月子さんは微動だにしない
9日目、生徒集会の続き
生徒会長は、月子さんにマイクをひとつ手渡すと、自分もマイクを握り、向かい合って質問を始めた。
「綿貫君、君はあの自転車交通事故の時、自転車にはねられたね?」
「はい」
月子さんは、相変わらず無機質な声で、答えた。
「あの時、君は手首が折れていたと思うんだけど、違うかい?」
月子さんは答えなかった。ジッと生徒会長を見つめている。眼鏡の奥の大きな目が困っているように、カオルは思った。
月子さんが答えないので、生徒たちがざわついているのがだんだんうるさくなってきた。
「答えられないのかい?では、質問を変えようか。綿貫君、君はあの時、自転車にはねられそうになっている中里君をかばおうとして、いきなり走り出したけれど、僕だって追いつけないくらいのスピードだったよ。それこそ、スポーツ選手も顔負けなくらいね。何かスポーツはやっているのかい?」
カオルは思わず、ゲっという顔をしてしまった。生徒会長はなぜ、カオルの苗字まで知っているのだろうか。いや、資料として渡っているにしても、急に「中里君」と言われて、背中がゾワっとした。
それにしたって、質問が高度だ。
月子さんは、基本的に「はい」と「いいえ」くらいしか答えない。クラスメイトなら誰だって知っている。
生徒会長も、普段月子さんと一緒に下校しているのだから、それくらいは知っているはずだ。
それを、あんな答えにくい質問をしては、まるで虐めているみたいだ。
――― イジメだ。
「ねえ、酷くない?」
カオルは、隣にいる浜田にそっと耳打ちした。
浜田がカオルの方を向いて何かを言おうとしたその時だった。檀上から、生徒会長が大きな声で言い放った。
「何かね、中里君!君はあそこにいたんだ、言いたいことがあったら、言って良いんだよ。さあ、こっちへ来たまえ」
《ひえ~!なんで私なの?他の人たちだって騒いでるのに》
カオルは、背中がゾワっとするのを色んな意味で味わいながら、渋い顔で生徒会長を見た。
生徒会長はあの爽やかなイケメン笑顔でこっちを向いて手招きをしている。
仕方がなく、カオルは立ち上がり、舞台へと向かった。
カオルが檀上に立つと、また拍手が沸き起こった。
役者がそろった。生徒たちはこれを楽しみにしていたのだ。
「ようこそ、中里君。君はあの現場にいたね。そして救急車で運ばれた被害者だ」
「はい」
カオルにはマイクは渡されていなかったので、カオルは小さく頷いただけだった。それを見て、生徒会長は月子さんからマイクを抜き取ると、カオルに手渡した。
月子さんは微動だにしないで、そのまま前を向いて立っていた。
「さて」生徒会長は、一呼吸置くと、カオルに向かって質問をした。「言いたいことがあるようだね。気づいたことがあるのかな?」
変な質問だと思った。
答えにくい、変な質問だ。
カオルは他の生徒たちのことは考えず、ただ生徒会長だけを見て少し考えてから口を開いた。
「私はあの時、月子さんに助けてもらいました。月子さんは何も悪くありません。どうして、意地悪な質問をして月子さんを困らせようとするんですか」
カオルの声は、初めからケンカ腰だった。
生徒会長は一瞬面食らった顔をした。
これは生徒会長個人の自由研究で、一般生徒にとってはほんの余興のつもりだったのだ。誰かを虐めたり、困らせたりするつもりなんてなかった。勿論、カオルにケンカをふっかけるつもりなんて、さらさらない。
むしろ、カオルのために一肌脱いで、月子さんがロボットであることに気づかせて、カオルの気持ちを軽くしてあげるつもりだったのだ。
それが、いきなりのケンカ腰。
《しまった》
とは思ったが、もう遅かった。
生徒会長は、意外と空気の読めない思い込み男であったようだ。




