遠くから客人が現れ、世界を知る
ダイロンも含め新しい屋敷に慣れた頃、町の人が見学に来たり陳情しに来たりするようになった。
前のダイロンの屋敷よりも町に近いこともあって、今までおっくうで来なかった人も訪れるようにり、俺達も領主の仕事を手伝いをしながら冒険者として依頼もこなしている。
精霊の子供三人組もいろいろな手伝いや学校に通うようになり、町の子供達と遊ぶようになった。
ちなみに学校といっても読み書きや簡単な計算を教えている。これも屋敷の一角で行っていて、先生はモルティットとフィア、カレラが担当していた。三人とも教えるのが上手で子供達はメキメキ上達している。体を動かす体育のような授業はマクレイとリンディが担当している。こちらはスパルタだ。ソイルや精霊主達はその様子を慈しむように見守っている。
たまに俺も子供達に混じって教わっている。そのせいか同じ目線で見られているようで、やたら懐かれてしまった。
ある日、カレラの部屋でくつろいでいるとメイドが客人の来訪を知らせてきた。
「嫌な予感がするんだけど……。知り合いはそんなにいないし」
お茶の入ったカップをテーブルに置き立ち上がる。隣にいたカレラを見ると微笑んでいた。
「一緒に行く?」
「ええ、もちろん」
手を差し伸べ立たせると二人でメイドの後について行く。すっかり精霊のメイド達は板についてきたな。
案内された先は居間ではなく、ダイロンの客間だった。ああ、何かありそう……。
メイドが扉を開けると、そこには家族とダイロン、そしてリンディのお兄さんが武装をしている数人といるのが見えた。
「おー、来たか! お前に客だ。って言っても俺にも関係してくるがな」
ダイロンが手招きして空いている椅子に案内した。
ぎこちなく客人に挨拶をすると、形式ばった感じで返され着席する。リンディに目を向けるとぶ然としている様子だ。
「さっそくだが、我々の訪問の目的はわかっているな?」
鋭い目つきで早速切り出してきたリンディの兄デメイル。ああ、やっぱり。
「はい。わかりますがリンディは既に俺の妻です。それにここから動きません」
「そんなのは認めていない! 少なくとも妹は返してもらおうか!」
きっぱり拒絶したら、えらい勢いで食って掛かってきた。
「待ってよ兄貴! あたしは戻るとは言ってないよ!」
慌ててリンディも参戦してきた。が、デメイルの隣にいた武装した一人が手を挙げ皆を静かにさせる。
「よろしいですか? 私は西の大陸を治める王から派遣されたハドーと申します。この度の事は個人間で済まされません。既に魔人の国は兵を出しており、あなた方の対応しだいでは戦争になりかねません。どうかお考えを」
よく顔を見ると若いようだ。しかしすでに西の大陸の王と話しを通していたのか。間違いなく大事になるな。
「ハドー殿の言った通りだ。我々は争いたくない。すなおに頷いて事を運べば、それ以上は追及しないよう取り計らうが?」
したり顔のデメイルが続ける。俺が反論しようと口を開きかけるとモルティットが口を挟んだ。
「ねぇ? あなた達は勘違いしているよ。“契約者”が選んだ相手をどうかできると思ったら大間違いだよ」
怖い笑顔で語り掛ける。でも言っている内容は無茶苦茶だぞ。
「エルフ風情が虎の威を借りよって! 我らの恐ろしさを知らないのか!?」
握りこぶしを作ってデメイルが叫ぶ。しかしモルティットは平然と流している。もう、話し合いは無理かもしれない。
「皆、少し落ち着いて欲しい。宮殿から姿を消したのは謝るけど、魔人の王から結婚の承諾はもらっているし、どこにいるのかはリンディの自由だろ? それに俺はどこの国にも協力するつもりはないから」
意見を言ってみるが、デメイルは睨んでハドーは落胆した顔つきになっている。
するとソイルが皆を見渡し静かに語った。
「私は土の精霊主、ソイル。私達精霊主は人や他の種族の行いに対して不干渉ですが例外があります。それは私達を宿す者に危害を及ぼす場合です。そしてその家族にも。帰って王に伝えてください。用があるなら自らが来るべきだと」
デメイルとハドーは目を見開いてその存在に驚いている。人あらざる姿をやっと認識したようだ。それまでは嫁の一人と思ってたのかな?
「し、しかし!」
なんとか言葉をしぼりだしたデメイルだが、ソイルがさえぎる。しかし、精霊主はさすがにすごいな。
「世界に精霊が満ちている今、私達には世界中が見えます。例えば魔人の国の西にいる蛮族が戦の準備をして東へ移動しようとしている所とか……」
「な、なんだと! それは真か!?」
ソイルの話しに思い当たるのかデメイルが声を上げて見つめる。彼女は肯定の頷きを返した。
「く、くそっ。い、妹の件は保留にしとこう。いいか、王が許しても俺は違うからな!」
汗をかいたデメイルは立ち上がると他の武装した者達に一言二言囁くとこちらに向き直り、
「私達はこれで失礼する! また来るからな! では!」
捨て台詞を残してドカドカと去っていってしまった。慌てたメイドが案内している声が聞こえる。
残されているのはハドー一人。皆の視線を浴びて気がついたのか苦笑いしている。
「はは…。私は彼らの案内でしたが事態が思わぬ方へいったようですね。しかし、先ほどの話は本当ですか? 精霊主様」
「ええ。本当の事です。私達の目には見えています」
微笑んだソイルが答える。リンディはホッとしたのかお茶を一気にあおっていた。
「むう。とりあえず話しは終わったようだな。ハドー殿はいかがしますか?」
頃合いを見たダイロンが話しかけるとハドーが渋い顔を向けて、
「はぁー。ダイロン様、本当はあなたにも責任があるのですが。王は詳しく知りたがっておいでで、私には報告の義務がありますから、しばしここに滞在させて頂きたく思います」
「ああ、それなら構わんよ。好きなだけいればいい」
笑顔のダイロンが答える。なんか違う解釈してないか? 隣のカレラを見ると苦笑いを返してきた。
ふとハドーが俺を見つめる。
「しかし“契約者”様を初めて見ましたがお若くて驚きましたよ。それに精霊主様にもお会いできるなんて。奥方様もお揃いで、なんと言いましょうか……」
愛想笑いしているハドー。隣にいたマクレイに肘で突かれた。俺が言うの?
「えーと、その、ダイロンには俺が言って黙ってもらっていました。ですから責めを負うのは俺で。だからといって西の国に与する事ではないんですけど……」
「はは、先ほどのやり取りを見てそう思ったよ。まあ、特殊な例だから私も困ってます。しかし辺境にいるなんて、これでは誰も気がつかない訳ですね」
頷きながらハドーはお茶を一口すすって苦笑いしている。
「ま、様子を見ればわかるさ。さて、腹が減ったな。夕食はどうなのかな?」
切り替えの早いダイロンが笑顔で催促している。すっかり自分の家だな。いいのか?
「すこし早いですが用意いたしましょう。では」
使用人が頭を下げ部屋を出て行った。ダイロンは嬉しそうにその背中を見ながら、
「では、それまで解散だな。お疲れだったな皆。ハドー殿は少し話しがあるがいいかな?」
「はい。私も少しありますので」
疲れた顔で答えるハドーは残りのお茶を飲み干す。俺達は声をかけて客間を後にした。
「ありがとうソイル! どうなるかと思ったよ!」
リンディが抱きついて感謝してソイルは笑顔で応えている。確かにソイルのお陰で事なきを得たな。
「お礼はいりませんよ、私達は家族ですから。それにナオヤにとって大切な人は私も同じですよ」
二人は離れるとソファーに座りメイドが淹れてくれたお茶で喉を潤す。
俺や家族は居間に移動して食事ができまるまでくつろいでいた。
「でも、ソイルは凄いね。世界中を見渡せる事ができるなんてさ」
そう聞くと、いたずらな笑みをしてソイルが見つめる。
「フフ、私よりも上手にナオヤは見えるはずです。精霊主を宿すただ一人の者ですから」
「ええーー!? マジで!」
びっくりして立ち上がると速攻ソイルの元へ向かい手を握る。こ、これはチャンスなんじゃないか?
「はい?」
「今すぐやり方を教えてくれ! ソイル!」
突然のことに目が点になっているが、かまわず詰め寄る。と、
バシーン!!
「痛て!」
ソイルの隣にいた恐ろしい笑顔のモルティットに頭をひっぱたかれた! ヤバイ、なんかばれてるみたい。マクレイ達も怖い目で見ている。
「ち、違うんだ! け、決してのぞきとかしないって!!」
「ウソ。私達じゃ満足できないの?」
怒ったモルティットが顔を近づけてきた。こ、怖い! ソイルを見ると目が点のままだ。
「そ、ソイルはわかるだろ? 世界の平和のために……」
「…あの時のモルティットの気持ちがわかりました。ナオヤ、正座してください」
復活したソイルが手を振りほどいて床を指さす。
「は?」
「少しは反省してください」
氷のような目で俺を見つめる……。恐ろしい! 急いで正座する。トホホ……。
「最近は大人しいからすっかり忘れてたよ。ナオってそうだったね」
ため息をついたマクレイが頭をかいている。って、そんな認識だったの?
「前の私を許してモルティット。無神経だったわ……」
「ふふっ、気にしないで。今は同じ立場だし」
申し訳なさそうなソイルをモルティットが慰めている横でリンディは苦笑いしいてカレラは目を閉じて澄ましている。
フィアは背を向け窓から外を見ている。かかわらないように逃げているな。クルールとレミアはふらふら皆の間を飛んで楽しそう。ちなみにベネットはまるで関係ないようにお菓子をつまんでいた。もうすぐ食事なんだけど。
「ナオ~。なにしてるの?」
エキル達が走ってこちらへ来た。さっきまで庭で遊んでいたから戻って来たのか。
「今、反省中だからマクレイ達の所に行ったら?」
「イヤ!」
ユウナは拒否すると正座している太ももの上に頭を載せ甘えてきた。
「あ~! あたしも!」
エキルとナイールが背中にとりつきワイワイし始めた。これじゃあ、反省してることにならないよ。
ちらりと家族を見ると全員がジト目で俺達を眺めている。……後で何か言われそう。
気がつくと妖精二人も俺の頭の上に降りていた。なんなの?
しばらくするとメイド長のアビアがやって来た。
「失礼いたします。皆様、お食事の準備ができました。……何をなさっているのですかご主人様?」
俺の姿を見て呆れているみたい。だんだん恥ずかしくなってきた。
「いや、これは…いろいろあって。あと、もっとくだけていいよ、言葉遣いはさ。俺達しかいないし」
「また奥様方と何かありましたね? それに私は形から入る方ですから“ご主人様”」
にこやかに答えると立ち上がったマクレイ達を案内し始めた。嫁さん達は俺を無視して先を歩いて行く。リンディは笑いをかみ殺している感じでこちらを一瞥していた。
「ほら、ユウナ、エキル、ナイール。俺達も行こう」
「「「はーい」」」
しびれた足を伸ばしてから精霊の子供三人を連れ立って皆の後からついていく。律儀に一人のメイドが待っていてくれた。
お礼を言うと微笑みで応えられ、食堂へ一緒に行った。
広いテーブルに並んだ料理が俺達を迎え、すでにダイロンとハドーは着席していて奥さん達も着席するところだった。
「おー、やっときたか! ではさっそく食事にしよう!」
ダイロンがコップを上げ待っている。あーもう。急いで席につくと皆を見渡し一言。
「いただきます!」
皆それぞれ思い思いの言葉で食事を始める。ちなみにマクレイとフィア、モルティットは俺の掛け声「いただきます」が気に入ったのか同じように言っている。リンディとカレラ、ソイルは独自のやり方があるようだ。ベネットは速攻かぶりついていた……。
いつものように賑やかに食事をしている。最初は戸惑っていたハドーだったがすっかり慣れて今はダイロンと談笑している。
俺はフィアと採取の計画を話していたり家族の会話を楽しんでいたりした。
食後は思い思いに皆は過ごしている。ハドーはお客様なのでメイドに宿泊する部屋へ案内されていた。
今は庭でモーピアと一緒に食後の散歩をしている。いつの間にか妖精達も両肩に乗っていた。
小さな人工の池を巡り、休憩がてら木製のベンチに座るとモーピアが膝の上に登ってくるので抱いて座らせる。
しばらくクルールとレミアがふらふら飛んでいる姿をみていると声がかかった。
「ここにいましたか、“契約者”様」
顔を向けるとそこにはハドーが近づいているところだった。
「どうしました? あと、ナオヤでいいですよ」
「ハハハ。では、公の場ではないので、そう呼ばせてもらいます」
少し酔っているのか顔の赤いハドーは隣にあるベンチに腰掛け、気がついたようだ。
「ちなみに、その膝の上にいるのはモーピアではありませんか?」
「ええ、そうです」
驚いたハドーは身を乗り出してモーピアを観察している。
「これが噂のですか……。初めて見ましたが運が向いてきたのかもしれませんな」
「ハハ、毎日見てるけど、そこまで御利益はないよ」
笑って答えると、なんとも言えない顔をしている。
「ところで、この屋敷はナオヤさんが建てたとか。しかし、このような地方に腕の良い職人がいましたね」
「ああ、それは精霊主達が造ったものなんだ。ちなみにメイド達も精霊だよ」
「は!?」
ハドーの目が点になっている。ビックリしすぎだろ。
「な、なるほど。さすが“契約者”ですね。もはや隠し立てするつもりはありませんが、国王様はあなたを警戒されておいでです。この度の魔人族の事は切っ掛けにすぎません。世界中の国があなたを探していますよ」
「そうだと思ったよ。西の国に干渉するつもりは無いと王様に伝えて欲しい。住民としてダイロンに税を納めているし」
俺をマジマジと見たハドーはため息をつくと、
「はぁ。伝えますけど無理ですな。ダイロン様はあなたを後継にすると言ってましたが、そうなると他の貴族も黙っていないはずです」
「うーん。そうなると国盗りか建国しかないかなぁ……」
「は?」
話しの飛躍にハドーが固まる。そんなに驚くこと?
「あまりに干渉が酷い場合の話しだけどね。世界を巡ってきたからわかるけど、帝都以外は新しい国が出来ても歓迎すると思うよ」
「これはあなどっていました。しかし、敵対するつもりはありません。正直、伝説が本当になったので皆が驚いているのです」
汗を拭ってハドーが苦笑いをしている。安心させるよう笑いかけ、
「ま、しばらくいるんだろ? のんびり見ていたらいいんじゃない? あ、でも少しは仕事はしょうね?」
眉を下げたハドーは笑って頷く。
「ハハハ。そうですね。そうしましょう! お言葉に甘えます」
手を差し伸べるので握手で応えるとハドーは立ち上がる。
「それではお休みなさい。話す機会はいくらでもありそうだ」
「ああ、お休み! いつでもどうぞ」
手を振ってハドーの背中を見送る。お目付役なのかな? 大変そうだ。
やがて姿が見えなくなる頃、背後に人影が現れた。
「ふー。ナオも過激だねぇ」
「そう? けっこう良い考えかもよ?」
マクレイとモルティットが俺を挟んでベンチに座る。
「出てきてもよかったのに」
「ふふっ。それじゃあ、相手が話しずらいでしょ」
モルティットが俺の腕を抱いてくる。さきほどソイルが囁いて教えてくれたが、俺の嫁さん達は心配性だな。
「外側を回っているリンディとカレラ、フィアもそろそろ戻ってくるよ」
屋敷の門を見ながらマクレイが微笑む。
「みんなありがとう。でも、やりすぎかな?」
二人を見て言うといつの間にかメイド長のアビアが暗がりから出てきた。
「いいえ。もう少しはご自分の立場をわきまえてください」
「え!? アビア達も見張ってたの?」
驚いた。仲間全員で警戒していたのか……。アビアは少し表情を崩し町の外を見る。
「ソイル様は心配して言いませんでしたが、この町から離れた場所に少数の国王の部隊が待機しております。もちろん私が言わなくてもわかると思いますが彼等はこちらを見張っております」
「あら? そこまでいたんだ。ふふっ、危険人物あつかいだね」
何故かモルティットが嬉しそうだ。いや、やばいじゃん。
「ま、ハドーがいる間はいるんだろうね。……差し入れでも持っていくかい?」
マクレイが意地の悪い顔で聞いてくる。潰す気満々だね。
「でも、それはいいかもね。むしろこの町に呼んだほうがハドーも安心じゃない?」
「ハハッ! 面白い! 好きにしなよ!」
マクレイが笑いながら頭をくしゃくしゃしてきた。
「では明日、お呼びいたします。ダイロン様にも言づけておきますので」
アビアが微笑んで頭を下げ踵を返すと屋敷へ向かって行った。どうやらお気に召した答えだったらしい。
「ありがと! 手間かけるけどよろしくね」
去りゆく背中に声をかけるとアビアの頭が揺れている。今一つ反応がわからない…。いいのかな?
「それじゃあ戻ろうか?」
「そうね」
抱いていたモーピアを降ろして立ち上がる。同じようにモルティットとマクレイも立ち上がり一緒に屋敷に帰っていく。
しかし、ダイロンはどうしたいんだろ?




