるヨウ子に感謝しつつ、カオルは大急ぎでノートを写した。
まだ大して進んでいなかったノートはすぐに写し終った。その最後の行に《カオルちゃん、がんばってね》と書いてあった。
なんて優しい子なんだろう。
カオルは《ありがとう、助かった》とノートに付箋を貼ると、それをヨウ子に戻した。
その授業は英語で、先生は問題を答えさせたり、英文を読ませたり、出席番号順にどんどん当てた。
ヨウ子のノートのおかげで、カオルはなんとか答えることができ、ホッとしていた。
クラスは42人。
その英語の授業、出席番号42番の綿貫は当たらなかった。その手前41番まではトントンと指されたのに、結局最後までいかなかった。
そんなこともあるものだと、その英語の授業の時は、カオルは気にしなかった。
しかし、その後、国語でも数学でも42番は当たらず、いつもその手前41番で終わっていた。
《綿貫さんは、当たらなくて良いなぁ》
と、呑気にそんな風に思った。
昼休みは基本的にお弁当を持参することになっている。カオルにとっても、高校生活初めてのお弁当だ。お母さんが作ってくれたお弁当はきっと中学までと何も変わらないだろうけど、やっぱり嬉しいものだ。
ヨウ子とその友だちは、昼食時カオルのことを誘ってくれた。
5人で教室の椅子だけを円く並べて、お弁当を膝に置いて食べることになった。
教室には、他にもお弁当の子が机を向い合せにして食べているのが2組ほどあった。残りの人たちはどこへ行ったのだろう。
カオルは隣の席の綿貫を探した。
ちょうど彼女はフラりと教室を出て行くところだった。誰かと一緒に連れ立っているようではなく、1人に見える。手に、お弁当か財布か、何かを持っていただろうか。
気になって、ずっと綿貫の方を見ていたカオルに、ヨウ子が声をかけた。
「カオルちゃん、食べよう。どうしたの?」
「ん、あ、なんでもない・・・外に行く人もいるんだね」
カオルがそう言うと、ヨウ子がいただきますと手を合わせながら言った。
「うん、中庭とか美術室とか結構人がいるよ。今度外で食べてみる?」
「うん」
カオルもつられてお弁当を食べ始めた。
ヨウ子たちは、親切に新学期からのクラスの様子を色々と話して聞かせてくれた。
お弁当を食べ終えたところで、カオルは気になっていたことを切り出した。
「ねえ、授業で当たるのってさ、いつも最後までいかないよね。次回は、最後から当たるのかなぁ」
特に、意味深なつもりで言った言葉ではなかった。
ただ、次回の授業でどこから当たって、次に自分の番がいつになるのかを知っておきたかっただけなのだ。
ところが、一瞬ヨウ子たち4人の顔が固まったように思えた。そして、彼女たちは互いに目配せをして、誰が次の言葉を継げるかを探り合っているような顔をしていた。
《なんか変なこと、言ったかしら》
カオルは急に不安になった。
なんだろう。当たる順番を数えちゃいけなかったのだろうか。
4人はギクシャクと顔を整え、そして平静を装うかのように話し出した。
「あ、あ、あのね。いつも最初から当たるのよ。そうよね?ユッコ?」
「え、ええそうよ、最初から当たるわ」
「そうそう、先生もイチイチ覚えていられないんじゃない?だからいつも初めからよ。ね、ヨウ子?」
「そうよねー。さ、最後までいかないなんて、気づかなかったわ。月子さんだけが発言しないなんてこと、ないわよね」
と、ヨウ子が言った言葉で、また他の3人がアッと息をのんだ。
「月子さんって、綿貫さんのこと?私の隣の子よね?」
カオルが聞いた。
だけど、もう彼女たちはお弁当をバタバタと片づけて、椅子も片づけようと移動を始めていた。
月子さんは、インプットされている言葉の数が少ないため、授業では当てられないということを、カオルは知らなかった。