第拾弐話 つらなるのろい
連鎖呪詛
「あーあ。やってしまったわね」
凛とした声がショーケースの中からした。まるで彼女ははじめからこうなることがわかっていたみたいだ。
僕が呆然と車椅子の木くずを掬い取るのを嘲るように、憐れむように。慈しみに満ちた冷淡な眼差しで見下ろしている。
見上げると、波打つ赤い髪と人形の無表情があるだけで、青い目はこちらをちらとも見ていない。声だけが僕に降り注ぐ。
「あいつの呪いなんだから、もっと用心すべきだったわね」
「あいつ……」
「赤い具者よ。最強最悪の具者。オークおじいさんも、あなたが持ってきた目玉の持ち主も、どうせあいつに呪われたんでしょう? 呪いのもたらす絶望をより深くするために連鎖呪詛を使うなんて、いかにもあいつの取りそうな手よ」
連鎖呪詛。単純な呪いの掛け合わせとは違い、特定の呪いと鉢合わせすることで、より凶悪な呪いを発動させるというもの。
この場合、おじいさんに接触して連鎖呪詛を起こしたのは、僕が持ち帰ったアイリスの目だろう。家族との再会を果たそうとしたところで悪化する風化の呪い。さすが最悪の具者。効果はてきめんだ。残された僕に対して。
「アリシアは、赤い具者のこと、よく知っているんだね」
「そりゃ、あいつと四人暮らしだったもの」
「え」
今、ものすごくさらりとすごいことを言われなかったか?
「よ、よにん? くらし? え、え、赤い具者と一緒に暮らしてたの? 家族? 血縁者?」
「血縁なわけないでしょ、気持ち悪い」
アリシアも綺麗な赤髪だからあり得ないことはない、と一瞬思ってしまった。わりと失礼だったかもしれない。
「アリシアに呪いをかけたのは赤い具者?」
「そうよ。まあ、あいつなら、血縁にだって平気で呪いをかけるでしょうけど」
そこで僕は気づく。
「家族っていうのは否定しないんだね。血の繋がりは否定するのに」
そう指摘すると、アリシアは黙った。
え、と僕は焦る。なんとなく気になって言ってみただけなのに、何なのだろう、この沈黙は。まるで僕の指摘が図星みたいだ。
「そうね……」
涼やかな声が寂寥を孕んで紡ぐ。
「あなたと機織りマーガレットの関係と似たようなものよ。あたしはあいつに育てられたの。あいつのことをパパと呼んだことも思ったこともないけれど、育ての親であることにちがいはないの」
その声は自分に言い聞かせるような偏った色はなく、涼やかで軽やかでありながら温かい。懐かしんでいるのだろうか。呪われていなかった「いつか」を。
「あいつにとってはただのままごとだったかもしれない。愚かと切り捨てるには家族ごっこは楽しすぎた。それをあいつは最悪の形で裏切ったの」
「裏切った……?」
「わかるでしょう?」
それは諦めのような自嘲のような色を灯した声だった。
人形館にいることが裏切られた何よりの証拠だ。手も足も体も口も動かなくなって、髪は糸になり、肌は布になった。できるのは喋ることだけ──そんな人形化の呪い。
家族だと感じられるくらいに温かな暮らしをしていたのに、呪いをかけて人形にするだなんて、裏切り以外のどんな言葉で言い表すことができるだろう。
絶望をより深くするため──具者の純然たるその欲望を僕は理解できないし、したくもない。
「他人の絶望のためなら、おままごとにも本気を出すようなやつよ。絶望のための演出になら、一切手を惜しまない。始まりから終わりまで完璧な悲劇を描き上げることがあいつにとっての喜びであり、具者の真骨頂。だからこそあいつは最強で最悪の具者として名高いのよ」
家族として過ごした時間があるからこそ、アリシアの言葉は深く重く、痛みを帯びているのだろう。
僕の家を燃やしたときも、最高の悪夢と言っていた。その性格の悪さは想像してあまりある。
僕の手のひらからぼろぼろと零れ落ちていく木くずも、赤い具者にとっては想定通りでしかない。
僕らが嘆き悲しむさまを見て、せせら笑っているのだ。
それなら、嘆き悲しんでばかりはいられない。
オークおじいさんを直すことはもうできない。声を聞くことも叶わないだろう。
それでも、おじいさんと交わした言葉は、過ごした時間はたしかにあった。
この現実を受け入れて、僕にできることをしよう。
「それで、呪いで崩れた人形の木くずをショーケースに詰め込んで飾り立てているというのかい? ははは、実に愉快で天晴れだが、とてもとても正気の沙汰ではないな」
そう評したのは人形館を訪れたセルジュさんだ。毒眼がぎょろぎょろと動いて、ショーケースの中の木くずを見回している。
ショーケースには「オーク」と名札をつけている。飾りとして、アイリスの目がついていたリボンを貼りつけて。
肝心の中身は木くずばかりだ。傍から見たら、ショーケースに木くずを詰め込み、リボンで飾る気の狂った展示品にしか見えないだろう。
僕はいくら気狂いと思われてもかまわなかった。いくらばらばらになったって、これがオークおじいさんだったことに変わりはない。
赤い具者の思いどおりに嘆いてばかりいられるものか。
「この呪いを終わらせなくちゃならないんです。終わらせられるとしたらたぶん、僕しかいないんです」
僕の言葉にセルジュさんが肩を竦める。
「あの最悪の具者に呪い返しでもする気か?」
たしかに、あの最強最悪の具者に呪い返しをするなど、いくら人形職人でも正気の沙汰ではない。
けれど、僕がやろうとしているのはそもそも呪い返しではない。返したくとも、僕は呪いを視認することができない、呪う才覚のない人間だ。呪う才覚なんて、なくたっていいけれど。
呪い返しどころか呪うことすらできない僕だけれど、それでも僕はこの呪いを止めたかった。
それは償いで、偽善で、祈りだった。
「呪い返しでは、呪いを終わらせることはできません。この連鎖する呪いを終わらせるには、呪い呪われるこの世界を終わらせなくちゃいけない」
「世界征服でもするのかい?」
「しませんよ」
そんな大それたことを僕なんかができるなら、今頃は赤い具者あたりが世界の王様にでもなっていることだろう。
人が呪い合って生きていては、いつか人が滅びるより先に、世界が壊れてしまうだろう。
僕はこの世界というものに大して執着も恩義も感じていないけれど、居場所がほしい。
こんな悲しい場所じゃなくて、もっと温かくて、幸せな夢を夢見て眠れるような場所がいい。
そのためにはこの世の中から、赤い具者のような人には消えてもらわなくちゃならない。
別に殺すとか、そんな物騒なことはしないけれど。
「それで、アルル坊やはわしに何を求める?」
僕は少し躊躇った。
「黒の具者って知っていますか?」
現代には赤の具者に次いで恐れられている存在がいる。それが「黒の具者」だ。
色と呪いの適性については以前本で読んだとおり、赤が呪いとの親和性が高く、黒はあまり相性が良くない。ただこれは統計結果なので、例外はある。
黒の具者が恐れられるのは、統計から外れた例外的存在であるからというのが大きいだろう。
これはアリシアから聞いた話だが、どうやら黒の具者は赤の具者と交流が深かったらしい。風化の呪いや呪いの侵攻速度を調整する術に関しては、赤の具者が教えを乞うほどに卓越しているという。
アリシア曰く、オークおじいさんの木くずからは黒の具者の気配も感じられるのだとか。
呪いを解く方法は二つある。一つは呪詛破壊者に呪詛破壊してもらうこと。もう一つは具者に呪いをかける前の状態に戻してもらうこと。
後者は望みが薄い。けれど技術としてはたしかに存在する。赤い具者がアイリスを元に戻すと言ったのはただの口先三寸ではないのだ。
ただ、アイリスの件からもわかるとおり、かけた呪いを必ずかける前の状態に戻せるとは言い切れない。具者の技量にもよるが、他の具者に呪いを重ねがけされていたり、呪詛破壊者が一度呪詛破壊を試みていたり、など他者の手が加わったものは完全に戻すのは難しいらしい。他にも具者にしかわからない細かな条件があるという。
具者として技能が高いほど、他者の呪いの介入も意に介さないようだ。
一番の難点は具者にどうやって呪いを解く気にさせるかだが。
僕が藁にもすがる思いで導き出したのが、黒の具者の協力を仰ぐことだった。
呪いを解くのが目的なら、呪詛破壊者に依頼すればいい。だが、今回取り扱うのは最強最悪の具者がかけた呪いだ。これが解ける呪詛破壊者が人形館の伝手でいるなら、アリシアはショーケースの中に押し込まれていない。
具者と呪詛破壊者の力関係は、どうしても具者の側に軍配が挙がる。史上最強とされる赤の具者が存在するのもあるが、呪いという力や技巧が古くより学び、研鑽され続けてきた結果である。呪いからしたら呪詛破壊なんて、ぽっと出の技術に過ぎない。
それなら呪詛破壊者を探すより、赤の具者に近い実力の具者を探す方が早い。
そのために情報が必要だった。
「その木くずを元の形に戻すためだけに?」
「はい」
首肯するのに躊躇いはなかった。
引かれてもかまわない。僕はちゃんと家族を弔いたいだけなんだ。たとえ、血が繋がっていなかったとしても、僕にとっての家族は機織りマーガレットだ。決して山奥で呪いの人形を収集している顔も知らない故人などではない。
「ほっほっ、手厳しいのう」
セルジュさんが快活に笑う。僕はすんとしていた。
頭がいかれているなんて、呪いの人形を集めることに精を出しているような人たちに言われたくない。
「わしゃこんな面白い坊やに出会えて、アウルとの縁に感謝しておるよ。それに得た知識をもてあますことなく若者が扱う様は見ていて気持ちがいい」
「面白がらないでくださいよ」
「ほっほっ、面白いのだから仕方あるまい。
して、黒の具者じゃったか」
セルジュさんが真顔になる。わりと真面目に取り合ってくれるようだ。
テーブルにくるくると円を描いていた指を止め、手を組む。ふむふむ、と呟いてからセルジュさんは口を開いた。
「まず、黒の具者が女性ということは知っておるか?」
「はい」
アリシアから聞いている。赤の具者は自分が具者であることを特に隠しもしなかった。赤の具者を尋ねていた黒の具者も同様だ。純粋な一般人より具者の比率の方が高い世の中、知り合いが具者であることはさして珍しくもない。が、アリシアは最初、保護者が家に知らない女を連れ込んでいる、とたいそう警戒したらしい。
具者仲間だ、と赤の具者は黒の具者を紹介したという。思えば、何故母役ではなく、具者仲間と伝えたのだろう、とアリシアは疑問を口にしていた。
「元々世界では男尊女卑の思想が強かった。女は男の三歩後ろを歩いて、引き立てることに徹しろ、という思想だ。男より強い女なんてあっちゃいけない。いくら才能があっても、女というだけで否定された悪しき時代の名残が具者間での文化にある。
まあ、具者ってのは、人間の悪いところを全部乗せしたような人種だからなあ。まったく、業が深いものよ」
なるほど、男尊女卑の思想があると、女性である黒の具者自体が具者間でも疎まれるというわけだ。黒の具者なら、そういう輩を片手で捩じ伏せるほどの実力はありそうだが、それだけだと負の感情が連鎖する。盾として赤の具者と関係を持つ必要があったのだろう。
最強最悪で気紛れに呪いを振り撒く赤の具者と交流があるとなれば、下手な手出しはできない。
「赤の具者と黒の具者は互いの存在を利用し合う間柄だったんじゃろうな。噂じゃどえらい別嬪さんらしいからのう、黒の具者は」
そういえばアリシアもそんなことを言っていた。出入りする黒髪の女がかなり美人で、実は赤の具者の恋人なのではないか、と疑っていたらしい。具者仲間とわかってからはなおさら。
「強い具者を身内に取り込むことができれば、その恩恵を受けられる。具者の身内というだけで、他の具者から狙われにくくなるからのう」
実は母さんほど呪いを避けて生きる人はほとんどいない。具者は呪いをかける恐ろしい存在であると同時、何の力も持たない一般人にとっては呪いから身を守る盾ともなる存在なのだ。僕もこれを知ったときはびっくりした。
知っていても母さんに提案しなかったのは、なんとなくわかっていたのだ。この話題が母さんにとってこの上ない地雷だと。
それに、その頃はまだ自分に呪いを扱う才能があるかもしれないと信じていたし、その力で母さんを守ろうと心に決めていた。青臭くてこそばゆい話だ。
話を戻すと、男であれ女であれ、強い具者であれば、恋人もとい生涯の伴侶といった面で引く手あまたなのである。
自分のこと以外はどうでもいいような利己的な具者にとって、その手の類の誘いは煩わしいことだろう。赤の具者も黒の具者も互いを女避け、男避けに利用していたというわけだ。
互いに恋愛感情がなければ、別離のときも後腐れがなくて済む。だからただ交流を重ねるだけで、恋人だの伴侶だのとひけらかしたりしなかったのだろう。
最強同士で美人なら、周りも文句のつけようがない。そんな計算づくでの関係。
「女は殿方探しとなると躍起になるし、惚れたら執着深いからな。いちいち呪い殺すのも面倒だったんじゃあないか?」
他人事だからか、セルジュさんはからからと笑う。
僕が夢やマグとホリーから受け取った赤の具者の情報が確実なら、たしかに赤い具者は顔がいい。あの赤髪だって綺麗だ。綺麗なものを嫌う人なんてなかなかいない。
見た目がいいというだけで女性から言い寄られていたのなら、それはそれでしんどかっただろうな。知らない人と興味のない話をするのは疲れるし。
その点、黒の具者は気安かったのだろう。他者にすり寄る必要のない実力者。人を呪うのが趣味と来れば、反りが合わない方がおかしい。
黒の具者にとっても同じだろう。恋人にも友人にもならない異性。お互いがお互いにとって都合のいい存在だった。
「黒の具者は研究者気質らしく、呪いについての著書をいくつか出しているほどだと聞いている。赤の具者が天災なら、黒の具者は人災だよ。戦争レベルのね。
黒の具者は呪詛破壊技術を呪いに転用するほどの応用技術の達人じゃ。赤の具者にしてみれば、話しているだけで退屈しない人物じゃったろうな」
呪いや呪詛破壊を分析する技術。本でちらりと読んだことがある。色々な名前の人の著書があったはずだが、セルジュさん曰く、全て黒の具者が綴ったものと噂されている。
「わしが知っているのはこんなもんじゃ。一般に出回っているのと大差ない。じゃが」
セルジュさんは藤色の目をうっそりと細めさせる。いつもぎょろぎょろと忙しない毒眼も真っ直ぐ僕を見て笑っていた。
「坊やが望むのなら、それ以上の情報を集めてしんぜよう。無論、深淵を覗くのだから、ただで、というわけではないがね」
「条件は何ですか?」
迷いはなかった。無償で得られるなんて思っていない。具者の情報というのはそれだけで危険な代物だ。
僕とセルジュさんは人形職人だから呪いはいくら受けても平気だ。けれど僕たちの手となり足となり動いてくれる者たちは違う。それに、呪い以外に対しては人形職人はただの人間と同じだ。刺されたら死ぬ。
僕が片目を抉られて生きているのは奇跡だ。それでも僕は町医者のところで随分寝込んだ。
僕に残されたものは少ないし、できることも少ない。それでも何かを望むのなら、目玉の一つや二つ、惜しんではいられない。
セルジュさんは一体僕に何を望むのだろう。
「アルル坊やに頼みたいのは人形の修復じゃ」
「人形の……? 人形って、セルジュさんのコレクションの人形ですか?」
「ご明察。何せ呪いの人形と共にあるものだから、誰も手をつけたがらなくての、困り果てていたところだったんじゃ」
普通に考えて、呪いの人形と縁なんて持ちたくないのは当然のことだろう。けれど、セルジュさんの言い様からすると……
「直してほしい人形自体は呪われていない、ということですか?」
僕が疑問を口にすると、セルジュさんは苦笑した。
「人形収集家が集めるのは呪いの人形だけではないのじゃが、今の時代、呪われていない人形の方が少ないからのう」
よく考えれば当たり前の話だ。どんな界隈にも収集癖のある人はいて、何かの収集家というのは呪いよりも昔からある文化だ。
セルジュさんは貴族の家系だから何かを買い集める財力は存分にある。収集家であること自体は何の不思議もないのだ。収集対象に呪いの人形が含まれるのはどうかしていると思うが。
「わかりました。引き受けます。どんな人形ですか?」
「木製の組み上げ人形に布を張った人形だよ。女の子の人形でね、名前はシャラっていうんだ」
組み上げ人形。本でしか見たことがないけれど、昔の技術がふんだんに使われている「動かせる人形」だ。体のパーツごとに作られていて、肘や手首などの関節部分を接合部品とすることで、曲げ伸ばしができる。画期的で昔は評判だったらしい。
昔は、というのは、呪いが跋扈するようになった世界では動く人形なんて、不気味で紛らわしいものでしかないからだ。
ぜんまいを巻いて歯車で動かすからくり人形なんかも、技術自体は素晴らしいのに、廃れてしまった。ひとりでに動く人形なんて、呪いを恐れる人たちからしたら、ただただ気味悪く、悪寒のするものなのだろう。
「そんなアンティーク物を持っているなんて、さすがは人形収集家ですね。僕は店先に飾ってあるのを見ているだけで怒られました。呪いがかかっていたらどうするのって」
「ほっほっ、機織りマーガレットは過保護じゃな」
やっぱりそうなのかな、と苦笑いした。
目にしただけで呪いにかかる人や物はあるけれど、そこら中に転がっているわけではない。けれどそれも愛の形だったんだろうな、と思う。
母さんはずっと、血も繋がっていない、見ず知らずの子どもを育てていたのだ。我が子のように。
自分の子どもじゃないということは誰よりも母さん自身がよくわかっていたはずだ。女の人は自分の腹を痛めて子どもを生む。だからこそ愛情深いのだ。そうじゃなかった母さんは、一体どんな気持ちで僕を育てていたんだろう。
愛情は充分に注がれていた。多少歪でも、母さんなりに愛情を向けてくれたことは僕が一番よく知っている。たしかな愛があったからこそ、僕は母さんと過ごした日々を愛しく思えるのだ。
「その愛は正しいよ。呪いに関わらずに済むのなら、それに越したことはない。子が健やかに育つ以上に、親が子どもに何か望む必要はないよ」
セルジュさんのその言葉は実感が伴っていた。僕からしたらおじいさんくらいの年齢の人だ。子育てをした経験も当然あるだろう。だから、こんなに優しく笑えるのかな。
「と、話を戻すが、シャラは呪いのかかっていない人形じゃ。その稀少価値は計り知れない。人形収集家の間でもわしが一目置かれている理由にもなっている品じゃ」
あ、そういう理由なんだ、と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると、いやいや、とセルジュさんが弁明する。
「コレクターとしての顕示欲がないとは言わんが、坊やの大事な頼みに対して、そんな薄っぺらい物をあてがいませんよ。
アルル坊やは人形の女の子を探しているんでしょう? シャラも同じでね。二体で一組の人形なんだけども、番が行方知れずなんだ」
番って……野生生物じゃないんだから。
「ペアルックの人形だったんですね。紛失したんですか?」
「まあ、残念ながらな。盗まれたのかもしれないが、何分、昔のことだからなあ」
どうやら、昔のことで調べが行き届いていないらしい。ということは、ここは人形館館主としての立場を使うのにちょうどいい。
「僕の方で探してみます。人形の名前と特徴を教えてもらえますか?」
「おや頼もしいのう」
「僕の探している人形の女の子についても、何か手がかりが掴めたら、教えてくださいね」
僕がにこっとお願いを追加すると、セルジュさんは、ちゃっかりしておる、と笑いながら引き受けてくれた。
離ればなれになってしまった男の子と女の子の人形。そこに僕とメイを重ねずにはいられなかった。
再会を果たしてほしいと思うし、再会するとき、綺麗な姿であってほしいと願う。だから僕は、僕のできる限りで、シャラを直してあげたい。
そうできると、何故だか確信できていた。メイの膝を直したことがあるからだろうか。布製人形のメイと木製の組み上げ人形のシャラとでは勝手が違うだろう。それでも僕にはできると、むしろそれこそが僕に課された天命とさえ思えた。
木こりのデュクシーとの伝手、機織りマーガレットの布を見極められる目を僕は持っている。この驚異的なまでの揃い方は、僕を人形修繕師にするためとさえ思えた。
人形は人間と違う。人間の作ったものだから、人間より壊れやすいが、人間の作ったものだから、人間の手で直すことができる。
人間の命は治せない。でも人形は直せる。
人形は人間の代わりにはなれない。けれど、人形でも、人形になってしまった人間が、たとえ一時でも、オークおじいさんが僕の心を温めてくれたように、人間と同じくらい温みを持っていることを僕は知ったから。
それに、人形を直す技術を身に着けていれば、メイと再会した後、何かに活かせるかもしれない。ほんの些細な可能性だけれど、何もできなかった自分が何かできるようになったなら、それだけでも何か大きな意味を持つような気がするのだ。
オークおじいさんとまた話したいと思う。会えるのなら、母さんにだって会いたい。メイとだって、呪いと関わりのないところで出会えていたらきっと、母さんと一緒に幸せになれたはずだ。
そんなもうあり得ない夢想を叶えたくて、僕はもがいている。叶わなくていいから、夢くらい見させて。
木くずになったオークおじいさんは元に戻らないし、母さんはもう死んでしまっている。メイだって、呪いが解けないままでいるとは限らない。
全てが望むままにそのままであるなんてあり得ない。特に、この呪い呪われる世界では。
だから試しに願ってみようと思うんだ。シャラという女の子の人形がパートナーの人形に再会できるように。
僕たちの代替として、僕の願いを叶えてよ、なんて浅ましい願いだけれど、叶ったら、嬉しい。
「シャラとエリック……へえ、絵本を元にした人形なんだ……国から追い出された姫と、それを守る木偶の坊の騎士」
絵本を読むなんてなかなかない。夢と希望に満ち溢れたわかりやすい創作物は楽しかった。
「僕たちも、こんな綺麗な物語になれたらいいのにね」
メイ、どこにいるの?
次から新章突入、メイ視点になります。




