王に会いに魔人の国へ
エルフの里で結婚式を挙げた一行は、魔人の国へと足を向けた。
船に乗り、魔人の国へ着くとリンディの案内で王都に向かった。
魔人の王都はとても広大で頑丈そうな家々が立ち並んでおり、商人も忙しそうに馬車を走らせていた。
「はぁー。これは凄いね。帝都よりも規模が大きくてさ、魔人も多そうだ」
「フフ。そうかい? あたしは人族の文化の方が好きなんだ。だから東の大陸にいたんだ」
俺の感想にリンディが微笑んで答えた。淡い薄緑の瞳に吸い込まれそうになる。気がついたカレラがつねってきた。
それから王宮へ向かう。すると、城下町でリンディに気がついた魔人がちらほら囁き合っているのを何度か目撃した。
王宮の門へ来ると、リンディを見た門番が慌てて中へ報告しに行った。
「リンディ、これって大事だよね?」
そう聞くと呆れたリンディが答える。
「まあね。覚悟したんでしょ? ダンナ様」
そんなリンディの肩にモルティットが手を置いてマクレイに語りかける。
「ふふっ。面白くなりそう。ね、マクレイディア?」
「そうだねぇ。一波乱はありそうだよ。すでに嫁が三人いるしねぇ…」
マクレイが答えて俺を見た。いや、そう言われても困る。少なくともマクレイ以外は一回以上、断ってるじゃん。
そんなやり取りをカレラが微笑んで見ていた。いや、部外者じゃないからね?
しばらく待っていると、二、三〇人ほどの兵士がやって来た。
恨みがましい目でリンディを見ると横を向いて口笛を吹いている。覚悟って、死ぬ覚悟じゃん!
兵士の中から大柄で高価な身なりをした厳つい魔人が出てきた。
「あ、兄貴…」
リンディが呟く。えぇ~! お兄さん!?
「やっと戻ったか妹よ。で、誰が“契約者”だ? お前か?」
リンディの兄が声を上げてモルティットを指さした。あれ?
「プッ。ふふっ。恐れ多くも“契約者”様に間違われて光栄ね。私は違うよ」
吹き出しながらモルティットが答えると、リンディの兄の眉が上がった。
「では、誰だ! 妹をたぶらかしたのは!!」
大声で言うが、まるで俺が目に入ってないような感じ。そんなに小物感があるのか…。地味にショックだ。
リンディが俺の腕を取って兄に言う。
「兄貴、この人だよ。ワザと無視してるのはわかってるよ!」
「マジで!? そうなの?」
思わず突っ込みを入れてしまった。するとリンディの兄が凄みを利かせてきた。
「ああん! 何、妹に突っ込みを入れてんだ!? 舌引き抜いてケツから入れるぞ!!」
マジかよ。高貴な人かと思ったらチンピラなみだ。と、モルティットとマクレイが怒り始めた。
「あんた誰に口聞いてるんだい? ねぇ?」「そんな口、二度と開かないようにするよ!」
同時に喋ると周りの兵士の後ろに氷の壁が出現し、リンディの兄の足が氷って動けないようになる。と、マクレイの抜いた剣が炎を纏い始めた。あまりの迫力にリンディの兄が顔面蒼白になり、大量の汗が噴き出している。後ろの兵士も真っ青で微動だにしない。
「ち、ちっと待て! い、今のは言葉の綾だ! も、申し訳ありません!」
慌てて謝罪してきた。と、カレラのカマイタチがリンディの兄の周りを切り裂き始めた。えぇー、や、やり過ぎだ。
「ちょ、ストップ! 皆、落ち着いて! ほら、謝ってるし、ね! 俺も怒ってないから!」
リンディの兄の前に立って三人の嫁を止める。
束の間、三人が俺を見て矛を納めた。ホッ、冷や汗出た。
安心したリンディの兄が言い放った。
「ふう、とんでもねえな。エルフのくせに血の気が多いな!」
はぁ? 何言ってんの?
「ソイル!」
リンディの兄と兵士達が一瞬で地面に首まで埋まった。あまりの事で目が点になっている。
「ああ、ゴメン! ナオヤ! 兄貴が悪かったから! 許して!」
慌てたリンディが泣きそうな顔で縋りついてきた。後ろにいるマクレイ達は笑っている。
「む、わかった…」
ソイルに戻してもらう。ありがとうソイル。〈フフ。かまいませんよ〉
それからリンディが兄に説教して謝って来た。謝罪を受け入れ、オドオドし始めたリンディの兄の案内で王宮の中へ向かった。
ちなみにリンディの兄の名はゴールトだった。
長い廊下には兵士が壁一面に詰めていて、とても警戒している様が見て取れた。
「そんなに危険人物扱いなのかな?」
隣を歩くリンディに聞いてみる。
「どうだろうね? 他の要因もありそうだね。緊張してきた?」
ニヤリとしたリンディが逆に聞いてきた。
「してるよ。さっきからさ」
「フフ。頑張って、ダンナ様!」
リンディが肩に手を当てて頬に口づけしてきた。調子がいいな、もう。
その様子を横目で見ていたが何も言わないゴールト。先ほどの出来事が効いているようだ。
やがて緻密な装飾が施された大きな扉の前に出た。
「いいか。この先は王がいる。くれぐれも気をつけ、てく…ださい」
無理やりな敬語を使ってゴールトが忠告してきた。
「ありがとう、気をつけるよ」
お礼を言うと、ゴールトが扉を開いた。
そこは大きな広間で奥に王座があり、魔人の王が腰かけている。周りには熟練の騎士みたいな人達や魔法使い風の人達が控えていた。威厳のある顔で俺達を見ている。
「王よ! 妹がただいま戻りました。そして“契約者”も訪問されています!」
ゴールトが声を出し俺達を広間の中ほどまで連れてくると跪いた。俺達もそれに倣って跪く。
「……先ほどの騒ぎは見ていたぞ。正直言うと、お主らだけでこの王宮を落とせそうだ。あの伝説の“精霊の輝き”がなければ一笑に付している所だが、真実とは奇妙なものだな“契約者”よ」
王はそう言うと口を閉じた。すると隣のリンディが俺の腕を突いた。あ? 俺が言うの?
「さ、先ほどは失礼いたしました。寛大な王の心遣いにお礼いたします」
緊張して震える声で王に告げる。
「ハッハッハ! 面白い。礼節をわきまえておるな。元は我が息子の口が災いを招いたのだ。当然、遺恨は無い。で、本日は何用かな、“契約者”よ?」
来たーーー! もうすでに知っている口振り、恐ろしい。ちらりとリンディを見ると微笑みで返してきた。そんな信頼の目を向けないで欲しい…。プレッシャーだ。
「ほ、本日、伺ったのはご息女リンディとの結婚の、お、お願いに上がりました!」
言い切った…。というか、初めて相手の親に直にお願いした。隣にいたリンディも顔を上げ口を開く。
「父上、私もこの者との結婚を望んでおります!」
王は何も言わず見つめている。は、早く何か言って! 胃が痛い。
「……良かろう。式は四日後に執り行う。では客人を案内してやってくれ」
あれ? あっさり? そして、使用人が俺達を部屋へ案内した。どうやら事情を知っているらしく全員同じ部屋に通された。
「はぁー。良かった。緊張しきりだったよ」
「ふふっ。面白かった。ああいうのもいいね」
ベッドにダイブして寝っ転がって言うと、続けてモルティットもベッドに来て答えた。
「でも、裏があるよ。あの感じは。でなきゃ、認めないよ」
リンディがベッドに腰かけながら話した。
「フン。どっちでもいいさ。要は認められたってことさ」
椅子に腰かけたマクレイが続ける。さすがサバサバしてますね。
フィアはカレラと共に飲み物を持って来てくれた。ありがとう。ロックは部屋の窓際で見守っている。
夕食も部屋に運ばれ、ちょっとした軟禁状態だ。さすがにおかしいと感じる。クルールは退屈で居眠りしていた。
夜になると訪問してきた者がいた。
「リンディ! 結婚するようだな。聞いたぞ!」
イケメン風な魔人が来た。
「兄貴! 王都に戻ったのかい?」
リンディがイケメン魔人に抱きついたが、俺達の視線に気がつき紹介した。
「みんな、兄貴のデメイルだよ。あたしの一つ上の兄貴さ」
いや、兄弟は何人いるの? お兄さんだらけじゃん。そんな俺の驚きを尻目にリンディは兄に俺達を紹介した。
が、俺を蔑むような眼で見ている。嫌な予感がする。
「リンディ。お前の相手はこの人族なのか? なぜだ? 東の大陸に行きすぎて感化されたのか?」
「違うよ兄貴。たまたま愛した男が人族なだけさ」
デメイルの言葉にリンディが反論する。だが、納得いっていないようだ。
「嘆かわしい…。魔人の誇りはないのか? リンディ?」
「こんなことで誇りが必要なら、あたしはいらないね!」
さすがにリンディも怒り始めた。しかし、なんでリンディの兄達はこうなの? リンディが一番まともに見える。
「ふん。さすがに決まったことだからな、口出しはしないよ。おっと、そうだ、ナオヤ君だったかな? くれぐれもこの国では大人しくしてくれよ?」
そう言うと、颯爽とデメイルは部屋を出て行った。リンディが振り向いて謝ってきた。
「ゴメンよ、ナオヤ。こんなつもりじゃなかったんだよ…」
「ハハ。大丈夫だよ! 気にはしていないから。それよりもマクレイ達の方が先に手を出すと思うよ」
そう言って仲間を見ると皆がサムズアップしてきた。やる気満々だ、これ……。
次の日も部屋から出ないでこの中で過ごすよう言われた。
「さすがに式を挙げる準備もしていないのは変です! ナオヤ、決断してください!」
怒ったカレラが迫ってきた。そんな顔もかわいいけど…。
「ちょっと、落ち着こうよカレラ。皆も、少し様子を見ないか?」
そう提案すると一応は理解してくれた。リンディは申し訳なさそうに微笑んでいる。
やがて夕方になると、さすがに焦ってきた。マクレイ達はすでにイライラしている感じ。
「ベントゥス…」
そっと囁いて、王宮内で俺達に関係する言葉を拾ってきて貰う。
……うーん。特には……待て! ああ、なるほど。そういう事か…。そりゃ閉じ込めるな。ありがとうベントゥス。
ふと、視線に気がついて周りを見ると全員が俺に注目していた。
「あれ? どうしたのみんな…」
「ほら、何かわかったんなら言いなよ」
マクレイが代表して質問してきた。俺のやっている事が分かってるような雰囲気。
「…リンディ」
「ん、何? あたしの事?」
リンディを見ると驚いている。しかし、言い辛いな。
「か、駆け落ちしない?」
「プッ。まさかナオヤからそんな台詞が出るなんてさ。フフ、いつでもいいよ」
満面の笑みを浮かべたリンディが抱きついてきた。カレラの羨ましい視線が痛い。しょうがないなぁ、カレラに手招きすると喜んで抱きついてきた。
皆にはベントゥスが拾った情報を話した。
どうやら俺達を閉じ込めている間にリンディを仲介とした束縛の魔法を構築しているようで、“契約者”をこの国に留めておきたいみたいだ。俺がこの国にいる限りは魔人達の繁栄は約束されたも同然と息巻いていた。絶対、勘違いしているよね?
しかし、魔法の構築に時間がかかり予定よりも遅くなる様子だ。本来なら式の前に行動を起こすつもりだったが、後にするかこのまま閉じ込めておくかで議論していた。しかし、俺らほっとかれてるなぁ。
と、かいつまんで仲間に説明すると、
「ふふっ。そんな事で留まるわけないのにね」
怖い笑顔でモルティットが感想を言うとマクレイ達も頷いている。それもそうだな。
「じゃ、いいかな? ここから出て行っても」
抱きついているリンディに聞くと少し困った顔で、
「迷惑かけてゴメンよ。でも、あたしはナオヤ達と一緒にいたいよ」
そう言うとギュッとしてきた。って痛い…。けど、かわいいから言えない。そっと、リンディとカレラを離すと皆に向き直った。
「ここに集まってくれ! ロックも」
皆が俺を中心に集まったのを確認すると精霊主達にお願いした。
「この場所が一階で良かったよ。ソイル! みんなお願い!」
すると、俺達がいる場所だけが静かに地下へ沈んでいく。やがて地中に入り移動して行く。
……
「……」
「……ねぇ、ナオ。これってどこまでいくのかな?」
なぜか皆を代表してモルティットが聞いてきた。そんな聞き辛いの?
「えーと、行けるところまで行こうと思うんだけど。ダメ?」
「ハハッ! 好きにしたらいいよ。アタシは付き合うよ」
そう言いながらマクレイが俺の頭をくしゃくしゃしてきた。と、リンディが抱きついてきた。
「サイコー!! あたしってホント運がいい!」
凄く喜んでいる。ま、笑顔だから良かった。それからしばらくは地中の中を進んで行く。
ソイル達に椅子やテーブルなどを作ってもらいくつろいでいる。天井も光で明るくてちょっとした部屋にいる感じだ。
「ふふっ。これならマクレイも大丈夫だね」
「アタシは全然平気だよ。フン!」
モルティットがマクレイをからかっている。カレラは俺の隣でニコニコしてフィアと話している。リンディは何故かピッタリ俺に寄り添って滅茶苦茶視線を感じる…。たぶん見たら誘惑に負けそう、頑張ってロックを見つめる。…何か少しロックが照れている雰囲気がするな。たぶん気のせい。
荷物は元々ロックが背負っていたので、そこから干し肉などを出し腹を満たし、毛布を出して皆で寝た。王宮に来てから大きなベッドに全員で寝ていたので特に気にせず寝れた。クルールはフラフラと俺の胸の上に寝てきた。
時間の感覚が分からないが、全員、目が覚めると支度をして朝食をとる。
しばらくすると地上にせり上がり、暖かい太陽の光が降り注いでいる青空の下、草原に出た。
「ナオヤさン。あれはアルルの町でスよ」
フィアが周りを見渡し発見したようだ。町の影を指さしている。
「ええ! そんなに移動したの!?」
リンディがビックリしている。俺も驚いた! やるなぁ、精霊主達。みんなありがとう!〈フフ。どういたしまして〉
「ふふっ。ホント面白いねぇ」
「まったくだよ。これからはコレで移動したいね、アタシは」
モルティットの感想にマクレイが続ける。ホントに美人さんは空が嫌いなんですね。
そして家族を連れだって懐かしの我が家へ戻った。
今日からカレラも同居するので、ソイル達に家の増築をお願いした。
すると、ものの数分で完了したようで中に入ると以前よりも広くなった居間に台所、風呂場や二階も部屋数が増えていた。
「あ、私、荷物を持ってきます!」
気がついたカレラが町の借家へ戻っていく。
「俺も手伝うよ! ロックも来て!」
先に行ったカレラを追ってロックと連れ立っていく。
マクレイ達は食事の用意をするみたいだ。楽しみだな。
カレラの家へ行くと、すでに片付け始めていた。
「手伝いに来たよ?」
「ナオヤ…。ロックも。ありがとうございます!」
声をかけると、気がついたカレラが嬉しそうに返事をした。
荷物をまとめロックに渡していく。ロックはそれをさらにまとめ背負子にセットしている。
少し疲れたのでベッドに座って休んでいると、カレラが飲み物を持ってきたので受け取りお礼をした。
「ありがとう」
「いいえ、こちらこそ。フフ、二人きりって久しぶりですね」
ベッドの隣に座り、魅力的な笑顔を向けてきた。も、もうダメだ。
唇を重ねて押し倒すとカレラは目を閉じて積極的に返してきた。と、誰かが肩を叩いてきた。
「ちょっと! 今、忙しいか……もしれない」
振り返って文句を言いいかけるとそこにはニコニコしているリンディがいた。こ、怖い。
「あら、お盛んだった?」
そう言ってカレラの横に寝てきた。カレラはもう真っ赤だ。
「ち、ちち違うの! 少し休憩してたら、その、ね?」
リンディの手を握ってカレラが言い訳し始めた。リンディはニコニコして聞いている。はは、面白い!
「プッ」
一瞬吹いたら、カレラとリンディに睨まれる。ヤバい。その場から離れようとするとリンディに腕を取られベッドに寝かされた。
「ねぇ。いろいろお礼したいんだ。ね、カレラ?」
「…フフ、そうですね」
魅惑的な美人の魔人とエルフにサンドイッチされる。ああ、もうダメ……。
やっと片付けて戻ると怖い笑顔のモルティットがいた。なんかバレバレだ。後で謝ろう、そうしよう。
それから夕食を食べ、賑やかにその日は過ごした。